語られる「その後」のあらすじ
「エドがパーティを抜けてから、私達はすぐにエドの代わりを探したんだけど……それが上手くいかなかったの」
「へ? 何で?」
予想外のティアの言葉に、俺は間抜け面で首を傾げてしまう。
自分で言うのも何だが、荷物持ちなんて最低限の腕力と体力があれば誰でもできるような仕事だ。ましてや勇者パーティのそれとなればただ働きでもやりたいって奴が出るくらいだと思うんだが?
「ほら、エドが抜けたのって、魔王軍との戦いの最前線近くだったでしょ? だからかも知れないんだけど、本当に荷物持ちをしたいんじゃなくて、それをきっかけに私達の仲間になりたいって考える人達ばっかりで……」
「ああ、それは……」
苦笑するティアの顔にその時の様子がありありと思い浮かんでしまい、俺もまた苦笑いを浮かべてしまう。
俺はアレクシス達と行動を共にしていたが、実のところ公的には勇者パーティの一員としては認められていない。これはゴンゾやティアが戦闘に貢献して稼ぎを分け合うような関係だったのに対し、俺は一定額の報酬を貰って仕事をする雇われだったからだ。
なのでたとえばみんなが貴族のパーティに呼ばれたり王様と謁見したりする時も、俺は基本宿で留守番をしていた。有名になりたいわけじゃなかった俺はそれで何の不満もなかったが、最前線で戦えるような人物であれば荷物持ちをきっかけに自分の実力を示し、あわよくば勇者パーティの一員にと考えるのは十分にあり得る話だろう……それをアレクシス達が望んでいれば、だが。
「でも、私達が欲しかったのは荷物持ちだから、そんな風に自己主張されても困っちゃうの。時には無理矢理戦闘に割り込んでくる人とかもいて、雇う人雇う人みんな一ヶ月くらいでアレクシスが怒って追い出しちゃったのよ。
で、それが四人くらい続いて、流石にここで勧誘はもう無理ってなって、仕方なく一旦大きめの町まで撤退して、専門の荷運びを雇うことにしたんだけど……」
「えぇ? それでも駄目だったわけ?」
「うん……ほら、エドって凄く必死に、色々やってくれたでしょ? だから私達もそれが普通なんだって思っちゃってたんだけど……ある日アレクシスが雇った荷運びの人にそれを追及したら、『自分の仕事は荷物を運ぶことであり、雑用や身の回りの世話は含まれていない。それをしてほしいなら自分とは別に専用の召使いなり雑用係を雇うべきだ』って言い返されちゃったのよ。それでアレクシスが激怒しちゃって、あっさりその人を追い出しちゃった」
「おぉぅ…………」
パーティに加入直後の俺は、とにかくアレクシス達に捨てられないように思いつく限りのことを何でもやった。その後半年経って世界を出る条件が満たされても、追放されたら一〇分で「白い世界」に戻れるなんてわからなかったから、王都に近い比較的安全な地域にアレクシス達が戻ったら追放されるようにしようと考えていたため、より一層頑張った。
そして気づけば、みんなと一緒に旅をすることに愛着を感じるようにもなっていた。だからこそ最後まで、俺は一切手を抜かずにみんなのために尽くし続けたのだが……それと同じ事を金で雇ったプロに求めるのはそりゃ違うだろう。仲間のために頑張ることと、雇い主に給料分の奉仕を提供するのでは根本的に違う。
「何か、ごめん……」
「フフッ、別にエドは悪くないわよ。私達が勝手に勘違いしちゃっただけ。でもその勘違いに気づいた頃には、もう私達の依頼を受けてくれる荷運びはいなくなっちゃった。『勇者と言えども所詮は大国の王子、世間知らずで我が儘なところもあるのだろう』みたいな風評が流れちゃったのが痛かったわね。まるきり嘘って訳でもないし。
とは言え、荷物持ち自体は絶対に必要だわ。いつまでも後方でくすぶってるわけにもいかないし、さてどうしようかと悩んでいるところに……自分から声をかけてきてくれる人がいたの。俺ならどんな荷物でも持つし、雑用だって全部こなす。だから是非一緒に仕事をさせてくれって。
それは私達にとっても都合のいい話だった。だからアレクシスはそれを受け入れて、私達はその人と共に協力して冒険を続けて……だけど……………………」
そこまで話したところで、ティアの表情が辛そうに歪む。薄い唇をキュッと噛みしめた様子には、嫌な予感を禁じ得ない。
「長い長い時間をかけて、私達は遂に魔境を抜けたの。魔境の向こうには草原が広がっていてね? そこにはまるで私達を待ち構えるように魔王軍の大軍勢がいたわ。
でも、そんなのは私達だって覚悟してたこと。そのための準備も万全に整えていたんだけど……その荷物持ちの人がね、逃げちゃったのよ」
「…………は? 逃げた?」
言葉の意味がわからず、俺は思わず聞き返してしまう。だってそうだろう?
「逃げたって……どうやって? 魔境を抜けて来たんだろ?」
目の前の軍勢にビビって逃げ出したくなる気持ちは理解できるが、勇者パーティが長い時間をかけて踏破したような場所を荷物持ちが単独で帰れるはずがない。そんな俺の疑問に、ティアが更に表情を歪める。
「転移結晶って知ってる?」
「ああ。あらかじめ場所を登録しておくと、割ったときにそこに転移できるってあれだよな?」
「そう。それを私達は万が一の時の脱出手段として人数分用意していたんだけど、あれって割れたら勝手に発動しちゃうから、戦闘中は持ち歩かないでしょ? だから荷運びの人に全部預けてたんだけど……」
「…………え、嘘だろ。まさか!?」
「うん。その人が転移結晶を使っちゃったの。私達が用意した回復薬やら魔導具やらを全部持ったままその人が青い光に包まれて消えたのを見た時は、正直何が起きたのかわからなかったわ」
「そ、れは…………それで、どうなったんだ?」
言葉を詰まらせる俺に、ティアが枯れたような苦笑を見せる。
「どう? どうにもならなかったのよ。武器や防具はともかく、身につけていたのは緊急用の回復薬が幾つかくらいだもの。それでも必死に戦ったけど、何千人もいる魔王軍を前にはどうすることもできなかった。
咄嗟に魔境に逃げ込んで、身を潜めながらしばらくは戦ったけど……でも結局は魔境に巣くう魔獣にも追い立てられる形になって、最初に出た草原に戻らざるを得なかった。
そうしてそこで死を覚悟して、こうなったら最後に特大の精霊魔法を……って思ったところで、アレクシスが……」
ティアの目から、涙がこぼれる。握りしめた小さな拳と一緒に声を震わせ、それでも気丈に話を続けてくれる。
「アレクシスはね、一つだけ転移結晶を隠してたの。私やゴンゾと違って、アレクシスは神様に選ばれた勇者で王子様……本当に替えの効かない唯一の人だから、いざという時は自分だけは逃げられるようにって……
でも、なのに……それを私に使ったの! 『勇者である僕が仲間を見捨てて逃げ帰るなんて、そんな格好悪いことできるわけないだろう?』って!
転移結晶を私の手の中に押しつけて、そのまま剣の柄で叩き割られて……何も言う暇なんてなくて、アレクシスの背伸びして偉ぶった顔が笑ってて……私は、私は……っ!」
溢れる涙をボロボロとこぼし続けながら、ティアが溜め込んでいた心情を吐き出していく。俺なんかよりずっとあいつらと一緒に居て、生死をかけた戦いに身を投じていたティアがどんな思いでこの言葉を口にしているのかなんて、俺には推測することすら烏滸がましい。
「うぅぅ……うっうっうっ…………うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
遂にテーブルに顔を伏せ、子供のように泣き叫ぶティアの姿を、俺はただ静かに見守ることしかできなかった。




