わかり合うとはわからせることではなく、認め合うことである
「凄い襲……じゃない、歓迎だったわね」
「ああ、凄まじかったな……」
妖精の集落へと辿り着いた俺達は、予想通りの熱烈な大歓迎を受けた。
勿論、くるのがわかっているのだから、無策で突っ込んだわけではない。ティアは風の精霊魔法で髪をなびかせることで結ばれるのを防ぐという攻めの防御を行い、俺もまた「不落の城壁」で鉄壁の防御を見せつけたのだが……
「うぅ、もじゃもじゃ……あれ、まだいるの!?」
「取れたー! わーい、またねー!」
なびく髪は妖精達の心を捉え、結んで悪戯するのではなく、自分達が体ごと入って遊ぶことを選ばせた。結果ティアの髪には無数の妖精が絡まることとなり、全てを取り除くのに大変な労力を必要とした。
そして俺はと言えば……
「あー、くそっ! まだ残ってるじゃねーか……」
最初こそ何をしても動じない俺の様子に、妖精達は楽しそうに体当たりを繰り返していた。だがティアの風の結界と違って弾くわけでもない俺の「不落の城壁」は、言ってしまえば壁や地面に体当たりするのと同じだ。すぐに大半の妖精は飽きて立ち去ってしまったのだが、問題はその「大半」に含まれなかった妖精だ。
「何で俺の髪の中に、そんなに木の実を入れたいんだよ……」
さっきもそうだったが、どうもそういうのが大好きな妖精というのがいるらしい。茶色い木の実を一抱えにした妖精が、俺の髪にそれを押し当てては中に入れられないことに不満を覚え、俺に直接抗議してきたのだ。
まあ、あれだ。怒ったり文句を言ってくるのはどうにでもなったんだが、小さな目を潤ませて見つめられると……うん、あれは卑怯だわ。そんなのもう解除するしかないじゃん?
ということで、俺の髪の中には今回もかなりの数の木の実が埋め込まれているらしい。あとせっかく道すがらに綺麗にした鞄の中も、再びべっちゃりした何かが詰め込まれている。マジでこれ何なんだ? 一周目に来た時には、こんなの見なかったと思うんだが……?
「ふぅ……じゃ、ある程度整え終わったら、改めて集落の中を見て回るか」
「わかったわ……あ、まだいる!?」
「見つかったー! キャハハ!」
「こーら! もうっ、悪戯ばっかりするんだから」
「ははは、随分気に入られたなぁ」
楽しそうに怒るという器用なことをするティアが落ち着くのを待ってから、俺達は改めて集落の中を歩き回った。さっきの歓迎で満足したのか、流石にもう襲撃を受けることはない。
「へー、妖精の集落ってこうなってるのね。随分独特って言うか……」
「まあ、ぶっちゃけ巣だよな」
「こらエド! そういうことは思ってても言っちゃ駄目なのよ?」
「イテッ」
ティアのデコピンが俺の額に炸裂し、まだ残っていたらしい木の実がポロリと頭から一粒こぼれる。
当たり前だが、別に妖精を馬鹿にしてるわけじゃない。彼らの住まうこの場所の見た目とか印象が、俺達の価値観からすると「巣」としか表現できないようなものだからだ。
妖精達が住んでいるのは、森の木にくっつけられた蜂の巣のようなもののなかだ。五、六〇センチほどの茶色く丸い巣というか家というかが木一本につき一つから三つくらいまでくっついていて、そこに妖精達が出入りしている感じである。
そこに文明の匂いは感じない。少なくとも外側から見ている限りでは、でかい羽虫がそこかしこに巣を作っているという風にしか見えないのは、誰に聞いても間違いないことだろう。
そんなところに出入りして飛び回っているのが、大きさこそ違えどほぼ完全な人型……ただし背中には羽が四枚生えているし、性別はないらしく、胸や股間はツルツルだが……なのだから、そのちぐはぐさから来る違和感はかなりのものだ。見るのは二度目である俺ですら、少々の困惑は隠しきれないくらいだからな。
「でもこれ、見た目はみんな同じじゃない? どうやって区別してるのかしら?」
「ああ、そういうのはないはずだぜ」
「ない? ないって、どういうこと?」
「だから、『自分の家』って概念がないんだよ。そもそも妖精って個人の名前すらないからな」
「ええっ!? 嘘でしょ!?」
何気なく口にした俺の言葉に、ティアが大きな声をあげて驚く。するとそれに反応した妖精達が、二人ほど俺達の側に寄ってきた。
「でっかいヨソモノ、大声だしたー!」
「なになに? 何かおもしろいことー?」
「あ、いえ、違うわ。そうじゃなくて……ねえ、貴方達って名前がないって、本当?」
「「なまえー?」」
ティアの問いに、妖精が顔を見合わせ首を傾げる。
「私はヨウセーだよ?」
「私もヨウセーだよ?」
「それは貴方達の種族の名前であって、貴方の名前じゃないでしょう?」
「「?」」
「えーっと……たとえば私は、エルフっていう種族で、ルナリーティアって名前なの。貴方達は妖精って種族だけど……それ以外の自分だけの名前っていうのは、ないの?」
「ないよー?」
「ないねー?」
「それって不便じゃない?」
「「なんでー?」」
「……………………」
無邪気に首を傾げる妖精達に、ティアがどうしていいかわからないといった顔つきになる。その後もいくつか質問をしたものの、妖精達にはどれもピンとこなかったらしく、やがて飽きてしまった妖精が飛び去ったところで、ティアがへんにょりと耳を垂れ下がらせて俺の方に向き直ってきた。
「うぅ、エドー! 何だか私の常識が通じないわ……」
「ははは、まあここは異世界で、妖精は異種族だからな。わかり合うってのは互いの常識を相手に理解させることじゃなくて、お互いが違うってことを認識することだ。
妖精達は名前がなくても困ってねーし、家が蜂の巣みたいなのでも不満に思わない。代わりにジッと話を聞くとかはスゲー嫌がるし、面白そうなものがあったら我慢できずに飛びついちまう。
俺達がそれを不便だって思うことはいいけど、不憫だって蔑む必要はない。だって見てみろよ、こいつらが不幸そうに見えるか?」
俺達の前には、無数の妖精達が飛び交っている。木の枝で地面に絵を描いてる奴、葉っぱに包まって寝てる奴、追いかけっこに負けて捕まえられた奴すら、ムキになってはいても怒ったり悲しんだりはしていない。
妖精の感情は長続きしない。だからこそ恨みも悲しみもすぐに消え、一瞬一瞬を楽しむことに全力を尽くしているのだ。
「……そうね。みんな楽しそう。私はエドに『おい、エルフ!』なんて呼ばれたら悲しくなっちゃうけど、この子達はみんな纏めて『妖精さん』って呼ばれるのが幸せなのね」
「そういうこった。ま、難しく考えることはねーさ。この世界で俺達がやることは、妖精達と遊んでやることだけだからな」
「えっ、そうなの!? 勇者は!?」
「勇者は……ほら、あそこに飛んでる」
俺が指さした先では、金色の羽をはためかせる妖精が暢気に空を舞っている。他の妖精の羽は透き通る羽に青や緑がうっすら乗っている感じなので、これは流石に見間違えようがない。
「勇者って言っても、妖精だからな。魔王と戦うのは普通に無理そうだし、そもそも旅に連れ出したとしても、多分一日もしないうちに飽きてここに戻っちまうと思う」
一周目の時に俺がしたことは、本当にただここで半年暮らしただけだ。当時は魔王を倒すなんて考えてもいなかったから、その存在すら調べていない。
というか、勇者がここから動かないのだから、他の場所に情報を探しにいくことすらできなかった。なので俺はこの世界がどうなってるのか、近くに別の種族……たとえば人間の町があるのかとかすら知らないのだ。
「じゃあ、魔王はどうするの?」
「うーん。それは……」
「でっかいヨソモノ、マオーを捜してるの?」
そんな会話をしていた俺達に、不意に一人の妖精が声をかけてきた。薄く透き通った緑の四枚羽をはためかせる小さな人は、俺とティアの顔の前で楽しげに宙を舞っている。
「ん? そうだけど……ひょっとして知ってるのか?」
「うん、しってるー! マオーなら、あっちにいるよ!」
「……………………は?」
ごく普通に森の奥を指さされ、俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。




