何が正解かわからないなら、まずは自分で正解を決めてみよう
「何だオマエ? おいミゲル、オマエまさかこんな出来損ないで、俺のティアに勝てると思ってるんじゃねーだろうな?」
「そ、そんなのやってみなきゃわからないだろ!」
見下すようなナッシュの言葉に、ミゲルはガタンと音を立てて席を立つ。そうして俺の隣に並ぶと、ナッシュに向かって指を突きつける。
「確かに昨日までの僕は落ちこぼれだったかも知れない。でも今の僕は違う! それにエイドスだって、出来損ないなんかじゃない!」
「へー、言うじゃねーか。なら今日の授業でけりをつけようぜ!」
「いいとも! 目に物見せてやるからな!」
啖呵を切ったミゲルを前に、ナッシュがつまらなそうに鼻を鳴らして朝食の列に並んでいく。そうして状況が落ち着くと、ミゲルは改めてその場で頭を抱えた。
「あああ、どうしよう。やっちゃった……」
「ははは、いいじゃねーか! ナッシュなんてやっつけちゃえよ!」
「簡単に言うなよトーマス……ねえエイドス、本当に大丈夫なの?」
「無論だ……と言いたいが、今日の授業というのは?」
そもそもナッシュについているのはティアなんだから、普通に戦う分には勝敗なんて好きにできる。が、勝負の内容によっては工夫する必要はあるだろう。いくら一周目の記憶があるとはいえ、自分が受けたわけでもない一年分の授業の内容なんて覚えてねーしな。
「エイドスと契約できたから、僕も今日から精霊魔法を使う実習に参加できるんだ。と言っても最初は精霊の力を上手く引き出すことからだけど」
「だな。俺も頑張ってサランの力を引き出してみせるぜ!」
サランというのは、トーマスが契約している精霊だ。今は部屋で寝ているということだが、そもそも普通の精霊は人の食事など取らないので、精霊側からの要求がなければ食堂には連れてこないらしい。
ま、今でも割と人がいっぱいだし、用がなければそうだわな。まあそれはそれとして。
「ということは、その授業で我が主とあの小太りの少年、どちらが精霊の力を上手く引き出せるかを競うということか?」
「そうなるね」
「それはどうやって優劣をつけるのだ?」
「え? それは……何か凄い事が出来た方が勝ち?」
「そうだぜ! バーンとやっちゃえミゲル!」
首を傾げるミゲルを、トーマスがたきつける。ふーむ、何か派手なことをしてみせればよさそうだが、評価基準がふわっふわだな。まあ所詮は授業の一環だし、その辺はティアにいい具合に調整してもらうことも考えておこう。
と、そんな思考をひっそりと俺が巡らせている間にも、時間はドンドン進んで行く。朝食を済ませ準備を整え、学舎に向かって授業が始まり……そしていよいよ件の実習の時。
「はーい、それでは今日は、皆さんに精霊の力を引き出す練習をしてもらいます!」
場所は俺が召喚されたのとはまた違う、学舎の前に広がる庭。結構な広さを踏み固められた茶色い地面が埋め尽くしており、その外側には草地やら水場やら、あるいは火が使えるようにであろう軽く石壁で囲まれた場所まであるのは、どんな属性の精霊でも力を発揮できるようにだろう。
そしてここに集まる生徒達は、全員が精霊を連れている。ぱっと見普通の動物にしか見えないような姿のものもいれば、体が半透明だったりフワフワと浮いていたりするもの、あるいは完全な異形や何ならただの石ころにしか見えないものなど、その外見はあまりにも多種多様だ。
そんななかでもやはり一番人目を引くのが俺とティア……完全な人型の精霊だ。いや、まあ精霊じゃないから精霊っぽくなくて目立つのは当然と言えば当然なんだが。
「今までの授業で、精霊の力の扱い方はしっかりと覚えましたね? ではまずは自分の力でやってみてください。そのうえで分からないことがあれば先生に聞くこと。いいですね?」
「「「はーい!」」」
「いいお返事ですね。では、始めて下さい」
パンと教員の女性が手を打ち鳴らすのに合わせて、生徒達が自然と友人同士で集まって精霊の力を引き出すべく動き始める。するとすぐにトーマスが大きく手を振りながらこっちにやってきた。
「おーい、ミゲルー! 一緒にやろうぜー」
「トーマス! うん!」
早速合流を果たした二人は、俺の前でしゃがみ込んで話を始める。ちなみにトーマスの足下にはボウボウと燃える炎に包まれたウオトカゲ……顔にエラがついていて、水の中でも生活できるトカゲだ……がボーッとした顔つきで佇んでいる。さっき食堂で話していた内容からすると、これがトーマスの契約している精霊なんだろう。
「それじゃ、俺からやってみるぜ? えーっと……炎の精霊サラン。契約者たる我にその力を貸し与え給え!」
そう言って、トーマスが右手を高く空に掲げる。だが特に何かが起こることもなく、サランと呼ばれた精霊もトーマスの足下で動かない。
「何だよサラン! もうちょっと協力してくれよ!」
「クァァァァ……」
抗議するトーマスに、サランがあくびのような鳴き声をあげる……いや、普通にあくびか? どっちにしろあまり協力的ではないというか、そもそもやる気が感じられない。
「くっそー、やっぱり上手くいかねーぜ。俺も言葉が通じる精霊だったらなぁ」
「ははは、でも話ができればできたで、やっぱり説得とかが大変だって聞くよ?」
「そうだけどさー。ちぇっ、もうちょっと慣れないと駄目かぁ。じゃ、次はミゲルがやってみろよ」
「う、うん……人の精霊エイドス、我にその力を貸し与え給え!」
「うむ、いいぞ」
ミゲルが掲げた手を、俺はパシッと掴む。だがそうされたミゲルは戸惑いの表情で俺の顔を見てくる。
「……えっと、エイドス? これは?」
「ん? だから我が主の言葉通り、私の力を貸し与えているのだが?」
「そうなの? いや、でもこれは……」
「よくわからんが、これで駄目だというのなら、どうすればいいのだ?」
「えぇ? それは僕もわからないけど……ねえトーマス、これどう思う?」
「俺に聞かれてもなぁ……先生に聞いた方がいいんじゃねーか? アチッ!?」
困り顔で問うミゲルに、トーマスが気もそぞろにサランの体を撫でながら答える。
「何だよサラン。機嫌直してくれよぉ。ほら、今度また美味しい火を用意するから!」
「クァァァァ……」
「……トーマスも大変そうだし、先生に聞いてみよっか」
「それが良さそうだな。私としてもどういう力の貸し方をすればいいのかわからんのは困る」
「だね。あのー、先生――」
「ギャッハッハッハッハ! 何だそりゃ!」
と、ミゲルが教員を呼ぼうとしたところで、少し離れた所から大きな笑い声が響いてくる。おそらくは一連の流れを見ていたであろうナッシュが、ティアを引き連れ大股でこっちに近寄ってきた。
「ナッシュ!? 何だよ!」
「何だってオマエ……ヒッヒッ……そりゃ俺の台詞だぜ! それで精霊の力を引き出してるって……クヒヒヒヒ……」
「う、うるさいな! ちゃんと出来てる? だろ? ……多分?」
腹を抱えて笑うナッシュに、しかしミゲルの返答は歯切れが悪い。
まあ、うん。それはな。俺だってこれが世間的に「精霊の力を引き出している」と認められるやりとりなのかは甚だ疑問なので、その気持ちはわかる。
そしてそんな不安をきちんと感じ取っているからこそ、ナッシュの勢いは止まらない。
「馬鹿言え! そんなのが精霊魔法のわけねーだ! フフフ、そういうことなら俺が本物の精霊魔法を見せてやるぜ! 美の精霊ティア、我にその力を貸し与え給え!」
「ブフッ!?」
ナッシュの唱えた呪文に、俺は思わず噴き出してしまった。美って……ティアのやつ、自分で美の精霊って言っちゃったのか!? 確かにティアは美人だと思うけれども、まさかそれを自称するとは……っ!?
「……………………」
必死に笑いを堪える俺の顔を、ティアがもの凄い目つきで睨んでくる。咄嗟に顔を逸らしたが……ああ、駄目だ。多分スゲー怒ってる。そしてそんなことには一切気づかず、ナッシュの詠唱は続いていく。
「炎よ集え! そして我が敵を討ち果たせ! 『ファイアアロー』!」
ナッシュの手の上に出現した火の矢は、地面に埋まった石に向かって一直線に飛んで……いかない!?
「えっ!?」
「なっ!?」
「うあっちぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」
途中でクイッと軌道を変えた火の矢が俺の顔面を直撃し、熱さのあまり転げ回る俺の脳裏にはニヤリと笑うティアの笑顔がありありと浮かんでいた。




