誰かの尻に敷かれるのは、それを受け入れる余裕があるからだ
「ドーベン!」
「来たか、エド」
明けて翌日。殴り合って騒ぎ合うことですっかり打ち解けた俺は、ドーベンとの待ち合わせの場所にやってきていた。というのもドーベンを脅す材料となる存在……即ちここに応援に来ているドーベンの家族を紹介してもらうためである。
「悪い、待たせたか?」
「いや、俺もさっき来たところだ。で、そっちが……」
「顔は見たけど、話をするのは初めてだから、初めましてでいいのかしら? 私はティアよ、宜しくね」
「そうか。俺はドーベンだ」
俺の隣で挨拶するティアに、ドーベンは若干適当に挨拶をする。ティアが一〇〇年以上を生きる精霊魔法の達人であることを知らないドーベンからすると、俺より年下の無力な女の子にしか見えないのだからその扱いもやむなしなのだが……
「もーっ! またお兄ちゃんはそうやって適当な挨拶をして!」
ドーベンの背後から、奴とは似ても似つかない真っ白な猫っぽい少女がそう声をあげる。その気の強そうな顔と声の持ち主に、ドーベンが俺にでもわかるくらいしかめっ面になった。
「何だよミミル。俺の何が悪いってんだよ」
「何もかもよ! そんなだからお兄ちゃんは友達も恋人もできないんでしょ!」
「うぐっ!? そ、そんなことねぇ! 俺はただ、弱っちい奴とつるむ気はねぇってだけで――」
「はいはい、言い訳しないの。まったく……お兄ちゃんがごめんなさい。私はこの乱暴者の兄の妹で、ミミルです。どうぞよろしくお願いします」
言いよどむドーベンをサックリと切って捨てると、ミミルと名乗った少女がスカートの端をちょこんと摘まんで一礼する。貴族の礼ってほどじゃないが、なかなかに堂に入った仕草だ。
「これはご丁寧に。俺はドーベンの友人でエド。で、こっちはティアだ」
「ルナリーティアよ。ティアでいいわ。宜しくね」
「はい。エドさんとティアちゃんですね」
「……待って。何でエドがさんづけで、私がちゃんなの?」
「え? だって、エドさんの方が年上ですよね? というか、エドさんがお兄さんでティアちゃんが妹さんなのでは?」
「違うわよ! 私はエドのお姉ちゃんなの! なんてったってひゃく……むぐっ!?」
「ハッハッハッハッハ! そうなんだ。俺は二〇歳でティアは二一歳だから、ほんの少しだけだけどティアの方が年上なんだよ。なあティア?」
咄嗟にティアの口を塞いだ後、俺はミミル達に見えない角度でティアの顔を覗き込んで「わかってるよな?」と目力で訴える。するとティアがあからさまに不満げに唇を突き出しつつも小さく頷いたため、俺はゆっくりとその手を外していく。
「……そうよ。とにかく私がお姉さんなの!」
「そうなんですか。すみません、毛無し……じゃない、人間の方の年齢は微妙に分かりづらくて。もうちょっとしわしわになってくれるとわかるんですけど」
「それは仕方ないですよ。俺達もケモニアンの方々の年齢は分かりづらいですしね」
「ちなみに、ミミルちゃんって何歳なの?」
「私ですか? 一四歳です。ちなみにお兄ちゃんは二一歳です」
「そうなの!? 成人前なのに随分としっかりしてるのねぇ」
「それはまあ、お兄ちゃんがこんなですから」
感心したように言うティアに、ミミルが苦笑しながら言う。なおその横ではドーベンが「誰がこんなだよ!」と抗議の声をあげているが、それが聞き入れられることはない。
うんうん、わかるぞドーベン。こういう時には俺達の発言権は無いんだ。黙ってやり過ごすのが一番賢明だぞ?
「応援はミミルちゃん一人? 道中危なくなかった?」
「大丈夫です。お父さんもお母さんもお仕事があって来られませんでしたけど、村までお兄ちゃんが迎えに来てくれたので」
「へー、そうなんだ。何よ、いいお兄さんじゃない」
「はい! ぶっきらぼうで誤解されやすいですけど、お兄ちゃんは本当はとっても優しいんですよ!」
「ふふふ、そうなんだ」
「ヘイヘイ、どうなんだ? 優しいお兄ちゃん?」
「チッ! うるせぇよ」
ティアとミミルが楽しげに話し込む横で俺が肘でツンツンしてやると、ドーベンがそう言って顔を逸らす。一見すると不機嫌そうだが、その口元がだらしなく緩んでいることを俺の鋭い観察眼は見逃さない。
「そう照れるなよ。家族ってのはいいもんだ……大事にしろよ」
「あたりめーだ。俺が生きてる限り、魔王だろうが何だろうが妹には指一本触れさせねーよ」
何気ない、だが覚悟の籠もったドーベンの言葉が俺の胸に染みこんでいく。ああ、それは間違いないんだろう。だからお前はあれほど焦がれた勇者の肩書きを投げ捨ててでも妹を守り……そして死ぬまで戦ったんだ。その決意を、俺は絶対に忘れない。
その後、俺達は一緒に食事を済ませてから別れた。笑顔で手を振るミミルと、相変わらず不機嫌そうな……だが実は楽しそうなドーベンを見送ると、俺とティアは揃って宿に戻り、俺の部屋で向かい合う。
「これで良かったの?」
「ああ。守るべき対象は見たから、この町にいる限りミミルを見失うことはない。それにティアと顔を繋げたから、いざって時は多少強引にでも守れるはずだ。
ただ、選考会が始まったらミミルに接触するのは基本禁止な」
「私が一緒にいると、敵の動きが変わっちゃうかも知れないから……よね?」
歯がゆそうな顔で言うティアに、俺は深く頷いてみせる。ティアが一緒にいた場合、ミミルが誘拐されるかどうかがわからなくなる。もし首謀者がそれを難しいと判断してしまった場合、別の手段をとられるといきなり対処が難しくなってしまう。
「できれば怖い思いをさせたくないんだけど……」
「それは俺がどのタイミングで首謀者の尻尾を掴めるかにかかってるな。早めにわかれば事を起こす前に対処もできるけど、その場合『何もしてない相手』をどうやって諫めればいいかって話になるからなぁ」
「うぅ……今私の中に、少しだけゴンゾの言葉が流れてきてるわ……」
「駄目だぞティア。その誘惑は絶対に負けたら駄目なやつだ」
俺の脳内でも、ゴンゾのオッサンがムキムキポーズを決めながら「ガッハッハ! 怪しい奴などとりあえず殴ってから考えればいいではないか!」と主張しているが、それは駄目だ。あの世界でならアレクシスの威光でそれでもどうにかなる可能性が高かったが、何のコネもないこの世界で同じ事をやったら普通に牢獄にご招待されてしまう。
「事件が起こるってわかってるのに、実際に事件が起こるまで何もできないなんて……」
「仕方ねーさ。確かに俺達はこれから先のことを知ってるけど、別に神様とかじゃねーんだ。できることをできるだけ頑張る。やれることはそれだけだ」
「そうだけど! わかってるけど……私にはまだ、そこまで割り切れないかも」
ションボリと耳を垂れ下がらせるティアの頭を、俺はそっと撫でる。
「いいさ。ティアはそれでいい。そのままの気持ちを俺にぶつけてくれりゃ、俺だって『本当にこれでいいのか?』って確認し続けられるからな。
俺とティアは違う。違うからこそ一緒にいる。二人で頑張って、ワッフルもドーベンも、それにミミルだって笑顔でいられる未来にしてやろーぜ」
「エド……うん、そうね。頑張りましょう!」
元気を取り戻したティアの頭をポンポンと叩くと、俺は部屋の窓から外を見る。
さあ、ここからは時間との闘いだ。悟られること無く待ち続け、決定的な瞬間を見逃さないようにする、狩人の時間。何処のどいつがこんな面倒な事をさせてくれてるのか知らねーが……逃げられると思うなよ?




