やってもできないことはあるが、やらなければ絶対にできない
明けて翌日。すっかり夜更かししてしまった俺とティアはあくびをしながら簡単な朝食を済ませると、今回も俺一人で魔王のところへとやってきていた。
なお、ティアを残したのは俺と魔王が真剣な話し合いをしてしまうと、妖精達の遊び相手が誰もいなくなってしまうからだ。結果がどうなるにせよ、妖精達がこの世界で過ごせる時間は限られている。ならば少しでも楽しい思い出を……とティアが気にしてくれた結果だ。
「む、来たかエド……随分と眠そうだな?」
「ははは、色々と考えたからな……で、俺とティアで話し合った結果を持ってきたから、お前の意見も聞きたい。今いいか?」
「勿論だ。お前達、すまないな。これをやるから、遊ぶのはまた後にしてくれ」
「わーい、甘いものー!」
「マオー、ありがとー!」
「あ、向こうでティアが派手な魔法を使ってグルグルっつーかビュンビュンっつーか、とにかくスゲーことしてるから、行ってみるといいんじゃねーか?」
「なにそれ、たのしそー!」
「なにそれ、すごそー!」
魔王から甘いものを受け取った妖精が、そのままティアのいる方へと飛び去っていく。そうして二人きりになったところで、俺は魔王に改めて話を切り出した。
「で、だ。結論から言うと、この世界はどうやっても救えない。だがここにいる妖精達だけなら、助けられる……かも知れない」
「本当かっ!?」
「おぉぅ、そんな興奮すんなよ」
「す、すまん……」
恐ろしげなオーク顔を思いっきり近づけられて、俺は思わず身をのけぞらせる。今更怖いとは思わないが、やはりこう、圧が凄い。
「それで、妖精達を救えるというのは本当なのか?」
「あくまでも可能性だ。まあまずは聞いてくれ」
そう言って、俺は昨日ティアと話し合った内容を魔王にも伝えていく。すると魔王の表情はドンドン険しさを増していき、子供どころか大人でも遠目で見るだけで泣いて逃げ出しそうないかめしい顔つきをして唸り始める。
「むぅ……それはまた…………」
「無理だと思うか?」
「正直、わからん。俺の理解できる領分を大幅に超えていて、どんな判断も下せん。それでもあえて言うなら……酔っ払いの戯れ言か、夢見がちな子供の妄言の方がいくらかマシ、だろうか」
「ハッハッハ! そいつぁいい。確かにそうだ。だからまあ、何もしないで終わりを待つって選択肢もあるぜ? それなら一〇年くらいは保つんだろ?」
明日世界が滅ぶなら、何も考えず飛びつくだろう。逆に一〇〇年保つのなら、こんな危ない橋を急いで渡ったりはしないかも知れない。では一〇年という時に魔王がどんな判断を下すか……数十秒ほどの沈黙の後、その答えが魔王の口から出る。
「……いや、やろう」
「いいのか? 酔っ払いの戯れ言なんだろ?」
「だが、その戯れ言を真実に変える機会は、今しかない。俺は欲張りでな。甘いものが我慢できなかったように……俺が死んだ後に妖精達が不幸になることも我慢できんのだ」
「なら……」
「ああ、協力しよう。俺の全てを……力も命も、その全てをお前に預ける。まあ元からお前のものなのだろうが」
「そんな無粋な発言は聞こえねーなぁ? 俺は俺で、お前はお前だ。だからよろしく頼むぜ、相棒?」
「フッ、任せろ」
俺の出した手を、魔王がガッチリと掴む。これにて今後の方針は決まったが、目の前にそびえ立つ問題の山は未だ何一つ解決されていない。
「んじゃ、やる方向で行くってことで……最初に問題になるのは、勇者と神の力をどうやって俺に取り込むか、だな。一応前例はあるんだが……」
「どうやったのだ?」
「あー……力を持ってる奴を殺して奪うか、死んだのを引き継ぐか、だな」
「それは……やむを得ない犠牲、なのかも知れないが……」
「だからそんな顔すんなって。そうしないようにするにはどうするかってのを話してーんだよ」
どうにか全員助けましょうと考えた計画の最初が「とりあえず必要な二人を殺します」じゃあまりにも情けない。だがそれ以外の方法で力を移す手段を、少なくとも俺は知らない。
「確認するぞ。勇者の力は世界の意思だ。外界からの脅威が存在するときに世界が勇者を生み出し、力を持つ勇者が死ぬと他の奴にその力が移る。つまり基本的には死なない限りその力が他者に移ることはない。
で、神の欠片の方は……多分神にとって都合のいい奴に入り込むんだと思うが、詳細はわからん。誰かに入り込んでない場合は普通に倒せば取り込めると思うが、今回みたいに既に誰かに宿ってる場合は、宿主が死ぬ以外で体から離れる条件がわからない。つまり……」
「どっちも殺すしかないということか……」
「まあ、そうだ。例外的に魔王に宿ってるなら、その力を俺が取り込めば一緒に吸収できると思うけど、手順が一つ増えるだけだしな」
俺が殺して直接取り込むか、魔王が殺して奪い取った力を俺が吸収するか。どっちにしろ力を宿した妖精を殺すことが同じなら、その二つに違いなどない。
「つーわけだから、何とかして妖精の体から力だけ抽出する方法を探りたい。で、それには多分お前の力が参考になると思うんだよ」
「俺の力? 何故だ?」
「いやだって、お前手から『甘いもの』を出してるだろ? つまり自分の力を他者に分け与える形で具現化できるってことだ。それと同じ事を妖精達にやらせることができたら、勇者の力や神の力を酸っぱいものや辛いものなんかにして具現化し、それを食った俺が取り込めると思わねーか?」
このアイディアは、ティアとの話し合いで生まれたものだ。この手の妙な……ゲフン、柔軟な発想力は、流石ティアだと賞賛したい。しかし話を聞いた魔王は、困惑気味に首を傾げる。
「思うかと言われても……無茶を言うなとしか思えんが……」
「ハッ! その程度の無茶一つ通せねーで、世界間移住なんてできるわけねーだろ!
ぶっちゃけ、俺やティアからすればここはただ通り過ぎるだけの世界だ。だからこそお前が、誰より妖精達を助けたいであろうお前自身が頑張らなきゃ駄目なんだよ。
意地みせろ魔王! お前の手で妖精達を救ったって、胸を張れるようにな」
「……実に厳しい言葉だ。だがその厳しさこそ、今の俺には心地いい。いいだろう、何とかしてみせる」
「よっし、任せた! なら世界を終わらせてその力を……って方は、俺がどうにかする。決行はそっちの進行具合にもよるが、一応五ヶ月後を予定してる」
「五ヶ月? ああ、エド達がこの世界を『追放』される条件を満たすから、か?」
「そうだな。悪いがそれは譲れない。もし万が一の時は、お前達全員を見捨ててでも俺はティアを助ける方を選ぶ。これに異論があるって言うなら、俺は一切動く気はない」
もしもこの世に平等があるのなら、それは比べる対象が無価値である場合だけだ。価値あるものにはすべからく優先順位があり、俺にとってのティアは未来永劫その最上位にある。それは誰を、何を対象にしたとしても絶対に譲れない。
「異論などあるはずもない。俺の大事なものを助けるために危険を承知で手を貸してくれる相手に、俺達を最優先しろなんて言うほど厚顔無恥じゃないからな」
「ならよかった。で、それもあるけど、そもそもこの世界は滅びる寸前なわけだから、時間が経てば経つほど世界の内包してる力が減っていくはずだろ? ダラダラ引き延ばした結果、最後の最後で『力が足りない!』ってなるのは嫌だから、俺の妥協できる最速で期限を切ったってわけだ。
まあそれ以前に俺の方だって仕込みもなしじゃ何もできねーし、お前だって妖精に力の具現化を教える時間が必要だろうしな」
「そうだな。わかった、では五ヶ月後を目指して動くことにする」
「おう! お互い精一杯頑張ろうぜ!」
顔を見合わせ頷き合うと、俺はその場を後にした。さあ、ここからは時間との勝負。約束されたバッドエンドを覆すため、俺は改めて踏み出す一歩に力を込めた。




