当たり前のありがたさは、失ってみて始めてわかる
もうすぐ発売になる2巻やコミカライズ情報などを、活動方向に書かせていただきました。ご興味がありましたら、是非とも目を通してみてください。
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完全なる闇を切り裂く、小さな光。その眩しさに俺は一瞬目を細めたが、それもほんの数秒のこと。慣れてしまえばその光は、想像よりもずっと弱かった。
だが、そんな光であっても、この世界では唯一の光源。俺の視界に景色が戻り、抱きかかえるティアの顔がぼんやりと浮かび上がる。それは静かに眠っているようで、苦痛に歪んでいないのはせめてもの救いだ。
「ティア……って、そうだ。待ってろ、今……ぐぅぅ…………」
「う、うぅん……?」
驚いて中断していた魂をちぎり取る作業を再開しようとしたところで、不意にティアの口から小さなうめき声が漏れた。慌てて顔を見れば、口元がムニムニと動き、次いでゆっくりと瞼が開いていく。
「あ……れ…………? エド…………?」
「ティア!!!」
「ちょっ、何……!?」
寝ぼけたような声を出すティアを、俺は思いきり抱きしめる。するとティアの手が優しく俺の頭に触れた。
「もう、どうしたのエド? 急に甘えっ子になっちゃって」
「馬鹿野郎! お前、自分がどうしたか覚えてねーのか!?」
「どうって……あれ? そう言えば、私どうして……エドに膝枕してたはずなのに……?」
俺が顔を上げると、ティアが戸惑いの表情を浮かべている。そうしてしばしぼんやりと考え込むと、やがて半開きだった目が大きく見開かれていった。
「そう、そうよ。何だか急に体が寒くなって、そしたら強烈な眠気みたいなものに引っ張られて、一気に意識が沈んでいって……」
「寒い? 今は大丈夫なのか?」
「うん、平気。何だか……って、あれ? エドの顔が見える!? 何で!?」
「今更かよ!」
「だって……あっ!」
「うん?」
ティアの上げた短い声に合わせて、俺は視線を横に動かす。するとその場にフヨフヨと浮いていた光が目に見えて弱くなっており、何ならチカチカと明滅すらし始めている。
「エド、大変! それ、消えちゃいそうよ!?」
「うお、マジか!? え、どうすりゃいいんだ!?」
俺の胸から出てきた、謎の光……この世界唯一の光源であり、おそらくはティアが目覚めるきっかけになったであろうそれが消えたらマズいことなんて、考えるまでもなくわかりきっていることだ。
だが、光を維持する方法なんて俺には何も思いつかない。ど、どうする!? 何か燃えるものを……いや、光であって火じゃねーから! なら何だ? 魔力とか? そんなの俺は……おっ?
「こいつは……いや、そうか!」
焦って全身をまさぐる俺の手に、チューリッヒから託された石の器が触れた。神の光を留めるために作られたこれなら……っ!
「さあ、こい! こいつに入れ!」
俺は「神の玉座」たる石の器を持ち、そっと光に近づける。すると光は震えながら石の器に吸い込まれ、内部でその輝きを安定させ始めた。
「ふぅ、いけたか……へへっ、これで正解みてーだな」
「ねえエド、その光って……?」
「ああ、多分ルカが……後輩が俺にくれたやつだ」
あの時ルカが「自分の精一杯」だと言って託してくれた力。俺の胸から出てくる光なんて、それ以外に思い当たるものはない。
「ははは、いつかは役立ってくれるんだろうなとは思ってたけど、まさかこんなに早く、しかも最高のタイミングで活躍するとはなぁ。目立ちたがりで寂しがりで、ちっとも出番を我慢できないお前らしいよ……ありがとな、また助けられちまったぜ」
小さく声をかける俺に、光が応えることはない。だがほんの少しだけ光が強くなった気がして、それを浴びたティアがほわっと表情を緩める。
「ふわー、何だか凄く暖かい光ね」
「暖かい? そういやさっき、寒くなったとか言ってたな」
「そうよ。真っ暗な場所だったし、知らない間に体が冷え切ってて、そのせいで意識を持っていかれちゃったのかしら?」
「それは……うーん?」
焚き火か暖炉にでも当たっているかのように、光に手をかざしてニコニコしているティアを見つつ、俺は首を傾げて考え込む。
光がなければ寒いというのは、まあ理解できる。雪山みたいなところで体が冷え切ると、そのまま眠るように意識を失うということも知っている。
だが、俺は寒さなんて微塵も感じていない。そして同時に、この光に暖かさを感じてもいない。見てて優しい気持ちになるという意味での「温かさ」ならともかく、物理的に体が暖まるような感覚はないのだ。
(つまり、神の光ってのは生物が生きていくために必須のもので、それが普通の光に混じってたってことか? ならもしこの現象が、ここだけじゃなく他の世界でも起きてるんだとしたら……)
「……おぉっふぅ」
「? どうしたのエド?」
「……いや、何でもない」
あらゆる世界が滅亡の危機に瀕しているというとんでもない推測を、俺は辛うじて引きつり笑いで誤魔化す。ヤバい、これは相当ヤバいが……だからといってどうすることもできないのが本当にヤバい。
「まあ、あれだ。とにかくティアは、この光から絶対に離れないように気をつけてくれ」
「はーい。じゃ、存分にぬくぬくさせてもらうわね」
「おう、そうしとけ」
俺がランタンのような状態になった「神の玉座」を手渡すと、受け取ったティアはそれを胸に抱いて気持ちよさそうにうとうとし始める。多分もう、焦ってどうこうという段階ではないだろう。ならば俺達はこの希望の光を大事に扱い、何が起きてもいいようにできるだけ万全の状態を整えるだけだ。
「どうする? もう少し休むか?」
「うん……ねえエド、ここってやっぱり『白い世界』だったのね」
「ん? ああ、そうみてーだな」
ティアの呟きに、俺は周囲を見回して答える。光はそれほど強いものではなかったが、周囲に遮るものが何もないこともあってか、かなり遠くまでその輝きが届いている。それによると、どうやらここは俺達がいつもいる扉やテーブルのある地点から、おおよそ五〇メートルくらい離れた場所のようだ。
「割と動き回ったから、もっと離れてるかと思ったんだけど……」
「そうだな……あー、でも、ひょっとしたら一定以上は離れられないようになってるのかもな」
この「白い世界」には、いつもいたあの場所を除けば、本当に何もない。なのであれが見えない位置まで遠ざかった上で方角を見失えば、正直二度と戻れないんじゃないかと思われる。
が、神は俺がここで永遠に迷子であり続けることを望んではいない。もしそうしたいと思っていたなら、最初から扉だのなんだのを用意せず、何もない場所に放置すればいいだけだからな。
となると、そうならないように保護する仕組みが構築されている可能性は十分にある。勘違いだったら困るので試してみたいとはこれっぽっちも思わねーが。
「ふーん……ねえエド、もうちょっと休んだら、あそこに戻るわよね?」
「そりゃあな。最低限あそこにいりゃ、光が消えちまってもまだ動きようがあるし」
「なら、『勇者顛末録』を読んでみない? ここにきていきなり真っ暗になっちゃったなら、ひょっとしてその原因みたいなのが書いてあるかも知れないし」
「そうだな。いいぜ」
確かに「勇者顛末録」になら、俺達が立ち去った後のことが書かれている可能性が高い。もしチューリッヒのいた世界もこの暗闇に覆われる現象が起きていたならば、その原因や対処法だって記載されているかも知れないのだ。
となれば、読まない手はない。そのまましばし休憩を続け、ティアが元気になったところで、俺達は光を手にいつものテーブルまで戻ると、そこにおかれている本を手に取った。
「流石に暗い中で本は読みづらいな……」
「もうちょっと光をそっちに寄せる?」
「いや、それはそれで眩しいだろうし、大丈夫だ」
まさか魔王の視力が、暗がりで本を読んだ程度で落ちたりはしないだろう。ほんの少し眉間に皺を寄せつつ、俺は「勇者顛末録」を読み進めていく。
もっとも、この光がいつまで保つものなのかわからないので、残念ながら終盤までは斜め読みだ。チューリッヒの若い頃の恋愛っぽい話や、ニャムケットとの出会いとその後の冒険など、目を引く内容が割とあったんだが、今のところは我慢しておく。
「うぅ、もっと落ち着いて読みたかったわ」
「別に消えてなくなるわけじゃねーんだから、全部解決したらまた後で読めばいいだろ?」
「まあ、そうだけど……むぅ」
「ほらほら、それよりそろそろだぞ?」
ガンガン飛ばしていったため、本はあっという間に最後の部分にさしかかる。そこに書かれていた内容は、俺の予想を遙かに超えるものだった。




