加わる者と立ち去る者達。未練は断てども想いは断たず
その後、クロヌリの襲撃を退けた俺達は、大急ぎで村の復興に取りかかった。幸いにして建物には大きな被害はなかったのだが、村を囲う木製の防柵はボロボロに傷ついており、もはやちょっとした手直しではどうにもならなくて、ほぼ全部作り直しになってしまったからだ。
周囲に見張りを立てつつ、今回の戦闘で倒れた木を運んで加工し、組み合わせて立派な木柵にする。こういう時こそ「半人前の贋作師」が使いたくなるが、あれは耐久力がガッツリ下がるので防衛機構には間違っても使えないのが何とももどかしい。
それでも二日目にはこの村から出た伝令が応援の戦士達を連れてきてくれたこともあり、大幅に増えた人手により、僅か一週間で以前よりも堅牢な防備を整えることができて……そして今日。俺達は遂にここを出ることになる。
「すっかり世話になっちまったな」
「気にしなくていいのだ。ワレは勇者だからな!」
「エドさん、ティアさん。ありがとうございました」
「ははは、いーって。てかもう何回目だよ」
「そうよ。そんなに感謝され続けたら、そっちの方が困っちゃうわ」
村人総出で見送ってくれるなか、代表して声をかけてくるドーベンとミミルに俺達は笑ってそう答える。勇者パーティに入っていると日常的に礼を言われることで「感謝慣れ」をしてしまうものだが、それでもこういう心からの感謝にはどうにもくすぐったい気持ちになってしまう。
「うーん。でも、そうだな。そこまで感謝してくれるなら、一つ形のあるお礼を貰っても構わねーか?」
「ん? 何だエド。何か欲しい物でもあるのか? 俺に都合がつくものなら何でもやるが……」
「言質を取ったぜ?」
ドーベンの言葉に俺はニヤリと笑みを浮かべ、ワッフルの方に視線を向ける。するとワッフルが一歩踏み出し、その手をまっすぐにドーベンの方に伸ばした。
「ドーベン、ワレと一緒に来て欲しいのだ!」
「…………は?」
「何間抜け面してんだよ。お前が何でもやるって言ったんだぞ?」
「い、いや!? 言ったけどよぉ……でも、俺はこの村を……イテッ!?」
戸惑うドーベンの尻を、ミミルが思いきり蹴っ飛ばす……何となく俺の尻もキュッと引き締まった気がするが、気のせいなので気にしない。気にしては駄目なやつだ。
「もーっ! 何言ってるのお兄ちゃん! そもそも今回お兄ちゃんがここにいたのは偶然で、普段は外に出てるんだから同じでしょ!? それともワッフルさんが魔王を倒すまで、一生この村でくすぶってるつもりなの!?」
「そんなつもりはねぇけど……でも、だって、俺は……」
言いよどむドーベンの目がワッフルを見ると、その細い尻尾が力なく垂れ下がる。
「俺は……ワッフルに負けた男だぜ……?」
「それは違うのだ! 確かにワレはあの試合に勝って勇者になったけど、それはその時だけの話なのだ! それともドーベンは一度負けたら一生負け続ける根性無しの泣き虫なのか?」
「そんなわけねぇだろ! 次に戦ったら、俺が必ず勝つ!」
「ならあの勝敗は単なる過程なのだ! 次の勝負はどっちが魔王を倒すか、協力しながら競争すればいいのだ!」
「ワッフル……チッ、そこまで言われちゃしょうがねーな」
苦笑したドーベンが、ワッフルの伸ばした手をとらず……代わりに肩を抱く。
「握手はそん時までおあずけだ。最後に勝った方から手を出す……それでどうだ?」
「わふふふふ、ワレは負けないのだ!」
大柄なドーベンが小柄なワッフルと肩を組んで顔を寄せ合う。一見すると脅しているようにしか見えない光景だが、揺れる尻尾と輝く笑顔は何とも幸せそうだ。
「良かったわね、ミミルちゃん」
「はい、ティアさん! うぅ、お兄ちゃんにもようやくお友達が……」
「おいミミル、お前まだそんなこと言ってやがるのか! 俺にだって友達の一人や二人くらい……」
「え、誰?」
「うぇ!? そりゃお前、あれだよ……自警団の奴らとか……」
「あの人達はお兄ちゃんのこと怖がってたり尊敬してたりはすると思うけど、お友達とはちょっと違わない?」
「うぐぐぐぐ……あっ、そうだよエド! ほら、こいつだって友達だろうが! な!?」
「俺か!? まあそうだけど……」
「うぅ、良かったねお兄ちゃん。お友達が二人になったんだね……」
「ちげーよ! そんな顔で言うんじゃねーよ!」
「良かったわねエド。お友達ができて」
「え、これ俺もとばっちりが来るやつ? やめろティア! そんな目で見ないでくれ!」
笑い合いふざけ合い、ひとしきり別れを惜しんでから俺達は旅に出る。新たに加わったドーベンの力は流石で、その後も各地で起こり始めたクロヌリの襲撃をねじ伏せたり、魔王に関する情報なんかを集めたりして……そして遂に、その時が来た。
「ここから先は、ケモニアンしか立ち入れない聖地なのだ」
「そっか。なら俺とティアはここまでだな」
一見すれば、単なる洞窟の入り口。だがその先には不思議な空間が広がっていて、そこには勇者の力を高めて魔王を倒すために必要な何かがあるらしい。が、その先を俺は知らない。一周目もそうだったし、二周目である今もまた、ここが俺達の最後の地だ。
「チッ! おいワッフル、どうにかなんねーのか!? ここまできてこいつらを切り捨てるなんてあり得ねーだろ!」
「言いたいことはわかるし、ワレも同じ気持ちなのだ。でもこの試練にどのくらいの時間がかかるかわからない以上、エド達にずっと待っていてくれとは言えないのだ」
「なら、試練が終わったらまたパーティを組めばいいじゃねーか! どうだエド? 終わったら狩小屋に伝言を出すから、そしたらまた――」
必死に食い下がってくれるドーベンに、しかし俺は静かに首を横に振る。
「悪い、ドーベン。お前やワッフルと一緒だったから大丈夫だったけど、人間である俺達だけじゃ、この国に長期滞在はできねーんだ。所詮俺達は望まれない客人だからな」
「お前達くらい強けりゃ、そんなのどうとでもなるだろうが! ワッフル、お前の勇者の肩書きがあれば……いや、それとも俺の村に行けよ! あそこならミミルがいるし、大歓迎で受け入れてくれるさ!」
「駄目だ。下手なところに腰を落ち着けたりしたら、俺達が村人を虐殺したってことにされて、戦争の口実にされかねん。そんなのにお前の妹を巻き込めるわけねーだろ」
「そんな!? ことは……」
「勿論、ケモニアンの人達がみんなそこまで人間を嫌ってるわけでもなけりゃ、悪い奴ばっかりだなんて思ってねーよ。でも一部の過激派がいることも事実で……個人の力で対処するにはどうしたって限界があるんだ。
ま、後は適当にこそこそしながら人間の国に帰って、お前達が魔王を倒す朗報を楽しみにさせてもらうさ」
「……………………クソがっ!」
苦笑して肩をすくめる俺に、ドーベンが思いきり地面を蹴る。
「……正直、お前達に会う前は俺も少なからず毛無しを差別する心を持ってた。だからお前の言うことを否定できねぇ……クソッ、クソッ! 何だこの様は!? 俺は友達の居場所すら確保してやれねーような小物だったってのかよ!?」
「別にドーベンが悪いわけじゃねーさ。長年積み重なった種族間の問題を、ただの旅人がどうこうできるわけじゃねーってだけさ。
でも、そうだな……」
そこで一旦言葉を切ると、俺は空を見上げる。木々の隙間から見える空は何処までも青く澄み渡っており、その色はきっと、人にもケモニアンにも同じに見えるはずだ。
「もしお前達が魔王を倒して偉くなったら、俺達みたいなのもいるってたまには思い出してくれよ。そうすりゃ人とケモニアンの垣根も、少しくらいはマシになるかもな」
「わかったのだ。ケモニアンの勇者ワッフルの名において、エドとティアの存在を決して忘れないと誓うのだ」
「俺もだ! 誓うような肩書きはねーが、友達の顔を忘れたりするわけねーだろ!」
「それで十分さ。じゃあ……」
「ワッフル!」
と、そこで今までずっと俯いていたティアが、不意にワッフルに飛びつく。
「一緒に旅できて、楽しかったわ……元気でね」
「ありがとうティア。今ならちょっとくらい撫で回してもいいぞ?」
「フフッ……」
冗談めかして言うワッフルに、ティアは小さく笑ってギュッと腕に力を込める。そうして一〇秒ほど抱き合うと、次はドーベンの方にも抱きついた。
「ドーベンも。妹さんと仲良くね」
「ヘッ、お前に言われるまでもねーよ。だが……ありがとな」
「はいはい、名残惜しいのはわかるが、ここまでだ。じゃねーといつまで経ってもワッフル達が出発できねーからな」
「うん……」
「ということでワッフル。けじめを頼む」
ドーベンから離れたティアが俺の横に戻ってきたのを確認し、俺はワッフルにそう告げる。するとワッフルの尻尾が一度大きくファサりと揺れて、そのつぶらな瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。
「エドとティア、二人をパーティから外すのだ。ここまでありがとうなのだ」
「こっちこそ。頑張れよ、二人とも」
差し出された横向きの手をガッシリと掴んで揺らすと、それきりワッフル達は振り返ることなく洞窟の中に消えていった。その背を見送り、顔を見合わせ頷き合った俺とティアもまたしっかりと手を繋ぎ……やがて俺達の存在は、この世界から完全に追放されるのだった。




