いるはずのない存在
今回まで三人称です。ご注意ください。
正式なパーティ加入の宴会から、過ぎること更に一ヶ月。より一層ドーマ達との親交を深めたハイドは、その日も普通に彼らと仕事を共にしていた。ゴブリンやウルフなどの低級な魔物が跋扈する森……つまり本来のハイドにとっては何の脅威もない場所……をドーマとケインに挟まれて移動する最中、ハイドは周囲の警戒とはまるで別のことに思考を巡らせていく。
(上手い具合に入り込むことはできたが……問題はここからだな)
ドーマにしろケインにしろ、既にハイドを仲間、あるいは友人としてしっかりと受け入れてくれている。となれば後は心を揺らし、その隙間にぬるりと入り込めばいいのだが……その手段は吟味する必要がある。
(二人を支配下に置くのは確定事項として、できればドーマとケインの間に溝を作り、そこを我が取り持つ形にもっていければ最高だったのだがなぁ)
ドーマとケインの不仲を煽る手段は、幾つも思い浮かぶ。一番簡単なのは金と女を問題にすることだ。できればパーティの中核に近い人物を誘惑させ、手持ちの金だけでなくパーティ資金までつぎ込ませるように仕向けるというのは、人を堕として操るのに最も手軽で確実性の高いやり方だ。
が、流石のハイドも特に大きいわけでもない町の、どうでもいい娼婦にまでは影響力が及ばない。金を握らせて仕事として頼むことはできるが、後々の面倒毎が加速度的に増えるのが目に見えている。
これが王都のような場所であればその辺をわきまえた組織を使い、一流娼婦を動かすこともできたのだが、そんな相手をこんなところに呼びつけて、大した稼ぎもない駆け出し冒険者を誘惑させるのは不自然極まりない。作戦としては下の下だろう。
かといって、魔王連中のように絶対に他者に知られたくない秘密を握って脅すような手段もとれない。ごく普通の村生まれの少年に、そんな大層な秘密などそもそも存在しないからだ。「子供の頃に同じ村に住む年上の女性の水浴びを覗いたことがある」などという秘密を命がけで守る馬鹿はいない。
(まあいいさ。弱みなど無ければ作ればいいのだからな……ククク)
「前方、ゴブリンの群れ! 数は……七匹!?」
「ちょっと多いね。どうする? 迂回して他を探す?」
ドーマのあげた報告に、ケインが眉をひそめてハイドに問う。だが信頼と共に決定権を委ねられたハイドは、挑戦的な笑みを浮かべてその首を横に振る。
「いや、行く。今の俺達なら十分に倒せるはずだ……確認だけど、伏兵はいないよね?」
「見た感じじゃな。実はジェネラルとかが率いてる別働隊だって言われたらわかんねーけど」
「はは、そんな大物がいるなら、お目にかかってみたいものだ……よし、行くぞ! ケイン!」
「任せて! 『フリーズアロー』!」
ハイドが「行く」と言ったときから詠唱を始めていたケインの魔法が発動し、二匹のゴブリンの足下を氷漬けにする。それを機にハイドが切り込んで一気に二匹を背中から切り倒すと、フリーだった三匹の攻撃をドーマが盾で順次受け流す。
「グギャギャギャギャ!」
「んな雑な攻撃通さねーよ!」
「いいぞドーマ! ケイン、左を頼む!」
「了解! 空に集いて燃えさかり、我が敵を焼き尽くせ! 『ファイアアロー』!」
「グギャーッ!?」
足の氷を割って復帰したゴブリンに、今度はケインの放った炎の矢が炸裂する。目元を焼かれて悲鳴をあげるゴブリンにハイドの剣がとどめを刺し、剣を振り切って体勢を崩したハイドに打ち下ろされる棍棒を、やはりドーマが盾で受け止め……そうしてわずか五分ほどで、ドーマ達は見事六匹のゴブリンをほぼ無傷で討ち取ることに成功した。
「やったぜ! 大戦果だ!」
「ふぅ……どうにか勝てたね」
「……待て、数が合わないぞ?」
喜ぶドーマとケインをそのままに、ハイドがそう言って周囲を見回す。それにつられてドーマ達も倒れているゴブリンを数えたが、確かに転がっている死体は六匹分しかない。
「逃がしたか?」
「いや、どうやらそのなかのようだ」
ハイドが切っ先を向けたのは、地面に落ちたズタ袋。こんもりと膨らんだそれは中で何かがもぞもぞと動いており、明らかに怪しい。
「フッ、自分が相手を見えない場所に行けば、相手からも自分が見えないと思ったのか? ゴブリンらしい浅知恵だな。ドーマ、とどめを刺してやれ」
「え、俺がやるのか?」
「袋を破って飛び出してくるかも知れないだろう? 自分で動けない場所に入ってくれてるんだから、盾を構えて近づいて、剣で突き刺すだけじゃないか」
「……まあ、そりゃそうだな」
ハイドの言葉に、ドーマが納得して袋に近づいていく。そしてその背に、ハイドの口が不自然なほどに吊り上がる。
(クカカカカカ……ッ!)
声を出さないように嗤いながら、ハイドはその瞬間を待つ。袋の中にいるのは、当然ながら逃げ遅れたゴブリンなどではない。そこには人間の子供の姿を模したハイドの分体がいるのだ。
(さあ殺せ! 罪なき子供をその手にかけて、怨嗟の悲鳴に濡れるがいい!)
何故こんなところに子供がいるのか? どうして袋に入っているのか? 少しでも考える頭を持っていれば、矛盾や疑問は幾らでも思いつくだろう。あるいは偶然が山のように重なって本当に子供を殺してしまったとしても、一人前の冒険者ならば酸っぱい酒を飲んで「なかったこと」として喉の奥に流してしまうのかも知れない。
が、ハイドはドーマ達が未だ「人殺し」を経験していないことを知っている。初めての殺人が、たとえ死んで当然の悪党だろうと未熟な人の心を苛むことを熟知している。
ならば怯えて隠れる子供を刺し殺したドーマの反応はどうなるだろうか? 死を確認するために袋を傾けたなら、ビクビクと痙攣する瀕死の子供が転がり出てきたら? その幼い手が空を切り、ごぽりと血を吐く口から「お母さん」と漏れる言葉を聞いたなら――
(ああ、駄目だ。想像するだけでよだれが止まらない! 早く! 早く! 早く!)
そわそわとして落ち着かないハイドの姿に、後ろで控えるケインは軽く首を傾げる。そんな浮ついた気配はドーマにも伝わっていたが、チラリと振り返ってみても、そこにあるのは張り付いたように真剣な表情を崩さず、剣を構えているハイドの姿のみ。
「……?」
「どうしたんだい、ドーマ? いくら袋の中とはいえ、敵から目を離すのは感心しないよ?」
「お、おぅ。そうだな、悪い……?」
(早く! 早くしろ! いつまで我をじらすんだ! 悪い子め……ククククク)
ハイドの顔は、もう動かない。表情を変えられるような状態にしてしまえば、人とは思えぬ様相まで笑み崩れてしまう。ならばこそ口を動かさず喋ったハイドにドーマは若干の違和感を覚えたが、それをわざわざ追求して問いただしたりしない程度には、両者の間で信頼関係が築かれている。
故にドーマは、その胸に何とも言えない違和感のようなものを抱えつつも、再びもぞもぞと動くズタ袋に意識を向け直す。中から何が飛び出して来てもいいように油断なく盾を構えつつ、剣を握った右腕を引き絞って――
「「ギャアアアアアアアア!?!?!?」」
突如として森に響き渡る、二重の悲鳴。しかしドーマが驚いたのは前と後ろの両方から聞こえたそれではなく、ケインが驚いたのも突然身を震わせ大声をあげたハイドではなく……
「ジンク!?」
「ジンク君!?」
黄金の光を宿した剣で袋を貫く、遠くに旅立ったはずの親友の姿だった。




