刺し出す刃は露と消え、差し出すその手を握り合う
ティアをその場に残し、俺はそのまま村を駆け抜け反対側の防柵のところまでやってきた。幸いにしてこっちは破られていないようだが、無数のクロヌリが囓ったり引っ掻いたりしている光景はとても放置できるものではない。
「間一髪とまでは言わねーけど、結構ヤバいな……フンッ!」
そんなクロヌリ達を、俺は防柵の隙間から剣で突き刺していく。が、後から後から押し寄せてくるクロヌリの群れを前にすれば、その程度では時間稼ぎにすら足りなそうだ。
「こりゃ駄目だ。ちまちまやってたら間に合わねー……おーい、誰かいるか!」
「ここだ!」
俺の呼びかけに、クロヌリの向こう側から声がする。ならばと群れを切り裂きながら声の方に進んで行くと、そこには全身を血塗れにしたケモニアンの男が剣を構えて立っていた。
「毛無し!? 何だお前は!?」
「ドーベンの友人だ。勇者ワッフルと共に助けに来た!」
「ワッフル様と!? そう言えば、勇者と一緒に行動してる毛無しがいるってドーベンさんが言ってたような……そうか、お前か!」
「そう言うこった。使え!」
そう言って、俺は腰の鞄から回復薬を取りだして男に投げ渡す。だがそれを受け取った男は訝しげな表情でその小瓶を見つめている。
「何だこりゃ?」
「回復薬だ、飲め」
「栄養剤みたいなもんか? んぐっ…………うぉぉぉぉ!?!?!?」
小瓶の中身を飲み干した男が、驚きに声をあげる。見た目が血まみれなのはそのままだが、その声に明らかに活力が戻っているのがわかる。
「おいおいおいおい、どういうことだ!? 体中の痛みが消えちまったぞ!?」
「だから回復薬だって言っただろ? 聞いたことぐらいあんだろ?」
「知らねーよ! うわっ、毛無しはこんなもんがホイホイ作れるのか……凄ぇな」
「同じのを三本渡しとく。まだここで粘れるか?」
「任せろ! 壁沿いにぐるっと回りゃ他の奴らもいるはずだから、できればそっちにも頼む!」
「わかった!」
追加で三本の回復薬を渡すと、俺はまたも剣で道を切り開きながらその場を後にする。
ちなみに、あいつに渡した回復薬はアレクシス達と別れた時に物理的に渡せなかった大量の在庫のごく一部だ。この世界に同じ品質の回復薬がホイホイ出回っているのかは知らねーが、この状況で出し惜しみするほどのものでもない。使用期限は一年くらいなので、取っておいても劣化していくだけだ。
「おーい、誰かいるかー!」
「こっちだー!」
そんな感じで、俺は敵を倒しつつも村の周囲を一周していく。当然途中でワッフルとも再会し、問題ないことを確認して更に進んで行ったわけだが……
「おい、ドーベンがいねーんだけど、どういうことだ?」
おおよそ一周したと思われるところで、俺は目の前にいる耳の垂れ下がったケモニアンの男に問う。途中で会うかと思ったのに、ドーベンの存在が何処にも感じられないからだ。
「ど、ドーベンさんなら、もっと離れたところで戦ってるよ。自分が囮になってクロヌリを引きつければ、俺達でも何とか村を守れるだろうって……」
「チッ、そういうことか!」
迂闊だった。確かにドーベン一人が普通に守備に回ったところで、手の届く範囲は限られる。だが一人だけ突出して敵を引きつけ続けられれば、村を襲撃するクロヌリの密度を大きく下げられる。
俺はその男にも回復薬を押しつけると、即座に「失せ物狂いの羅針盤」を発動してドーベンの位置を特定する。ドーベンしかいないとわかっていればこそ「追い風の足」でクロヌリを弾き飛ばしつつ直進して……いた!
「ドーベン!」
「うぉっ!? なっ、エド!?」
他の場所とは明らかに密度の違うクロヌリの中心に飛び込めば、ドーベンが素っ頓狂な声をあげた。おお、これだけ囲まれてても他の奴らより全然平気そうな辺り、流石は勇者候補だな。
「テメェ、何でここに!?」
「助けに来た! ワッフルは反対側、村の中にはティアがいる! 周囲で戦ってる九人も無事だ!」
投げかけられた疑問を無視して、俺は必要なことだけを告げる。するとドーベンが牙を剥き出しにして凶悪な笑みを浮かべた。
「いい知らせだ! わかってんじゃねぇか!」
「当たり前だろ? 友達だからな」
俺もまたニヤリと笑ってみせれば、それ以上の言葉は必要無い。後はただ互いの背中を守って周囲のクロヌリを切り伏せるのみ。
「ウォォォォォォォン!!!」
遠吠えのような声をあげて、ドーベンの剣が何体ものクロヌリを一度に切り飛ばす。パワー重視のその一撃は、「不落の城壁」無しの俺なら受けることすら難しいだろう。
だが、その威力故に攻撃後の隙も大きい。無防備な背中に一抱えにできそうなほどの大きさのノミっぽいクロヌリが飛びついてくるが……それを通してやるほど甘くない。
「ぶっ飛べ!」
切るのではなく、あえて剣の腹で叩いてやれば、吹き飛ばされたノミのクロヌリが周囲のクロヌリに命中して体勢を崩させる。そうしてできた絶好の機会にしかし俺は何もせず、代わりにドーベンがさっきと同じ大ぶりの攻撃で周囲諸共を切り飛ばす。
初めての共闘。なのにお互いのやるべき事はわかっている。どちらも一流の剣士なれば、動きが読めるのは当然。力のあるドーベンが制圧し、その隙を俺が埋める。即席のコンビは目に付く一切合切を暴虐の嵐の元にねじ伏せていき……そして遂に、その波が終わりを迎える。
「ハァ……ハァ……終わった、のか……?」
「多分な」
肩で息をするドーベンと背中を合わせつつ、俺は素早く追放スキルで周囲を確認する。半径五〇〇メートル以内に「生きているクロヌリ」は存在しない……つまりは敵を倒しきったってことだ。
「ハァ……ハァ……フゥゥ。村に戻るぞ」
「了解。周囲の警戒は任せろ」
息を整えたドーベンが先頭を走り、俺達は村へと戻る。すぐに防柵の側まで辿り着くと、傷だらけでボロボロになっているとはいえ破られた形跡は無い。
「……他の奴らはどうした?」
「村の中じゃねーの? ドーベンと同じで、家族のこととか気になってるだろうし」
「あー、言われてみりゃそうだな」
頷いたドーベンが、そのまま村の中へと入っていく。当然俺もその後に続けば、ミミルのいた広場と思われる場所に大量の村人が集まっていた。
「おい、お前等! 大丈夫か!」
「ドーベンさん! 大丈夫です、怪我した奴はいましたけど、死人は出てません!」
「怪我も、こっちの毛無しの姉さんが治してくれました! いや、凄いですよ!」
「あ、あはははは……」
村人がサッと避けてくれると、視線の先では子供や老人に囲まれたティアが微妙に戸惑った表情を浮かべている。ティア的には手持ちの消耗品を使っただけだから、あんまり役立ったという気がしていないんだろう。
「お疲れ、ティア」
「エド! 別に疲れてなんかいないわよ。怪我人の治療だって、手持ちの回復薬を使っただけだし」
「それでもだ。ワッフル達が完璧な仕事をしてくれたから出番はなかったんだろうが、だからってここでティアがみんなを守ってくれていた事実は変わらねーさ」
「そうだよティアさん! ありがとう!」
俺がティアに声をかけると、側で聞いていたミミルが改めてそう礼を言ってくる。そのキラキラした目を向けられれば、流石のティアも観念して相好を崩した。
「ドーベン!」
「ワッフル……っ!」
と、そこで人混みの向こうからワッフルが声を出す。そちら側の人混みもまた開かれると、ワッフルとドーベンが俺達のいる中央までゆっくりと歩み寄ってくる。
「間に合って良かったのだ」
「……ああ、助かった。感謝するぜ、勇者ワッフル」
ドーベンが、手のひらを上に向けて腕を伸ばす。だがワッフルはその手を掴むと、横向きに手首を返した。その行為にドーベンは目を見開き、おずおずとその口を開く。
「い、いいのか?」
「いいに決まってるのだ。ワレとドーベンは友達なのだからな! あ、勿論エドとティアもそうなのだ! みんなみんな友達で仲間なのだ!」
「……ヘッ、随分と調子のいい勇者様だぜ」
一周目では命を捨てるとわかっていてすらはねのけられた手が、今対等な友として握り合っている。ああ、そうだ。この光景こそが俺の目指した理想であり、この世界での終着点。
別れの日は近い。だからこそ俺は、二人の英雄の姿をしっかりとその目に焼き付けるのだった。




