殴るだけじゃ駄目だ。殴り合うことに意味がある
「やあ、そこにいるのはドーベン君じゃないか!」
翌日。町で偶然であった……ように見せかけて、俺はドーベンに声をかける。ちなみに今は単独行動だ。この段階では俺単独の方が都合がいいからな。
「誰だテメェ? この俺に随分と気安いじゃねーか」
「ありゃ? もう忘れちゃったのか? 昨日ワッフルと一緒にいただろ?」
「あー? あー、そういや近くに毛無しがいたな。そうか、テメーだったのか。で? その毛無しが俺に何の用だ?」
俺よりも頭一つ分ほど背の高いドーベンが、凄みを効かせた顔で俺を睨んでくる。自分よりもずっと大きな体つきのケモニアンに凄まれるなんて、並の人間なら小便チビって「な、な、な、なんでもないですぅ!」なんて言いながら逃げ去りそうだが、俺からすれば大したことじゃない。
「せっかく会ったんだし、一緒に飯でも食わねーか? 酒の一杯くらいは奢るから、肉をいっぱい奢ってくれ」
「俺の払いの方が高いじゃねーか! 行くわけねーだろ、さっさと消えろ」
「まあまあ、そんな事言うなよー。仲良くしようぜー?」
シッシッと虫を追い払うように手を振るドーベンに、しかし俺はウザいくらいに食い下がる。するとドーベンは苛立ちを隠すこと無く俺の手をガッシリと掴んでくる。
「テメェ、何調子にのってんだ? 俺がワッフルを認めたからって、テメェまで認めたわけじゃねーんだぜ?」
「ほーら、硬い! そこが硬いよドーベンくーん! みんな勇者候補なんだから、もっと仲良くした方がいいって!」
「ケッ! 馴れ合うつもりなんざねーし、そもそもテメェは違うだろうが! いい加減にしねーと……っ!?」
俺の手を砕かんばかりに、ドーベンが握りしめてくる。だが俺の手はびくともせず、そのことにドーベンが驚愕の表情を浮かべる。
「テメェ!?」
「おやおや、どうしたんだいドーベン君? 花を摘むような優しい手つきだけど、ひょっとしてダンスのお誘いかな?」
「……いいぜ、その喧嘩買ってやる。付いてこいや」
とぼけた顔で笑う俺に、ドーベンがそう言って歩き始める。当然その後を付いていくと、人気の無い広場のような場所に辿り着いた。おそらくは選考会の参加者に割り当てられている訓練場の一つだろう。
「ここなら邪魔されねぇし、止める奴もいねぇ。ま、この町で調子に乗った毛無しをボコボコにしたって文句を言う奴なんていねーがな」
「そりゃ怖い! じゃ、やられる前にやっちまおうかな!」
剣は抜かない。俺は一足飛びにドーベンの懐に入り込み、拳を突き出す。だがドーベンはそれをしなやかな体裁きでかわすと、俺の脳天に肘を落としてきた。
「オラァ!」
「ひゅー、怖ぇ! 流石は勇者候補だな」
「うるせぇ! 今度はこっちから行くぞ!」
ドーベンは人と同じ長い指を持つタイプで、俺と同じく剣士だ。訓練場というだけあって側の壁には何本か剣も立てかけてあったが、ドーベンもまたそれを手にすること無く、俺に向かって飛びかかってくる。
「ぐっおっ!? クッソ速ぇな!?」
「まだまだぁ!」
体格の違いこそ二回り程度だが、体重で言うならおそらく俺とドーベンは倍違う。単なる体当たりでも喰らえば口から昨日のディナーを噴射しちまうだろうし、鋭い爪のある抜き手は俺の体に容易く穴を開け、強大な脚力から繰り出される蹴りは骨をへし折り内臓をぐちゃぐちゃにしてくれることだろう。
だが、それもこれもまともに食らえばの話。俺は暴風のようなドーベンの攻撃を紙一重で回避し続け、同時に幾度となく殴りつけていく。
「グッ!? クソッ、テメェみたいななよっちい拳が、どうしてこんなに痛い!?」
「フッ、そんなの鍛えてるからに決まってるだろーがぁ!」
嘘だ。俺の身体能力じゃ、普通なら殴った俺の手の方がイカれる。追放スキル「円環反響」で衝撃をそのままドーベンの体に打ち込んでいるからこそ効いているだけに過ぎない。
が、まるっきり嘘というわけでもない。ただ勝つだけなら「不落の城壁」を使えば棒立ちだってやられねーが、そっちはさっきの握手の時だけで、今は切っている。
つまり、こっちはいかさま込みで何十発も殴らなきゃ駄目なのに、向こうの攻撃は一発でも食らったら終わりという綱渡りを繰り広げているわけで、それを可能にしているのは間違いなく俺が鍛え上げてきた技術があるからだ。
「おらおら、どうした勇者様? もうおねんねか?」
「ふざけろ! この俺がテメェみたいな毛無しにやられるわけねーだろうがぁ!」
それでもあえて、俺は不利を背負って戦う。今俺が必要としているのは、ドーベンに俺の強さを認めてもらうこと。だから――
「げはっ!?」
ドーベンの放った横薙ぎの手刀が、俺の脇腹に命中する。メキッという嫌な音に合わせて体中に悪寒が走り、すぐに耐えきれなくなった俺の腹が中身を全部地面にぶちまけ終えると、同時に急速に意識が暗転していく。
覚悟は、してたが……こいつはキツイな……………………
「……………………はっ!?」
「よぉ、目が覚めたか?」
意識が戻った俺に、横から声がかけられる。地面に横たえられていた上半身を起こしてみれば、俺の横では同じく地面に座り込んだドーベンが上半身の汗を拭っていた。
「チッ、負けちまったか……いてて……」
「おい、あんまり無理すんなよ? 回復薬は使っといたが、毛無しは貧弱だからな」
「そいつはどーも。ハァ、楽しかったな」
「楽しかっただぁ? へっ、毛無しにしちゃなかなか根性があるじゃねーか。おいお前、名前は?」
「俺か? エドだ」
「そうか。エド……俺はドーベンだ」
「ああ、知ってるぜ。で、ドーベン。俺の腹はすっかりカラッポになっちまったんだが、一緒に飯を食いに行かねーか?」
「ハァ!?」
今し方殴り合ったばかりの相手を、怪我をして吐き出したばかりの奴が飯に誘う。そのあまりの展開にドーベンは素っ頓狂な声をあげ……そして楽しげに笑う。
「ワッハッハッハッハ! お前、面白ぇ奴だな! いいぜ、行ってやる。俺の奢りだ、好きなだけ食え!」
「いいのか? そんな事言ったらお高い肉を食っちまうぜ?」
「好きにしろ。その代わり俺が飲む酒は約束通りお前の奢りだぜ? 何がいいかな……老猿酒の五〇年ものがあるって聞いたことがあるが……」
「ちょっ!? ふっざけんな! それ豪邸が建つやつじゃねーか!」
「あぁん? 男のくせに一度言ったことをひっくり返すつもりか?」
「限度ってもんがあんだろーが!」
「仕方ねぇな。なら大通りの適当な店で手を打ってやるよ」
苦笑しながら立ち上がったドーベンが、俺に手を差し出してくる。それをガッチリ掴んで立ち上がれば、それ以上の言葉はいらない。
「んじゃ、行くか! つっても、男二人で飯は味気ねーよなぁ。綺麗な姉ちゃんのいる店にするか? 白くてふわっふわの毛並みの娘がいる店を最近見つけたんだが……」
「え、それ俺はどうすれば?」
「知らん。適当に撫でときゃいいんじゃねーか? お前等毛無しはそういうの好きなんだろ? わかってんだよ」
「えぇぇ……?」
圧倒的な力で叩きのめすなど無粋の極み。使うスキルを厳選して絞り込み、全力で戦っていい具合に負けられるように調整する。
痛みを恐れず敗北に臆さず、それを成し遂げたからこそ俺はドーベンと並んで歩けるようになった。これでとりあえず目的達成ではあるが……
「尻尾がな、いいんだよ! フサフサなのもいいんだが、細長い尻尾にクルッと巻き付かれると、これがまたたまんねーんだよ!」
「はぁ……」
俺には一切理解できない性癖を延々と語られる事に対してだけは、流石に曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。




