高利回りの信頼貯金は、使った側から積み上がる
「……動いた」
正式にワッフルが勇者となってから、三ヶ月。それに備えて大分行動を変えてしまったため一周目の時と同じタイミングなのかは正直もうわからないが……それでも遂に、その時がやってきた。
運良く、今は小さな町の宿。仕事の最中でもなければすぐには動けない森の中ということでもない。飛び起きた俺はすぐに自分の部屋を飛びだし、ティアの部屋の扉をやや乱暴にノックする。
「おい、ティア! 起きろ!」
「むぅ……何よエド、こんな時間に……?」
「ミミルに渡した結界石が使われた。おそらく今、村が襲われてる」
「っ!?」
俺の言葉に、寝ぼけ眼だったティアの目が驚きに見開かれる。だが、それも一瞬。すぐに身支度を始めるティアをそのままに、俺は更に隣のワッフルの部屋の扉を叩く。
「わふぅ……何なのだエド、まだ夜だぞ……?」
「聞いてくれワッフル。おそらくだが、ミミル……ドーベンの妹の住んでいる村が、今クロヌリに襲われている」
「どういうことなのだ? 詳しく説明するのだ」
こちらも眠そうに目を擦っていたワッフルだったが、俺の言葉に即座に意識が覚醒したらしい。真剣な眼差しを正面から受け止め、俺は更に説明を続けていく。
「俺が行商人から買った不思議な道具のなかに、『結界石』ってのがあってな。それを地面に叩きつけて割ると短時間の間クロヌリの侵入を防ぐ壁みたいなものを作れるんだが……選考会の後で別れ際にミミルに渡したそれが、たった今使われた。
色々疑問はあるだろうが、とにかくすぐにでも助けに行きたい。一緒に行ってくれるか?」
「当たり前なのだ! 勇者であるワレが人々を見捨てたりしないのだ!」
何故もどうしてもなく、ワッフルは力強く頷いてすぐに身支度を調え始める。ああ、やっぱりこいつはいい。この信頼に応えるためも、俺は全力を出して最良の結末を導かねばならないと強く思える。
俺自身も部屋に戻り、すぐに身支度を調えて三人揃って宿を出る。深夜のため通常なら町の門は開いていないのだが、そこはワッフルの勇者特権があれば何の問題もない。
「エド、場所はわかるのか?」
「問題ない。こっちだ」
その後は俺が先頭を走り、夜の世界を駆けていく。「旅の足跡」の恩恵を最大限に活用し、時には多少大回りでも街道を走り、時には危険を承知で森の中を駆け抜け、直線を突っ切るよりも速い本当の意味での最短距離を移動する。
「エド……私達、間に合うわよね?」
「わからん。だがこれ以上はどうしようもない」
俺の追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」からミミルに渡した結界石の反応が消失したのは、三時間ほど前。本来ならば村からの伝令が近くの町に駆け込むまでで最短でも半日、そこからギルドなり何なりを通してワッフルの耳に入るまでは、どんなに早くても一日から一日半くらいはかかることだろう。
だが、俺達はその全ての時間を無視していきなり現場に向かっている。一日半のアドバンテージがあるならば、きっと大丈夫……だと思うしかない。
「なあエド、その村にはドーベンもいるのか?」
「ん? ああ、いる……はずだ」
ドーベンの村には行ったことがないので、「旅の足跡」による確認はできない。が、一周目にいたのに今回はいないということはないだろう。少なくとも今もミミルの反応がある……つまりは生存しているのだから、大量のクロヌリに対抗できているわけだしな。
「なら何の問題もないのだ! あいつならワレ等が到着するまでくらい、楽勝で村を守り切ってるはずなのだ!」
「フッ、そうだな」
これだけ走っても息一つ乱さないワッフルの言葉に、俺も小さく笑って答える。そうして走り続けると、しばらくしたところで前方に大量のクロヌリの存在を確認できた。
「凄い数……どうするのエド?」
「そんなの決まってんだろ」
「全部倒して押し通るのだ!」
問うティアにニヤリと笑って、俺とワッフルはクロヌリの大軍へと突っ込んでいく。ティア達を逃がすために一万近い魔王軍に突っ込んだ時の事を考えれば、この程度の数なんて怯むにすら値しない。
「オラオラオラオラ! 道空けろ雑魚共がぁ!」
追放スキル「半人前の贋作師」で鋼の剣を増やし、クロヌリを一体切り捨てるごとに剣を使い捨てていく。これならどれだけ敵の数がいても、こっちの武器の消耗を気にする必要は無く、なら目に付く全てを片っ端から切り飛ばせばいいだけだ。
「食らうのだ! 衝撃肉球拳!」
そんな俺の横でワッフルが眩く輝く肉球をクロヌリに押し当てると、そこから放射状に光の衝撃波が走って周囲のクロヌリを消滅、あるいは怯ませる。勇者に継承される「聖剣」を「聖拳」としてその身に取り込んだからこその芸当だ。
「私だって! 風を重ねて伝えるは緑を聳える半月の塔、鈍の光を集めて回すは四種八節精霊の声! 回って廻って吹き飛ばせ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ストームブリンガー』!」
前衛の俺達が露払いをしている間に詠唱を終えたティアが、腰に佩いた剣にその魔法を宿らせる。
「宿せ! 銀霊の剣! 二人とも、避けて!」
背後からの警告に俺とワッフルが大きく横に移動すると、眼前で蠢くクロヌリの群れをティアの剣から生まれた豪風の刃が凄まじい勢いで削り飛ばす。吹き荒れた風が凪いだ後には、随分と見通しの良くなってしまった「元」森が存在するのみ。
「うっわ、えげつねぇ……」
「でも、クロヌリ共が一気に消し飛んだのだ!」
「フフーン! どうよ? さ、今のうちに突っ込みましょ!」
「おいおい!? 何だよ、スゲーやる気だな?」
前衛である俺達を置いて真っ先に走って行くティアに、俺は思わずそう声をかける。するとティアは追いついた俺の顔を見て、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ! あの時、私は大切な仲間を残して逃げるためにしか力を振るえなかった。でも、今はお友達を守る為にこの力で道を切り開ける! これでやる気にならなかったら嘘じゃない!」
「ハハッ、そうか」
「まだまだ打てるわよ! クロヌリなんて森ごと全部吹き飛ばしてやるんだから!」
「……いや、それは駄目だろ」
やる気が暴走しているティアに冷静にツッコミを入れつつも、俺達は順調に村へと駆けて行く。やがて木製の防柵が見えてきたが、その一角に穴が空いているのを発見する。
「穴が空いてる! 飛び込むぞ!」
「ワレはここで敵の侵入を防ぐのだ!」
「わかった! ティアは一緒に来い!」
足を止めて振り返ったワッフルを追い抜き、俺とティアは空いた穴から村の中へと侵入する。更新された「旅の足跡」を頼りに村を進めば、目の前には五体ほどのクロヌリと、その中央に薄い光の膜で覆われた少女の姿が――っ!?
「キャーッ!」
パリンという音を立て、光の膜が砕け散った。ようやく邪魔なものがなくなり、中にいたケモニアンにカマキリっぽいクロヌリがその大鎌を振り下ろそうとしているのが目に入る。
「させるかよっ! ティア!」
「まかせて!」
俺が「半人前の贋作師」で空中に創り出した剣を、ティアの精霊魔法が撃ち出す。突如飛来した鋼の矢にクロヌリ達が刺し貫かれ、慌ててこっちに顔を向けてくるが……
「おいおい、よそ見は駄目だろ?」
瞬時に懐に入り込んだ俺の剣が、クロヌリの頭を切り落とす。そのまま五体全部を切り捨てると、俺はようやく一息ついて背後を振り返った。
「え、エドさん……!? 何で……!?」
恐怖と疑問で頭が一杯になっているだろうミミルが、涙を浮かべて俺の顔を見る。だが今の状況で必要なのは、長ったらしい説明の言葉なんかじゃない。
「助けに来た。もう大丈夫だ」
笑顔でミミルの頭を撫でると、サラサラの手触りの下で緊張の糸の切れたミミルが大きな声で泣き始める。
「うっ、うぁっ……うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
「おっと。ティア、悪いけどここを頼む。この声で他のクロヌリが寄ってくるかも知れねーしな」
「わかったわ。エドはどうするの?」
「そりゃあ勿論、友達を助けて……後は大掃除だな」
今更片手落ちなんてあり得ねぇ。全部綺麗にかっさらって、目指すはハッピーエンドだ。




