未知の進化や成長が、必ずしもいい結果になるとは限らない
「とうちゃーく! ただいま私、お帰りエド!」
今回も無事に「白い世界」に降り立つと、隣でティアが元気よくそう声を出す。どうやら前回の家設定が気に入っているようだ。
「ほら、エドも!」
「ははは、わかったよ。お帰りティア」
「ただーいま! フフッ」
楽しげに笑うティアの姿に、俺の方も楽しくなる。ぬぅ、またも家パワーの凄さを思い知らされてしまった……ちょっと本気で家が欲しくなっている自分がいる。
買うか? いや買えるけど、買ってどうするんだ? 「彷徨い人の宝物庫」なら持ち運べるだろうけど、それはもう家っていうか、単にでかい天幕じゃないか?
「家……深いな……」
そんな事を考えながら、俺はいつも通りに体の調子を確かめていく。特に今回は念入りに……んん?
「どうしたのエド?」
「いや、何かいつもと感じが違うような……何だ?」
手や足を動かしてみても、別に調子の悪いところはない。何の違和感もない、ごく普通の俺の体で……待て、違和感がない?
「あれ? そう言えばエド、いつもの革鎧はどうしたの?」
「へ!? あっ……あー、ひょっとしてそういうことか!?」
俺がずっと身に付けていた革鎧は、雑傭兵時代に調達した……という設定になっているものだけに、はっきり言って大した品ではない。なので服と違って鎧には予備なんて用意しておらず、体と一緒にはじけ飛んでそのままだったわけだが、その鎧を、今俺は身につけていない。
異世界から戻ってきた直後なのに体に違和感がなく、かつ失った装備が戻っていない。これはつまり……
「俺の体の再生成がされてない?」
「え? どういうこと?」
「いや、ほら。俺達ってここに戻る度に、初めてここに来た時の状態に戻されてただろ? でも今の俺はそうじゃないらしい。ただ、こいつは……」
元に戻らなくなったのは、おそらく俺が「一つ上」の存在となり、その体が神の用意した器じゃなくなったからだろう。神の頸木から一つ解き放たれたと言えば聞こえはいいが……それによって生じる不利益は、ちょっと見過ごせないものだ。
体が元に戻らないということは、怪我をした状態でこっちに戻ってきたらそのままということだ。そうなると「終わる血霧の契約書」のような自滅を前提とした追放スキルは勿論使えないし、強烈な毒や治しづらい病気なんかも今後は大きな脅威になる。
なにせ、治らないのだ。鍛えた体を維持できるというメリットに対し、どんな負傷も体調不良も、この世界に戻りさえすれば完全に回復……というか回帰するというとんでもない効果を失ってしまうのは、ちょっと看過できないほどの莫大な損失と言えるだろう。
そしてそれすらも、思いついたもう一つの不利益に比べればカスみたいなもんだ。それは……
「悪い、ティア……俺はもう、そう長くはティアと冒険できないかも知れん」
体が元に戻らないということは、つまり普通に年を取るということだ。今の俺はまだ二〇歳だが、勇者パーティとして世界を駆け巡り魔王を倒す旅ともなれば、どんなに頑張っても四〇歳までが限界だろう。
つまり、あと二〇年。全ての世界を最短の半年で巡ったとしても、一〇〇の異世界の半分すら攻略できないことになる。最終的には何処かの世界に腰を落ち着け、そこで死を待つことになるのだと思うが……そんな旅の結末は、これまで想像だってしていなかったことだ。
むぅ、これは今までとは一線を画す、計画的な人生設計が必要か? でも今の俺じゃ次の世界がわかるだけだから、複数世界を跨ぐような長期的な人生設計はどうにも……
「えっ、どういうこと!?」
真剣に考え込む俺に、ティアもまた眉をひそめて詰め寄ってくる。ならばこそ俺は無理に笑顔を作ってみせたが、口元が軽く引きつっているのは否めない。
「どうもさ、これからは俺は普通に歳をとるっぽいんだよ。だから普通に冒険できるのは一五年か二〇年くらいで、四、五〇年もあれば死んじまう……と思う」
「えぇ……? えっと、それは……ごめんなさい。普通すぎてどう反応すればいいのかわからないわ」
「……あー、まあそうだよな」
困惑するティアに、言った俺も微妙な表情になる。確かに二〇歳の若者に「俺の人生はあと五〇年くらいしかない」と嘆かれたら、俺だって同じような反応をするだろう。
そうか、そうだな。これは俺の感覚がぶっ壊れてただけで、よく考えたら普通だよな。
「悪い、何か俺も混乱してるらしい」
「いいけど、もうちょっとちゃんと教えて? 突然どうしちゃったの?」
「うむ、それはだな……」
問うティアに、俺は自分の体が巻き戻らなくなったこと、それによって考えられる不利益なんかを丁寧に説明していく。それをティアは真剣に聞いてくれて……そして最後に軽く首を傾げながら問うてくる。
「なるほど、大体わかったけど……一ついい? そういう風になったのって、エドの体が『一つ上』の存在になったからなのよね?」
「ああ、そうだ。多分だけどな」
「で、その『一つ上』っていうのは、今まで異世界で出会った沢山の魔王の人より上ってことでいいのよね?」
「あー……そう、だな?」
魔王ハイドが目指していた存在であり、勇者と神と魔王の力を統合して昇華した存在なのだから、普通に考えればただの魔王よりは上だろう。力の総量はともかく、単純な立ち位置としては元の俺……終焉の魔王エンドロールよりも上だと思われる。上だから強くて下だから弱いなんて単純な話じゃねーしな。
「でも、魔王の人達って、寿命とかそういうのなかったわよね? なのにエドは普通に歳を取るの?」
「……………………へ?」
「だってそうでしょ? 何百年も生きてる魔王って今まで何人もいたけど、誰も老衰で弱ったりしてなかったじゃない。なのにそれより凄い存在になったエドが、普通にお爺ちゃんになるのかなって……違う?」
「……………………」
ピコンと耳を揺らして言うティアに、俺はこれ以上ない間抜け顔であんぐりと口を開けてしまう。
あー、そう、か。歳を取ることと、それで衰えて死ぬことは別の話、か。言われてみれば……うん、そうだな。
「……すまん、本当に悪い。何か俺、歳は取るけど死なないっぽいな」
「フフッ、ならよかったじゃない。でもそうすると、私の方がエドより先に死んじゃうことになるのかしら? あーあ、エルフの私が人間のエドに見送られるなんて、昔は考えたこともなかったのに……」
「っ……それ、は…………」
思わず動いた俺の手を、俺は自分で引っ込める。ティアの方が先に死ぬ。そんなことはわかりきっていることで、今までだって何度も何度も想像し、想定し、その未来を生きる覚悟をしてきたはずなのに……本人の口からそう言われると、決意も覚悟もあっさりと揺らいでしまう。
そしてそんな俺の手を、ティアが自分の手で優しく包み込んでくれる。まるで宝物のように抱きしめられた手は、泣きたくなるほど温かい。
「ねえエド。確かに私は、ずっと一緒には生きられないと思うわ。エドは凄い魔王様だけど、私はただのエルフだもの。
でも、ずっと一緒にいることはできる。エドが私を忘れなければ、私はずっとここにいる。だからそんな顔しないで、今を楽しみましょう? ずっとずっと遠い日に、いつかその時が来るまで」
「……ああ、そうだな」
微笑むティアに、果たして俺は自然な笑顔を返せただろうか? 正直なところ自信はないが、これが今の俺の精一杯だ。
(ははは……何だよ、「一つ上」なんて偉そうなことを言ったって、所詮はこんなもん、だよなぁ)
遙かに人を超えた存在となったはずの俺は、ただの人よりずっと情けない苦笑を浮かべることしかできなかった。




