始まりが打算だろうと、続いていけば絆になる
今回もややグロテスクな表現がありますので、ご注意ください。
「よっ……と。まあこんなとこか」
三つの要素を揃え、「一つ上」の存在になった俺だが、今なら何でもできそうな全能感の下に最初に行ったのは、服を着ることであった。いや、だって……なあ? 全裸はないだろ、全裸は。
「ってか、こうして見ると別に体つきが変わったりはしてねーんだな?」
取りだした予備の服は、特にきつかったりぶかぶかになっていたりすることもなく、普通に着ることができた。他にも手や足が増えたり羽や角が生えたりすることもなく、俺の体は吹き飛んだ元の体と外見的には何も変わっていないように思える。
「はい、エド。拭いておいたわよ」
「お、ありがとうティア。悪いな」
「いいわよ、あんなドロドロのをそのまま身につけたら、せっかく着替えた服がすぐに血なまぐさくなっちゃうもの」
「あー、うん。マジで悪い。助かったよ」
俺の体が吹き飛んだ際、着ていた服や革鎧なんかはそのまま破れてしまったが、鞄と剣は普通に外れて放り出されていた。とは言えそれは血や肉片と一緒に飛び散ったということなわけで、そのままではあんまりだとティアが精霊魔法で綺麗にしてくれたのである。
感謝と謝罪の両方を込めて俺がそう告げると、ティアは剣と鞄を差し出しながら俺の体を眉根を潜めながら観察してくる。
「そんなことより、体の方は大丈夫なの? 見た感じは何も変わってないみたいだけど……事前にああなるってわかってたわけじゃないのよね?」
「そりゃそうだろ。多分俺が一番ビックリしてるし」
魂を中核として、得た力に見合うように肉体が再構成された。その結果脱皮とか羽化とか、そういう感じに外側にあった元の体が吹き飛んだんだと思われるが……何かもう、絵面が最悪だ。もうちょっとこう、いい感じに進化してもいいんじゃないかと思うんだが……ん?
「うおっ!? 消えてる!?」
「あ、本当ね。元エドの体が消えていってる」
そんな事を話している間にも、地面にビチャリと広がっていた俺の血肉がキラキラとした光の粒子になって消えていく。これは一体……?
「あー、そういうことなのね。ほら、前にエドがバーンに殺されちゃったことがあったでしょ? あの時もこんな感じで、エドの体が消えちゃったのよ」
「へー。流石は神謹製の肉体ってところなのか? おお、鞄に染みてる血とかも消えてるし、こりゃ便利……どうした魔王?」
と、そんなとを話していると、ふと魔王が俺達の方をもの凄い困惑顔で見つめているのに気づいた。そして俺が気づいたことに気づいた魔王が、モゴモゴと数度口を開いては閉じるのを繰り返してから改めて話しかけてくる。
「……いや、凄まじい光景だったのに、お前達が平然と会話しているのが、な。流石は本体とその相棒とでも言うべきだろうか?」
「ま、俺もティアもそれなりに場数を踏んでるからな」
「場数の問題なのか……?」
「細かいことはいいんだよ。そんなことより……これならいけそうだぜ?」
俺はニヤリと笑みを浮かべると、改めて腰に佩いた「夜明けの剣」を引き抜く。両手でまっすぐに構えて「一つ上」の力を軽く込めれば、刀身の表面を薄く輝く膜が覆っていき、まるで最初からそうであったかのように、剣に真なる夜明けが宿る。
「すぅぅ……ふぅぅ…………」
静かに呼吸をしながら、世界を丸く切り抜くように突き立てた何千何万という剣……「半人前の贋作師」で生み出した俺の力の断片に意識を向ける。すると俺の脳裏に、まるで「旅の足跡」を使ったときのようにこの世界の全てが見えてくる。
「いいぜ。役者は全員、準備万端。なら纏めてお披露目といくか」
輝く剣を右手で水平に構え、ゆっくりと円を描くように切っ先を動かしていく。すると俺と外周の剣を繋ぐように薄黒い光の膜が張っていき、世界が少しずつ暁暗に包まれていく。
「すごーい! なにこれー!?」
「さわってもなにもないー?」
「でもあるー? ふしぎふしぎー!」
「綺麗……フフッ、まるで夜空のドレスを纏ってるみたいね」
俺の胸の高さほどに広がるその膜は、物理的に干渉できるようなものではない。楽しげに妖精達が上下に移動してすり抜けてもたわんだり穴が空いたりもしなければ、ティアがクルリと回っても体に巻き付いたりはしない。
だが、確かにそこに在る。俺が一回転を終えると、残された世界の全てが膜の下に沈み……これで舞台は整った。
「さあ、夜明けの時間だ。開け! 『終焉世界の向こう側』!」
地面に剣を突き立てて高らかに叫べば、薄黒い膜の東側から、まるで日の出のように徐々に光が広がっていく。そうして最後の夜明けが世界を満たした時、俺の体にとてつもない力が流れ込んできた。
「ぐっ!? うっ……」
「エド!?」
「大丈夫だ! それより気をつけろ、始まるぞ!」
手を伸ばしてきたティアを声で制し、同時に警告を投げつける。世界に残された全ての力が俺に集まってきているということは、即ちこの世界が急速に終わっていっているということだ。
「空が……っ!?」
「これが……本当の世界の終わり、なのか……」
まるで硝子が割れるように、空にヒビが入って欠けていく。大地は激しく振動し、俺が剣を刺した場所の外側の世界が一気に虚無へと堕ちていった。無論内側とて無事なわけがなく、できの悪い焼き菓子みたいに凄い勢いでボロボロと大地が失われていくのが俺にはわかる。
「ここが勝負だ。気合い入れろ俺!」
残された時間は、もうほとんど無い。最後の大勝負に出るため、俺は再び両手持ちした剣を正面で構え、意識を集中していく。
「……うそ、地面が崩れて……違う、なくなってる!? しかもドンドンこっちに迫って……エド!」
「大丈夫だ! すぅぅ…………てぇぇぇぇぇぇぇい!!!」
振り上げた剣に集めた力の全てを込めて、何もない空間へと振り下ろす。そうして世界を込めた一刀は眼前の空間を切り裂き、ガラガラと崩れた隙間の向こうにはここと同じ……だがここよりもずっと光と命に溢れた世界の景色が広がっていた。
「よし、通った! 今すぐこの隙間を抜けて、向こう側に行け!」
「新しいあそびばー!」
「いけいけー!」
「れっつごー!」
俺の言葉に、妖精達が一斉にその隙間に突っ込んでいく。となれば後はティアと魔王だが……
「おいティア! どうした!?」
「魔王さんが……」
振り向いた俺の目の前では、膝を突いたまま動けない魔王をティアが必死に支えようとしていた。だがティアの腕力では魔王の巨体を支えるのは無理らしく、どうやっても立ち上がらせることができないようだ。
「俺はいい、置いていけ」
「そんなわけにいかないでしょ! 妖精達だって貴方のこと大好きなのよ!?」
「……それは違う。妖精達が好きなのは俺の出す『甘いもの』だ。そして俺にはもう、甘いものは出せない……エドに力のほとんどを渡してしまったからな」
「そんなこと――」
「だから、いいんだ。妖精達を頼む」
「嫌よ! エド、どうにかならないの!?」
「――悪い、俺は今動けない」
泣きそうなティアの懇願に、しかし俺は応えられない。今ここで俺が動いてしまったら、バランスが崩れたこの世界は一気に崩壊してしまうだろう。歯噛みする俺の前で……しかしその時、奇跡は起きた。
「マオー、おさぼりー?」
「マオー、いこう?」
「うぅぅ、マオー、おもいー!」
穴の向こう……新天地へと飛び去ったはずの妖精達が戻ってきて、魔王の体を持ち上げ始めたのだ。一人一人の力は小さくても、それが何十何百となれば、魔王の体が少しずつ持ち上がっていく。
「馬鹿な!? 何故戻ってきた!? 俺はもう、お前達に甘いものを出してやることはできないんだぞ!?」
「だからなにー?」
「マオーは、おともだちだよー?」
「マオー、遊んでくれるよー?」
「お前達……っ」
「ほら、感動するのは後にしろ! 急げ急げ! マジで急げ!」
大地は既にその大半が崩落し、残っているのはこの魔王広場とでも言うべき場所だけ。こっちの世界に残された時間は、多分もう三〇秒もない。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ! 動け! 動け俺の足! 明日死んでもいい! だから今だけは動けぇ!」
「明日死んじゃったら駄目に決まってるでしょ! よいしょぉぉぉぉぉぉ!」
「うーん! うーん!」
「がんばれー! けっぱれー!」
「おもいー! くさいー! でもつれてくのー!」
ズリズリと引きずられるように、魔王の体が亀裂へと移動していく。見ているしかない俺がやきもきするなか、それでもギリギリで魔王の体が亀裂の向こう側にドサリと投げ入れられた。
「いいわよ、エド!」
「よっしゃ!」
ティアの呼び声に、俺も慌てて亀裂を超える。その二秒後には俺が立っていた大地も失われ、向こうの世界が完全に崩壊したようだが……最後の仕上げがまだ残っている。
「これで締めだ! 刻め、『此処より先に何も無し』!」
縦に裂けた世界の亀裂に、終わりの力を込めた剣を横薙ぎに振るう。するとギィンという不協和音が響き渡り……二つの世界を繋げていた傷跡が綺麗さっぱり消えてなくなった。
「ハァ……ハァ…………」
「……エド?」
「……ああ。やったぜ」
伺うような声をかけてきたティアに、俺は笑顔でそう答えながら「夜明けの剣」を鞘へと収める。ああ、今ならば言える。ちょっとした格好つけが、ようやくにして本物になった。
「万象一切、断てぬ物無し!」
何処までも高く澄み渡る空の下、俺は命輝く太陽に向けて大声でそう叫んだ。




