望む小才、望まぬ大才。どっちがいいかは本人次第
「さ、入って」
「うむ、邪魔するぞ」
ミゲルに招き入れられたのは、三階建ての寮の一階、入り口近くの部屋だった。確か入学試験の結果が良いほど外側の大きい部屋になるはずなので、この部屋で暮らしているという事実がそのままミゲルの立場を物語っている。
とは言え、狭いわけではない。普通に駆け出しを抜け出した雑傭兵が泊まる宿くらいの広さはあるので、ここを一人で使うなら必要十分だろう……そう、一人で使うなら。
「あっ、どうしよう? まさか僕より大きい精霊と契約できるなんて思ってなかったから、ベッドが……」
「私の事は気にしなくていい。ここならば窓から出ればすぐ外だしな」
「ええっ!? せっかく契約してくれたエイドスをそんな風に扱うわけには……ちょっと狭いけど、僕のベッドで一緒に寝る?」
「好意は受け取るが、むしろそちらの方が窮屈だ。食事だけきっちり用意してくれればそれでいい」
「あ、やっぱりご飯は普通に食べるんだね。精霊はそれぞれの属性にちなんだものを食べるって授業で習ったんだけど、エイドスの場合は……」
「当然人の食事だ。我が主と同じものを用意してくれればいい」
「わかった。じゃ、後で食堂の人に伝えておくね」
まずは必要なやりとりを終え、ミゲルがベッドに腰掛ける。その視線に促されるままに俺は側にあった椅子に腰掛けると、改めてミゲルが話を始めた。
「それじゃ、改めて自己紹介するね。僕はミゲル。このローワン王立魔法学園の一年生だよ。
で、この学園って言うのは国中から魔法の才能のある子供が集められる場所で、そこではみんなが精霊と契約して魔法を使えるようになるんだけど…………」
そこまで勢いよく話したミゲルだったが、途端に口ごもり気まずそうに俺に視線を向けてくる。
「ふむ。私が『人の精霊』だから、精霊っぽい力……即ち魔法が使えない、と?」
「……まあ、うん。そう。ごめんね、エイドスが悪いわけじゃないことは本当は分かってるし、むしろこんな僕と契約だけでもしてくれたんだから、感謝しなくちゃいけないのはわかってるんだけど」
「確かに、私では我が主の求めるようなわかりやすい魔法現象を起こすのは無理だな。そして僭越ながら、仮に私以外の精霊が契約したとしても、我が主では満足な魔法は発動させられないだろう」
この世界には、どういうわけか精霊魔法しか無い。そして以前に俺が「七光りの眼鏡」でミゲルを見た時、その精霊魔法の才能は超早熟型……幼い頃は一〇〇〇人に一人くらいの十分に高い能力を見せつけるも、そこで頭打ちになってしまうというかなり厳しいものだった。
つまるところ、ミゲルは五歳か六歳くらいのときにその才能を見出されてここにスカウトされるも、それ以後殆ど成長せず、そして今後も成長しないという何とも悲劇的な存在なのだ。
「うぐっ!? そういう才能って、わかるものなの?」
「他の精霊はどうだか知らんが、私は『人の精霊』だからな。自分の契約者の才能くらいは見抜けるぞ」
「そう、なんだ……」
俺の言葉に、ミゲルがガックリと肩を落とす。弱冠一二歳にして知る挫折の味はどれほど苦いか……俺も自分に魔法の才能が無いと知った時には似たような気持ちになったので、その心中は察するに余りある。
「ははは……ホント、何で僕には魔法の才能があるなんて言われてたのかな……?」
「才能自体はあるだろう? でなければ私が喚ばれることはなかったはずだ」
それは嘘であり真実でもある。俺が現れたのは何処かの神の意志であってミゲルの能力とは一切関係ないが、どれほど未熟で成長の余地がなかったとしても、ミゲルに才能があることは間違いではない。〇と一の差は限りなく大きいのだが……それを一二歳の子供が理解して受け入れられるかは別問題だ。
ならばどうする? 答えは単純にして明快。
「なあ、我が主よ。お前は今後、どうなりたい?」
「どう? どうって……どうにもならないんだろ? 今エイドスがそう言ったんじゃないか」
「違うぞ。私は我が主が普通の精霊魔法を使うことは無理だと言っただけだ。私の力ならば努力次第で十全に使えるようになる」
「は? 人のできることしかできない君の力が使えたからって、何だって言うんだよ!?」
「ふーむ、どうやら我が主は人の持つ力というのを随分と軽んじているようだな。ならば少しだけ見せよう」
そう言って俺は席を立ち、腰の鞄から銅貨を一枚取り出して見せる。
「銅貨? そんなのどうするんだよ」
「フフフ、まあ見ていろ……あ、危ないから動いては駄目だぞ?」
軽く念押しをしてから、俺は銅貨を中空に弾く。狭い室内でこれをやるのは至難の業だが、ここは気合いの入れ処だ。
「ハッ!」
気合いを込めて腰の剣を抜き放てば、宙に舞った銅貨に銀閃が走る。剣を振り切ったそのままの姿勢で待つと、程なくして床の上にカツンカツンと二度音が響いた。
「どうだ我が主よ。我が剣の冴えは?」
「え、嘘!? 切った!? 銅貨を剣で切ったの!?」
「そうだ。場所と武器が悪いのであまりいい格好ではないがな」
狭すぎて剣速があがらなかったし、使った武器も基本装備であるなまくら鉄剣なので、床から拾い上げた銅貨の形は半月が二つ。もっといい武器、広い場所であれは縦に薄切りにしてやることもできるのだが、この状況ではこれが限界だ。
「うわ、うわ! 凄い、本当に切れてる!? 凄いやエイドス! こんなことができるなんて!」
「ははは、はしゃぐのは早いぞ我が主よ。私が何であるか忘れたか?」
「え? 何って、エイドスは人の精霊なんでしょ? だから……あっ!?」
軽く首を傾げたミゲルが、恐る恐るといった様子で俺の顔を見てくる。
「エイドス、言ってたよね。自分は人の精霊だから、人にできることしかできない。そして……」
「そうだ。私にできることは我が主にもできる。精霊魔法という精霊に頼る力ではない。人が、我が主が己の力のみでこれを成せるのだ。
どうだ? これだけのことができる自分を、まだ役立たずの無能だと思うのか?」
「僕に、これが…………?」
俺の言葉に、ミゲルが大きく目を見開いて手の中の銅貨を見つめる。付与魔術のある世界ならこの程度は割と簡単にできるのだが、それがないこの世界では「硬貨切り」は魔法と見紛うばかりの奇跡の業。
「本当に、僕にこんなことができるようになるの?」
「なる。無論努力は必要だが、我が主ならばこの程度の事は造作も無いほどになれる。それが私を……『人の精霊』を呼び出せた我が主に眠る真の才能だ。
私に魔法らしい魔法は使えない。だが我が主が心から望むならば、どんな魔法も切り伏せるほどの遙かに高き人の技を伝えよう。私との契約期間が終わっても失われることのない、本物の人の力をな」
この学園の一年生が結ぶのは、基本の一年契約のみ。それが過ぎれば精霊は去り、新たに別の精霊と契約しなければその力を利用していた精霊魔法も当然使えなくなる。
それに対して、俺が教える剣術はあくまでも本人が身につけるもの。そして勇者であるミゲルには、圧倒的に高い剣の才能がある。一周目では勝手が分からず最初の段階で躓いてしまったため、「何処からか湧いてきた精霊ではない何か」でしかなかった俺の言葉はミゲルには届かなかったし、仮に届いたとしても当時の俺では大したことは教えられなかった。
だが、今は違う。一〇〇年の研鑽を重ねた俺の剣技は、人の限界近くまで届いていると自負している。それを溢れんばかりの才能のある子供に伝えるならば……全てが半端で諦めていた惨めな子供を見捨てる未来はやってこない。
「さあ、どうする我が主よ?」
それでも本人にやる気がなければどうしようもない。もしもここで断られたならば、今後の身の振り方も考え直さなければならないが……
「……やる。やってみる。ねえエイドス、僕に剣を……人の力を教えてくれ!」
やる気に満ちた目を向けてくるミゲルに、俺は満面の笑みを浮かべて大きく頷くのだった。




