『愛情をひとつまみ』
最悪の初対面から始まった、成り行きまかせの「元」勇者パーティ。ゴンゾがいるから大丈夫だとは思いつつも、何故かアレンに強い関心を示すルージュという女の子に不安もあり、果たしてどんな旅路になるのかと色んな意味で胸をドキドキさせていたのだけれど……
「あーあー、また食べこぼして! ほら、こっち向きなさい!」
「あぅ……」
パーティを組んでから、一ヶ月と少し。「森の様子がおかしい」という、割とありがちな調査依頼を受けた私達は、とある村の村長さんの家で夕食に招かれていた。そしてその食卓では、零れたスープでベタベタになったアレンの口元を、ルージュがちょっと乱暴に……でも何処か愛を感じられる手つきで拭っている。
「まったく! いい加減食事くらいは綺麗に食べられるようになりなさい!」
「ごめんなさい、ルージュお姉ちゃん……」
「謝るくらいなら、さっさとマナーを身につけることね」
口調は強いし、叱ってはいるけれど、そこに嫌悪や侮蔑は感じられない。そんなルージュとアレンのやりとりを見て、アレクシスが小さくため息を吐いて話しかける。
「なあ、ルージュ? 君はアレンに、自分の身の回りの世話をさせたかったんだよな?」
「そうよ? それがどうかしたの?」
「……なら、何故ずっと君がアレンの世話を焼いているんだ?」
「そんなの、この子がまともな行儀も弁えてないからに決まってるじゃない! こんな子供を侍らせていたら、アタシの品性が疑われちゃうわ!」
「……だから、アレンがその……品性を身につけるまで、君が面倒をみていると?」
「だからそう言ってるじゃない! せめて下級貴族くらいには礼儀を覚えられたら、私の世話を任せられるんだけど……アレン、頑張りなさいよ?」
「うん。ボク、頑張るね」
「…………そうか。いや、君達がそれでいいならいいんだが」
「細かいことは気にするなアレクシス。ワシもまさかこんなことになるとは思わなかったが、これはこれで理想的だぞ? ティアよ、お主もそう思わんか?」
「え、ええ。まあ、そうね……」
ルージュに手を取られて上品なスプーンの持ち方を指導されているアレンを見ながら、私は曖昧な笑みを浮かべておく。まさかこんな訳の分からない方向で気を揉むことになるなんて、あの時は想像すらしていなかったけど……でも何かこう、私の中にモヤモヤした気持ちが湧いてくるのが抑えられない。むぅ、何なのかしら?
と、そんな事を考えていると、アレンがクイクイと私の服の裾を引っ張ってくる。
「見て、お姉ちゃん。上手に持てるようになった……なった?」
「おおーっ! そうね。とっても上手に持ててるわ。偉いわよアレン」
「えへへ……」
「ちょっとエルフ! アンタ、アレンを甘やかすんじゃないわよ! もっとビシビシいかないと、アタシの世話をさせるまでにどれだけかかるかわからないでしょ!?」
「自分の事くらい自分でやりなさいよ! 今だってやってるでしょ!?」
「ハンッ! 自分でできるからって、自分でやる必要はないのよ。アタシみたいな天才は、誰かに傅かれて奉仕されるのが当然なんだから! 大体――」
「ルージュお姉ちゃん、お茶、からっぽ……お代わり、入れる?」
「あらアレン、よく気がついたわね。どこぞの能なし胸なし愛想なしの駄エルフとは大違いだわ」
「なっ!? それを言うなら、ルージュだってぺったんこじゃない!」
「アタシはまだ一八歳だから、これから成長するのよ! どこぞの三桁年齢のシワシワおばばエルフとは違うんだから!」
「しわ……っ!? ルージュ、貴方――」
「あーもう! やめんか二人とも!」
言い争いを始めそうになった私達を、ゴンゾが止めに入る。この一ヶ月でお約束になってしまった流れだ。
「まったく、常識人を増やしたはずなのに、何故ワシの苦労が減らんのだ……賑やかですまんな、村長殿」
「いえいえ、若い者達の活気のある声は、それだけで元気になりますわい」
「そう言っていただけるとありがたい。で、森の様子がおかしいとのことでしたが」
「はい、それなのですが……」
仕事の話が始まったので、全員が真面目な顔でそれを聞く。と言っても、特別に複雑な事情があるわけではなく、グレイウルフやレプルボアなんかの魔獣が、いつもより頻繁に森の奥から村の方にやってくるようになったというだけのことだ。
勿論、「それだけ」だと言っても、小さな村では大問題。明けて翌日から、私達は早速森へと入って調査をすることになって……ほんの三日ほどで、その原因はあっさりと特定できた。
「むぅ、これは思ったよりも大物だな」
「ノーブルグリズリーか……厄介だね」
木の陰から覗く私達の前にいたのは、全長三メートルを超える巨大な熊の魔獣。美しく艶めく黒紫の毛皮が貴族の間で高値で取引されることからそう呼ばれるようになった、かなり強力な魔獣である。村にやってくる魔獣が増えていたのは、間違いなくこいつに縄張りを奪われたからだろう。
「どうする? あの熊は全身筋肉の塊だからな。幾らワシでも、殴り合いでは分が悪いぞ?」
「アタシも駄目ね。アイツの毛皮、もの凄く燃えづらいもの。大火力の魔法を使えば倒せるけど……」
「こんな森の中でそれは、絶対にやめてくれ」
息を潜めてノーブルグリズリーの動向を観察しながら、みんなでヒソヒソと話し合う。なおノーブルグリズリーの毛皮は微弱な魔力を纏っているため、生きている間は斬撃も通じづらい。
なので、あれを倒そうと思う場合、一般的には人数を集め、中距離から槍で突いて倒すのが基本となる。が、残念ながらこのメンバーには、槍使いは一人もいない。
「ティア、君はどうだ? あれを倒せると思うか?」
「私? そうね。前衛が時間を稼いでくれれば倒せるとは思うけど……」
真剣な顔で問うてくるアレクシスに、私は軽く考えてから答える。
ノーブルグリズリーは確かに強敵ではあるけれど、勇者ではなくなって大幅に弱体化したアレクシスや、必要に迫られなかったからか、アレクシスほどではなくても弱くなっているゴンゾと違って、勇者パーティ当時の強さをそのまま維持している私ならば、十分に倒せる相手だ。
ただ、強い魔獣は勘も鋭い。不意打ちだと察知されて避けられる可能性があるので、こういう場合は前衛がしっかりと引きつけて、絶対にかわせないタイミングで必殺の一撃を叩き込むのが定石となっている。
かつてのアレクシスやゴンゾならば、任せて何の心配もない……というか、それぞれが単独でサクッと倒せるでしょうし……仕事だったけれど、今の二人にとっては別。だからこそ遠慮がちに言った私に、ゴンゾが顎に手を当て思案顔をする。
「ふむ、それならワシとアレクシスで注意を引きつければ、何とかなるか?」
「面倒ね、燃やしていいなら簡単なのに……」
「ちょっと、やめてよルージュ!? 貴方の魔法で山火事にでもなったら、私じゃとっても消せないんだからね!?」
「わかってるわよ!」
ルージュの使う火の理術魔法は、本当に強力だ。私自身が火属性を苦手としてることを抜きにしても、あれだけの術者はそういない。
が、それは万が一に火が燃え広がったりした場合、私でも対処出来ないということでもある。生木が燃えるほどの火事を起こされたら、たとえ雨をザーザー降らせたって消せないのだ。
「で、どうするアレクシス? パーティのリーダーはお主だ。お主の決断を尊重するが……」
「…………よし、やろう」
ゴンゾに問われて、アレクシスが決意を込めた目で静かに言う。
「小さな寒村とはいえ、民が困っているんだ。王族としての務めを果たさないとね」
「ガッハッハ! そうかそうか。ま、いざとなったらワシが守ってやるから、大丈夫だ」
「王子様、格好いい……」
たとえ勇者じゃなくなったとしても、やっぱりアレクシスの本質は変わらないらしい。その決断を嬉しく思う私の側で、ゴンゾがアレクシスの背中をバシバシと叩き、アレンが目を輝かせてアレクシスを見上げている。
ああ、ちなみにアレンが一緒にいるのは、私が皆に強くそう要求したからだ。見た目が小さな子供なので大分難色を示されたけれど、私はアレンと離れたくなかったし、アレンも離れたがらなかった。
ならば危ないことも怖いことも、一緒に乗り越えていこうと思う。全力で守りはするけれど、私はアレンの目を塞がない。そうして色々なことを見て聞いて感じたアレンが、最終的にどうなるかは……それこそ神のみぞ知るといったところだろう。
「ゴホン……それじゃ皆、行くぞ?」
「うむ、いつでもいいぞ」
「アタシはいつだって準備万端よ!」
「私も大丈夫……アレンはそこで待っててね」
「うん。みんな、頑張ってね」
皆で声を掛け合い、頷き合って意思疎通を図る。さあ、いよいよ強敵との戦闘開始だ。




