必要だとわかっていても、一人で単純作業を続けるのは結構辛い
「よし、今日も無事、世界の果てに到着だ」
この世界を犠牲に、新たな世界へと妖精達を移住させる。その方針が固まったことで、俺は俺で動き始めていた。その一環として、俺は今現在の世界の果てまでやってきている。
といっても、本当の「世界の果て」ではない。魔王が守っている「生きている世界」と、「既に終わっている世界」の境界付近という意味だが。
「妖精の集落から、直線距離で二キロか三キロか……っと、うおっ!?」
手を突いた木が、突如バリバリと音を立ててあっさりと折れる。どうやら結界の外の木は、見た目こそそのままでも中身は枯れ果てて相当に脆いらしい。ならばと注意深く進めば、そこから更に一〇メートルほどで木や草などの植物そのものが急速にまばらになっていき、その先に広がっているのは一面の荒野だ。
「何回見ても、本当に何もねーな……」
魔王が勇者妖精と神妖精につきっきりで力の使い方を教えている……飽きっぽい妖精相手に相当苦労しているようだ……こともあり、ティアはそれ以外の全ての妖精の相手をすることを余儀なくされている。
まあティア本人はそれを苦痛だと思ったりはしておらず、むしろ積極的に精霊魔法を使って様々な遊びを考案しているようだ。精霊の力が恐ろしく弱くなっていることも、遊び目的であれば逆に好都合らしい。
そしてそんな風に、ここにティアを連れてこられない理由があるのは僥倖だ。黒騎士の世界でも荒寥とした景色は散々見せられたが、あの時はまだ希望があった。だが完全に終わってしまった世界の景色は、終焉の魔王である俺の目にすらあまりにも寂しい。
「……俺、魔王は向いてねーなぁ」
本来なら俺自身が作り出すであろう光景を前に、興奮とか使命感とか、そういうものは一切湧いてこない。やらなきゃ死ぬとかならやるだろうが、逆に言えばよほど致命的な不利益でも被らないなら、この光景を生み出したいとは未来永劫思わないだろう。
それとも、俺が本来の魔王の力を取り戻していけば、平然とこんな光景を生み出したり、あまつさえそこに満足や快感を感じたりするようになるんだろうか? だとしたらそんなものは……いや、これは今考えても意味がねーな。
「さて、それじゃ今日もサクサクやっていきますか。昨日のは……っと、あそこか」
俺は少し戻って結界の内側……見えるわけじゃないので、近くの木をペシペシ叩いて、幹がしっかりしたものが生えている辺り……に入ると、「半人前の贋作師」で生み出した「夜明けの剣」を、刃が東側を向くようにして地面に突き刺す。
そしてそれを、昨日刺した剣の場所を起点に、大体一メートルに一本くらいの間隔で延々と続けていく。無論結界は円形なので、時々周囲の木をチェックして、絶対にはみ出ないように……然りとてあまり結界の内側になりすぎないように注意しながらだ。
「ふぅ…………」
その地味で地道な単純作業は、俺自身が世界の範囲を正確に認識するためのものだ。
今の俺には、この世界を丸ごと終わらせるほどの力はない。本来ならば徐々に終わらせていくことで俺の力を高めていくことができるが、この世界の大半にはもう何の力も残っていない。
つまり、これをやらずに「世界全て」を終わらせるのは、中身のない卵の殻を全力で握りつぶすようなものだ。足りない力を振り絞ってようやく潰せたとしても、得られる力は何もない……収支は真っ赤っかであり、必要な力を得るどころか莫大な力を無駄に浪費した結果、俺達に待っているのは世界と一緒に終わっていく未来だけだろう。
なので、力が残っている部分だけを正確に「世界」と認識し、そこだけを終わらせたうえで得られた力の全てを世界の壁を破るのに回すために、こうして目印となる剣を地面に突き刺し続けているわけである。
「あー、あとどのくらいだろうな……?」
この作業を始めて、もう二週間くらい経っている気がする。が、「旅の足跡」を参照するとまだ半分も終わっていない。というのも「半人前の贋作師」で出した剣は見た目だけそっくりでも強度がないので、ちょっと強く地面に突き刺すと、割とあっさり折れてしまうからだ。
「あっ……チッ、やっちまった」
と、そんな事を考えていたせいか、手元が狂って偽の「夜明けの剣」が見た目からはあり得ないペキリという軽い音を立てて、刀身の半ばからへし折れてしまう。
元々地面というのはそれなりに固いうえに小石なんかも混じってるから、本物の剣でも迂闊に突き立てたりすると刃先が欠けたりするわけなので、手を離しても倒れないほど深く刺すとなれば、俺の腕があってもそれなりに集中しなければならないのだ。
「いっそ穴を掘ってから刺して、埋める……いや、そっちの方が手間か。なら、もう一本……よっ」
溶けるように消えてしまった剣を見送ってから、俺は新たに出現させた剣を、今度は折ることなく刀身の半ばまで地面に突き刺す。そこから二歩ほど歩いたら、また剣を出して地面に刺す。五本刺したら「旅の足跡」を調べ、かつ周囲の木の状態も手で触ってチェックして、ちゃんと結界の内側にいることを確認して…………
「あー……………………」
単純作業は、体力よりも気力が失われていく。一メートルじゃなく二メートルおきでもいいんじゃないか? それなら作業量が半分だぞ? と甘い囁きが何処からか聞こえる気がしたが、それを気力で振り払う。
ここでの手抜きはあり得ない。何なら今の倍の密度で刺したっていいくらいだが、俺もこれだけをやっていればいいわけじゃないし、かといってこの作業は俺にしかできない。
「無心だ。無心で続けるのだ……」
自分に言い聞かせるように、一本一本確実に剣を刺していく。昼になれば干し肉を囓り、また剣を刺していけば、いつの間にやら空が赤く染まり始める。
「……こんな世界でも、空だけは綺麗なんだよなぁ」
阻むものが何もない、赤く燃えるような空。終わった世界の夕焼けというのなら血のようにどす黒くなるのかとも思っていたのだが、風が止まっているせいか雲一つないそれは、吸い込まれそうなほどに何処までも深く続いている。
「……さて、今日はこのくらいにして帰るか」
俺しかいない場所でわざわざ声にしてそう呟くと、俺は森の中心、妖精達の集落の方へと歩いて行く。すると一時間もしないうちに周囲に俺以外の気配が戻ってきたのは、知らず歩みが早くなっていたからだろう。
「あ、でっかいヨソモノだー!」
「でっかいヨソモノ、おかえりー?」
「でっかいヨソモノ、かえってきたー?」
「おう、ただいま」
初日はあれほど鬱陶しいと思った妖精達の歓迎が、今の俺には心に染みる。今日はどんな遊びをしたのかを楽しげに語る妖精達を連れて歩くと、向かう先にいたのは何やら料理をしているティアだ。
「お帰りなさいエド! 今美味しいものを作ってるから、ちょっと待っててね」
「おう、ただいまティア。へへっ、そいつぁ楽しみだな」
「でっかいヨソモノ、これもいれるー?」
「でっかいヨソモノ、これもおすすめー!」
「はいはい、じゃあ全部入れちゃいましょう! ……変な泡が出てるけど、平気よね?」
「おい、ティア?」
「はーい、じゃあこれで完成! さ、エド。どうぞ!」
「……………………」
笑顔のティアが、小さなボウルに何かを煮込んだ具だくさんスープ? らしきものを差し出してくる。が、それは受け取った俺の手の中でぽこりと泡を出現させ、あと微妙に刺激臭のある湯気が立ち上っている。
「あー……ティアさん? これ味見とか……」
「何言ってるのよエド! 私がエドを差し置いて先に食べるわけないじゃない!」
「あ、はい。そうっすか……じゃあ、まあ……」
この森に残っているもので、食えないものはない……はずだ。俺は意を決して泡立つスープを口にすると……あれ?
「……普通に美味いぞ?」
「いえーい!」
驚く俺を見て、ティアが開いた手に妖精達が小さな手をパチパチと打ち付けていく。どうやら何らかの企みに嵌められたらしい。
「でっかいヨソモノ、おどろいたー?」
「でっかいヨソモノ、こわかったー?」
「でっかいヨソモノ、おいしいー?」
「フフッ、どうエド? 味を維持したままどれだけ怪しい見た目にできるか、妖精達と一緒にすっごく頑張って追求したんだから!」
「えぇ……? まあ、うん。スゲー怪しいし、結構美味いよ?」
「でしょー? あ、さっきはああいったけど、勿論ちゃんと味見はしてるわよ? さ、それじゃ私も……」
同じボウルにスープをよそうと、ティアが俺の隣に座って食べ始める。そのご機嫌な表情を見れば、大成功に終わった悪戯を怒る気になどなれはしない。
「ったく。今度は俺がティアをビックリさせてやるからな?」
「あらそう? ならそれを楽しみにしてるわね!」
「お? お前達、こんなところに……っ!?」
「あら、魔王さんじゃない! 魔王さんも食べる?」
「…………それは人間が食べても平気なものなのか?」
「勿論! はい、どーぞ!」
「むぅ……………………!? 何故だ? 普通に食える……!?」
「当たり前でしょ! 面白い料理を作ることはあっても、食材を無駄にしたりはしないわよ!」
「流石はティア先生、尊いですなぁ……で、魔王。そっちの進捗はどうだ?」
「何と面妖な……まあいいか。俺の方だが――」
小さな鍋を囲み、俺達は笑いながら同じものを食べる。そうして残された時を慈しむように、俺達はつかの間穏やかな時間を満喫するのだった。




