重要な案件に「寝過ごしました」は通らない
「よ…………っ!?!?!?」
それはいつもと同じ、世界転移のはずだった。次の異世界へと降り立った瞬間、俺の体にとんでもない苦痛が襲いかかってくる。
「とうちゃー……エド? エド!?」
「ぐっ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
体中の内臓全てがギュッと握りつぶされたような感覚。為す術なく倒れ込んだ体は地面の冷たさを感じることもなく、頭の中には焼けた鉄杭を差し込まれてグリグリとかき混ぜられているようだ。
「エド! エド! 何で!? どうして!? 回復薬……いやでも怪我じゃないし、どうしたら……エド! しっかりして! エド!」
耳元で叫ぶティアの声が、ドンドン遠くなっていく。揺れる視界は体が揺すられているからか、それとも意識そのものが揺れているからか、その判別すらつかない。
「わ、るい……ティア…………」
必死にそれだけ言葉を絞り出すと、俺の意識は暗闇へと沈んでいき……
「んあ?」
「エドっ!」
目覚めた時、そこは見慣れた天幕のなかだった。すぐ側では翡翠の瞳に涙を一杯に溜めたティアがおり、俺の意識が戻ったことに気づいて勢いよく抱きついて……こようとして寸前で動きを止める。
「大丈夫? 何処か痛かったり、苦しかったりする? その……触っても、平気?」
「ああ」
不安げな表情で問うティアに、俺は笑顔で両手をあげる。すると今度こそティアが、寝ている俺の首に抱きついてきた。
「エド! よかった、よかった…………っ! 私どうしていいかわからなくて、町に運んでもいいのか、それとも人目に触れさせない方がいいのかすら判断がつかなくて……だから私、ずっとここでエドを……っ!」
「悪いな、心配かけた」
声を震わせるティアを、俺は優しく抱きしめ返す。その判断は正解だ。今の俺の体を下手に他人に任せるのは怖い。俺がどうにかされるというよりは、訳の分からない存在として扱われると色々面倒という意味でだが。
「それはいいけど……でも、いきなりどうしたの?」
「うーん……わからん!」
「えぇ……?」
断言する俺に、すぐ側にあるティアの顔に困惑が浮かぶ。気持ちとしては俺も同じだが、わからないものはわからないのだ。
「多分、何かこう……あれだ。世界移動の際に元々通るはずじゃなかったもんが通ったから、不具合が起きたとか?」
「えっと……エドの体が変わっちゃったから、そうなったってこと? ならこれからも世界を移動する度に同じようになるの?」
「どうだろうな? この一回で大丈夫になるのかも知れねーし、あるいは毎回かも知れねーし……」
「それは……嫌」
俺の胸に顔を埋めたティアが、ギュッと服を掴んでくる。
「私の我が儘だってわかってるけど、毎回エドがあんなになるなんて……嫌よ。どうしようもないことなのかも知れないけど……でも、嫌。諦めることも我慢することもできるけど、嫌だって気持ちだけは、きっと一生変わらないわ」
「そっか……ありがとな」
俺はそんなティアの頭をそっと撫でる。俺としても毎回こんな目に遭うのは勘弁願いたいわけだが……駄目だな、どうすりゃいいのか見当もつかん。いや、そもそも何で苦しんだのかが判明してないんだから、わかるはずもないんだが。
「ま、とりあえずはこの世界でしばらく過ごすんだ。その間にでも考えれば……っ!? おい、ティア! 今はいつだ!? 俺はどのくらい意識がなかった!?」
「三日よ」
「三日!? それじゃ……うっ……」
「まだ無理しちゃ駄目よ! それにもう……」
「……そう、だな」
三日も経ってしまっていれば、おそらくもう間に合わない。この世界の事は事前に説明してあるので、ティアもそれを理解しているんだろう。
となれば、今更急いでも状況は変わらない。そのまま俺はもう一日だけ休み、そしてこの世界……第〇五八世界に降りたってから、四日目。改めて町に行くと、そこには危惧していた光景が広がっていた。
「やっぱり、もう決まってるか……」
さりげなく物陰から見れば、そこにはこの世界の勇者である二三歳の青年がおり、その側にはパーティメンバーと思われる屈強な男や、神経質そうな男、そして平凡ながらもやる気に満ちた顔立ちで大荷物を背負う男がついている。それは予想通りの光景で、だからこそ俺は苦い表情になる。
「あー、これどうすっかな……」
この世界の勇者はアレクシスのように世界的に勇者と認められている存在で、世界の脅威となっている魔王に立ち向かう有名人だ。
しかし、そのパーティメンバーは未だ完全に固定されているというわけではない。なので個々の事情で抜ける者もいるし、そうなれば補充メンバーを募集することがある。それこそが勇者パーティに入ることのできる唯一の機会だったんだが……
「まあ、三日もあったら代わりの人が入っちゃうわよね。私達がエドの代わりの荷物持ちを募集した時だって、最初はあっという間だったもの」
俺の隣で同じように勇者パーティを見たティアが、苦笑しながらそう言う。少し前まで、勇者と共に旅をしていたのは、双子の格闘家姉妹だった。だが勇者のおかげで故郷を脅かしていた魔獣が退治されたことにより、彼女たちはパーティを離脱。そしてその代わりの人員を勇者が募集したのが三日前…………つまり俺がこの世界に来た次の日だ。
一周目の時、俺はそこで何とか勇者パーティに潜り込むことができた。そして勿論今回もそうするつもりだったんだが……
(ぬぅ、何故こんなことに……ひょっとして「偶然という必然」の効果がなくなった?)
魔王の力の残滓たる追放スキルではなく、俺という存在に紐付けされた唯一の神の力。もしそれが体と共に失われているというのなら、この結果は納得できるが……
(だとしたら、これから先は大分厳しいな)
運命を都合よくねじ曲げるような「偶然という必然」の力があればこそ、今まで俺は容易く勇者の仲間になることができていた。ならばもしそれがなければ、見ず知らずの他人をいきなり仲間にしてくれる奴が果たしてどれだけいるだろうか?
「ま、そこは要検証ってところか。まずは目先の問題をどうにかしねーとなぁ」
「どうするのエド? 普通に近づいて、仲間にしてくださいって頼んでみる?」
「いやぁ、それは……無理だと思うぞ」
世界の希望である勇者パーティは、多くの人々の憧れであると同時に、権力者にとっても魅力的な立場だ。だがだからこそ、基本的に勇者が募集した時以外にはパーティメンバーが入れ替わることはない。そうしていないと腕自慢が次々と勇者の前にやってきて、延々アピールし続けるという馬鹿みたいな状況が成り立ってしまうからだ。
似たような状況である第〇〇一世界にてそんな馬鹿なことをして俺が受け入れられたのは、アレクシスが荷運びを欲しがっていると知っていた……つまり募集をかける前に先行してアピールしたからである。この世界の勇者は三日前にそれをしたばかりなのだから、今更俺が出て行っても「絶好の機会を逃した間抜けが、常識を無視して売り込みをかけている」という最悪の印象しか与えないだろう。
「ならどうするの? まさかこのまま、見失わない程度に後をつけながら半年過ごす……なんてことはないわよね?」
「それは本当に最後の手段だな。何とかちゃんと仲間に……都合よく欠員が出てくれりゃいいんだが、それを期待するのは何か違うしなぁ」
俺の代わりに入ったであろう荷運びの男はともかく、戦士と魔法師の方は少なくとも俺がこの世界を「追放」されるまでは勇者パーティにいたことを確認している。無論追い出す手段は幾らでもあるが、勇者の仲間を廃してその隙間に自分が入り込むなんて、それこそ魔王の所業…………ん?
「……そうか、そう言う手もあり、か?」
「何か思いついたの?」
問うてくるティアに、俺はニヤリと笑って答える。
「ああ。よく聞けティア。俺は……大魔王になる!」
「…………えぇ?」
堂々とそう宣言する俺に、ティアがヘンニョリとその耳を垂れ下がらせた。




