愚者は妥協を押しつけられ、賢者は妥協を掴み取る
「それじゃ、ワッフルの勇者就任を祝って、カンパーイ!」
「「「乾杯!!!」」」
プーニルの町で一番大きな酒場の一角にて、俺達は木製のジョッキを打ち付け合う。奮発して貸し切りの個室にしたので、ここならば余人の目を気にする必要もない。
あの後、俺がティア達と合流して闘技場へと戻ると、試合は既に終わっていた。なのでワッフルとドーベンが繰り広げた戦いを直接見ることはできなかったのだが……
「お、ここだここ。この切り払いを紙一重でよけて踏み込んだのがこの後の攻防に響いたわけだ」
「そうなのだ。もしこの時咄嗟に後ろに下がられていたら、ワレはとても嫌だったのだ!」
「そうだったのか!? くそっ、でもそれだと次の攻撃に繋がらねーだろ?」
「そこは――」
映像を記録する魔導具。こんなこともあろうかと事前にこっそりそれを仕掛けておいたことで、俺達は二人の戦いをこうして振り返ることができている。特等席での観戦に俺とワッフル、ドーベンの話し合いには熱が入るが、反面俺の横ではティアとミミルが微妙な顔で飲み物を飲んでいる。
「むー、よくわかんない……何か凄いっていうのはわかるんですけど……」
「流石にミミルちゃんには難しいわよね。私だってこうして見るならともかく、実際に対峙したらあっという間にやられちゃうと思うわよ?」
「そうなの!? ティアさん、あんなに強かったのに……ハァ、やっぱりお兄ちゃんは凄いんですね」
ちらりとティア達の方に意識を向ければ、そんな話をしているのが耳に入る。
ちなみにだが、この「あっという間にやられちゃう」というのは当然ティアが弱いわけではなく、近距離かつ支援魔法の事前使用不可で始まる試合形式では勝ち目が薄いという話だ。
「にしても、スゲーなこれ。なあエド、これ一体何処で手に入れたんだ?」
「うぇ!? いや、これは、俺も行きずりの行商人から買っただけだから、細かいことはわかんねーんだけど……」
突然ドーベンに問われ、俺は微妙な表情でそう返す。今回使っているこれはアレクシス達との旅の間に買った物なので、この世界に似たような魔導具があるかどうかはわからない。少なくとも一周目の俺は聞いたことがないので、おそらくは存在しないはずだ。
「毛無しの国じゃないのか? ワレは行ったことはないけど、毛無しの国ではこういう便利な道具が沢山あると聞いたことがあるのだ!」
「そうなのか? チッ、あの見下すような視線を向けてこなけりゃ、俺も一度くらいは行ってみたいと思うんだがなぁ」
「ははは……こういう高度な魔導具は個人製作って事も多いから、俺はたまたま運が良かっただけさ」
「うーん、ワレも運が良くなりたいのだー!」
「おう! 運がいいってのはいいよなー。何せ運がいいと何でも上手くいくんだぜ?」
「それは凄く凄いのだー!」
「「ワハハハハハハハハ」」
「もー、お兄ちゃん酔っ払いすぎだよ! ワッフルさんも! ホントにしょうがないんだから」
適当に誤魔化した俺に、いい具合に酔っ払ってきたワッフルとドーベンが顔を見合わせ笑い合う。二人の間にはこれっぽっちもわだかまりは感じられないし、そんな二人を見るミミルの顔にも暗い影はない。そっちはティアが上手くやってくれたんだろう。よしよし、この分なら最後のイベントも乗り越えられそうだ。
そうして楽しい祝勝会を終えると、俺達はそれぞれの宿、それぞれの部屋へと戻っていった。だが今夜も俺の部屋にはこっそりとティアがやってくる。
「何だ? よば――」
「はいはい、それはもういいわよ」
「何だよ、つれねーなぁ」
訳知り顔で軽くあしらうティアに苦笑しつつ、俺はいつものお茶を入れてテーブルの上に置く。するとティアもまたいつも通りに席に着いてお茶を飲み、徐に話を切り出してきた。
「にしても、二人の試合は本当に凄かったわね」
「だな。ドーベンがまさかあそこまで強いとは」
「ねえエド。もしドーベンが勝ってたらどうしてたの?」
「ん? その場合はドーベンに同行することになっただろうな。今の二人になら、『俺達はどうしても勇者と同行しなきゃいけない理由がある』って素直に言えば受け入れてくれるだろうし」
「つまり、どっちが勝っても平気だったってこと? ちゃっかりしてるのね」
「当たり前だろ? 保険もなしに博打を打つほど馬鹿じゃねーよ」
ワッフルを応援していたし、信じていたことも事実だが、だからといって何の備えもしないのはただの愚か者だ。俺一人ならまだしも今はティアも一緒なのだから、どっちに賭けても勝てるように細工をするのはむしろ当然ですらある。
「で、こっちは何とかなったと思うが、そっちは?」
「大丈夫。エドに言われたとおり気絶させるだけで済ませたから、大事にはなってないと思う」
「ならいい。裏とは言っても公的な裏だから、面子云々で因縁ふっかけてきたりはしねーだろうし、そういうことならこれで解決だな」
「やっぱり偉い人が裏にいたの?」
「ああ。ワッフルを勇者に推薦したブルートって大臣が黒幕だった。まさか本人に会えるとは思わなかったけどな」
あの場でドーベンに交渉する役は、ブルート本人である理由が全く無い。むしろ逆上したドーベンに襲われる可能性を考慮すれば、然るべき使者を立てるのが当然だ。
なのに、ブルートはあの場にいた。おそらくはそれが「己の手を汚してでも国家に忠義を尽くす者」としての奴なりの誠意だったんだろう。まあそんなものは単なる自己満足でしかねーんだから同情なんてしねーし、して欲しいとも思わないだろうが。
「とにかく、奴らの望み通りワッフルが勇者に決まった時点でこれ以上何かをしてくるとは思えねー。となると、最後に残った障害は……」
「ドーベンの生まれた村を襲う、クロヌリの襲撃ね」
ティーカップを置いたティアの言葉に、俺は神妙な顔つきで頷く。
「襲撃そのものを防げれば一番いいんだが、それは難しい。前も言ったが正確な日時は流石に覚えてねーし、俺達だけならともかくワッフルを村に滞在させる理由がない。かといってワッフルと別行動は取れないしな」
晴れて勇者となったワッフルは、これから国中を回って様々な問題を解決しなければならない。そんな状況で理由も無く田舎の小さな村に長期滞在させることはできないし、かといって俺やティアが別行動してしまうと神様がどんな判断をしてくるのかがわからない。
何事もなかったり、離れている時間分だけカウントが進まないっていうだけならどうとでもなるんだが、カウントのリセットや逆に離れているだけで「追放された」と判断されて強制送還されたりするのは避けたい。いずれ出て行きたいとは思っていても、これから敵が来るってわかってるのに元の世界に戻されたら寝覚めが悪いどころじゃないからな。
「あらかじめクロヌリを討伐しておくとか、村の防備を固めるとかは駄目なの?」
「それこそ無茶だろ。クロヌリが発生する法則は未だによくわかってねーから事前に倒しとくのは無理だし、村の防備は……よそ者が突然やってきて『村の防備を強化しましょう』なんて言い出したら、ティアならどうする?」
「私なら? うーん……追い出すわね」
「だろ? それが答えだ」
ドーベンの知り合いという程度の奴が、今の村に必要の無いものを勝手に作り出したりしたら、良くて村人総出で追い出され、下手すりゃ捕まって牢屋に入れられたり、場合によっては殺されることすら考えられる。
かといって防壁だの櫓だのなんてこっそり作れるわけもなければ俺一人で運用できるわけでもないので、「村が襲われる」という事象そのものをなかったことにする方法は俺の頭じゃどう考えても思い浮かばない。
「一応仕込みはしてあるから、襲われたとしても大事には至らないはずだ。だから後はワッフルの行き先を調整して、襲撃があった時期の前後はできるだけ近くに居られるように立ち回るってのが現実的なところだな。」
世界は理不尽に満ちていて、たとえ未来を知っていようと変えられないこともある。だが始まりを変えることはできずとも、終わりを変えることができるのは実証済み。
「なーに、事件が起こるまであと二ヶ月ちょいある。その間に俺達だけじゃなくワッフルの奴もガンガン鍛えりゃ、クロヌリの襲撃なんてどうってことねーよ」
「そうね。襲ってきた瞬間に集まって、みんなで返り討ちにしてあげましょ!」
薄く笑って言う俺に、ティアもまた胸の前で拳を握って気合いを入れる。
順調にいけば、この世界に滞在できるのもあと少し。最後の最後まできっちりやりきってやるぜ。




