あえて確かめない勇気も、時には必要だと思う
最後の方にややグロテスクな表現がありますので、ご注意ください。
終わりかけているこんな世界でも、時間というのは平等に流れていく。そしてそんな時の流れこそが、終わりというのをより強く実感させてくる。
最初に気づいた異変は、妖精達が持ってくる食材がある日を境に激減したことだ。その理由を聞いてみると、どうやら採取したキノコだの果物だのが、いつの頃からか全く生えてこなくなったのだという。
その理由はすぐにわかった。魔王がこの森に張っている結界はあくまでも「現状維持」であり……つまり、失われてしまったものがもう一度生まれるための力すら、この世界にはもう残されていないのだ。
確かに木々は緑の葉をつけ、草地には花が咲いている。だが落ちた葉は二度と生えてこず、蕾は永遠に開かない。ここは正常な営みの残された最後の楽園ではなく、既に終わってしまった世界の、それでも最後の瞬間を限界まで引き延ばしているだけの場所に過ぎないのだと、その時強く実感した。
この世界に来て、三ヶ月。俺とティアの用意する食事は、手持ちの保存食ばかりになった。今ある環境をできるだけ傷つけないように、ちょっとした行動にも気を配り始める。
四ヶ月。妖精達は相変わらず遊び回っているが、当初のように俺やティアに大量に近寄ってきたりはしなくなった。余所者としての目新しさが消えたので、その他大勢の一人になったということだろう。
唯一魔王だけは変わらぬ人気者だったが、そもそもの年期の違いは勿論、手から甘いものを出すという唯一無二の力は、この環境では何より強い。その魅力で勇者と神の妖精を上手いこと引きつけ、日々指導に熱を入れているようだ。
そして五ヶ月経ち、六ヶ月経ち……予定の時を少し過ぎて七ヶ月と少し後。俺達は遂に全ての準備を終え、最後の儀式に挑むこととなった。
「いよいよだな……」
「そうね」
俺とティアは、いつも魔王がいたあの草地にいる。俺達がこの世界に降り立った場所とどっちにするか悩んだのだが、多少世界の壁が薄い位置より、妖精達と世界を繋ぐ縁の強い場所の方が結果として成功率が高そうな気がしたからだ。
「エド、準備はいいのか?」
そしてそんな俺達の前には、両肩に黄金と白金に輝く妖精を乗せた魔王の姿がある。更に周囲には全ての妖精達が集まり、適当に空を飛んだり追いかけっこをしたりして遊んでいる。事前説明はしてあるはずなんだが、それでもやはり妖精には「大人しく待つ」というのは無理らしい。まあそれでもここに集まれただけ上等だ。
「おう、バッチリだ! つっても本当の準備はこれからだけどな。そっちこそどうなんだ? 一応上手くいったって聞いたけど」
「ああ、おそらくな。ただし何かこう……体からニュルリと出せるようになったというだけで、そこに勇者や神の力を込めたものを出せるかまではわからん。できれば実験したかったが、下手に出して失われてしまったら、それこそ取り返しがつかんからな」
「そりゃそうだ。ま、どっちにしろここから先は全部ぶっつけ本番なんだから、気にすんなって。なら、早速やろうぜ?」
「うむ。では……」
頷いた魔王が、何故か俺に背を向ける。そうして視界の届かぬ向こう側にまずは金色の妖精が肩から降りると、何やらウンウンと唸り始めた。
「うーん、うーん…………」
「がんばれー!」
「きばれー!」
「ひねりだせー!」
「……なあ、魔王? 何か嫌な予感っていうか、スゲー嫌なイメージが浮かんでくるんだが」
「気にするな。よし、そこだ! もっと腹に力を入れろ!」
「うーん、うーん…………」
「ふんばれー!」
「いきれー!」
「だしつくせー!」
「うーん、うーん…………ふぅぅ」
「全部出せたか? 偉いぞ……よしエド、これを喰え」
「えぇ……?」
振り向いた魔王が差し出してきたのは、小皿にのった黄金に輝くナニカだった。受け取って指ですくってみると、テロリと柔らかいそれはほのかに温かい。
「だ、大丈夫よエド! 私はどんな時でもエドの味方だから!」
「なら何でちょっとだけ離れるんですかね? まあ喰うけどさ……」
これがどんな過程で妖精から出てきたのかは未来永劫追求しない方向でいくとして、俺は指についたそれを意を決して口にする。すると……
「……え、嘘だろ? 美味いぞ!?」
「エド……」
「そんな顔するなよティア! マジで美味いんだって! あー、ほら、キャナルのところで食った、マヨ……何だっけ? あれの酸味を強くして、味に深みを持たせたような」
「へー。妖精のう……あれって、そんな味なの?」
「そういうこと言うなよ! てか、妖精はそういうのしねーから! 勇者物質を体の一部からひねり出しただけだから!」
微妙な顔つきのティアに抗議の声をあげつつ、俺は大さじ一杯分くらいあったそれを綺麗に舐め尽くした。すると体の奥底から、以前にも感じたことのある勇者の力が湧き上がってくるのがわかる。
「おぉぉ……」
「どうだ、エド?」
「大丈夫、成功だ。ただあんまり長続きはしねーと思う」
「そうか、わかった。ならば次もすぐに用意しよう」
滅びかけた世界が、無害な魔王へのカウンターとして、脆弱な妖精に宿らせた「勇者の力」だけあって、単純な力の量としては相当に少ない。そんな俺の言葉に、魔王は喜びつつもすぐに背を向け、神の力の方を準備し始める。
「頼むぞ」
「ささ、げ、よ…………ふんっ」
「がんばれー!」
「ブリュッといけー!」
「ねえ、エド……」
「言うな! 俺は何も聞いてない! 聞いてないからな!」
再び盛り上がる妖精達の声援から耳を塞ぎ、俺は静かにできあがりを待つ。すると程なくして、今度は白く輝くナニカが乗った小皿が差し出された。
「さあ、エド。喰え!」
「喰うともさ! どれどれ……いたっ!?」
ちょっとやけくそ気味に指ですくってみると、指先にビリッと痺れる痛みが走った。これはあれだ。神の欠片を俺の中に閉じ込めていた時に感じた痛みと同じだ。
「なるほど、そうくるか……んぐぅっ!?!?!?」
とはいえ、我慢できないほどではない。ビリビリ痺れる指をそのままに口の中に入れると、舌先に感じたのは猛烈な辛みだ。冷たいはずなのに火傷しそうなほどに熱く、辛いというか痛い。思わず吐き出しそうになってしまったが、俺はそれを無理矢理飲み込んでいく。
「ぐっ……うぐっ…………ぐふぅぅぅ…………」
「エド、平気!? 背中さすりましょうか?」
「いや、いい……もうちょっと……あとひとすくい…………」
量的には同じなのに、遙かに苦労しながら俺はそれを食べ尽くす。すると今度は全身に痺れるような痛みが広がっていき、しかもそれは勇者の力に反応してか、徐々に強くなっていく。
「チッ、こいつはちょいときついな……だが後は、魔王の力を……」
「うむ。エド、これを」
最後は魔王がその手に生み出した茶色いネチョネチョを、俺は鷲づかみにしてドンドン口にしていく。何の味もしないそれはある意味一番喰いづらいが、もうそんなことを言っている余裕はない。
ちなみに、俺の中の魔王の力ではなくこの世界の魔王の力を取り込んでいるのは、そっちの方が力同士の親和性が高いと思ったからだ。いつもと違って喰って力を回収しているのも、その一環である。その行為にどれほどの意味があるのかはわからねーが、こういうのは気持ちの問題だからな。
「ぐぅぅ……あと少し……」
「むがむがむがっ!」
俺が喰えば喰うほどに、魔王の力が急速に弱まっていくのを感じる。森を守っていた結界は既に消えてなくなっており、留められていた崩壊がじわりとこちらに近づいて、それを感じた本能が「今すぐ逃げろ!」と訴えかけてくる。
だが、逃げるわけにはいかない。俺は終焉の魔王エンドロール! この世界の終わりの時を決めるのは、この俺の意思なのだ!
「これで……最後だっ!」
「ぐぉぉ……んぐっ! よし、食い切った!」
元々緑だった顔色をどす黒く変化させた魔王が、荒い息を吐きながらその場に崩れ落ちる。だが同時に俺の中には全ての力が揃い、暴れていた神と勇者の力が魔王の力によって抑え込まれていく。
それは三すくみの調和。互いが互いを増幅し、同時に押さえ込むことで、体の中で灼熱がグルグルと回り続ける。脆弱な人の肉体はその力に耐えきれないのか、体中の幾つもの箇所からビュービューと血が噴き出し、激しい頭痛は脳が物理的に沸騰しているのだと伝えてくる。
ああ、これは死ぬ。「終わる血霧の契約書」を使ったことのある俺は、この状態に覚えがある。あれよりもずっと激しいこの反応じゃ、一〇分どころか一〇秒も持たずに死ぬだろうが……
「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」
雄叫びと共に、まるで古着を脱ぎ捨てるかのように自分の体がバシャンとはじけ飛んだ。故に古き俺は死に、だがその血と肉の雨の内側には、新たな俺の肉体がある。
「フッ、ハッハッハ! 成功だ! 俺は『一つ上』の存在になった! どうだティア、これなら――」
「エド? あのね、凄く心配したし、言いたいことは沢山あるんだけど……」
「ん? 何だ?」
「その……まずは服を着た方がいいと思うわよ?」
「…………お、おぅ」
ティアが軽く顔を背けながら差し出してきた布きれを、俺はとりあえず腰に巻いた。




