影は静かに忍び寄る
今回も三人称です。
「それじゃ、ハイドの正式なパーティ加入を祝って、かんぱーい!」
「「乾杯!」」
出会いからおおよそひと月後。その日の仕事も無事終わり、赤い空の下意気揚々と帰還したドーマ達一行は、ケインの提唱した「お試し期間」を経て無事にパーティの一員となったハイドを祝うため、いつものギルド併設の酒場で手にした木製ジョッキをポコンと打ち合わせた。仕事も順調にこなせるようになってきたため、今日くらいはと中身はちょっと奮発したお高めのワインだ。
「プハーッ! やっぱりいい酒は美味ーな!」
「そうだね。こういうのが飲めるようになったのも、ハイド君のおかげかなぁ」
「はは、よしてくれよ。俺達みんなで協力した結果だろう?」
「おうよ! 俺達ならこのくらい余裕だよな!」
謙遜を口にするハイドに、ドーマが肩を組んで言う。別に一口で酔ったわけではなく、単純に上機嫌なだけだ。
「なんつーか、スゲーやりやすい? こう、来て欲しいところに来てくれるって感じでさ」
「だよね! 流石は先輩だなって、僕いつも思ってるんだ」
「おいおい、ケインまでそんなこと言うのか? ははは、照れちゃうな」
二人からの手放しの賞賛に、ハイドは笑みを零しながら酒を呷る。短期間でここまで良好な関係を築けている理由の一つは、ハイドがちょうどいい強さだからだ。
もしハイドがエドのように強かったならば、ドーマ達は気後れしてパーティを組まなかっただろう。逆にどうしようもなく弱かったならば、やはり一緒に仕事をしたりしなかったのも当然だ。
だが、ハイドは一年先輩として確かな実力を持っていても、決して一人で全てを決めてしまうほどの強さではない。ドーマが受け止めケインが牽制し、ここぞというところでハイドが決める。「まるでジンクの上位互換のような」立ち回りがあればこそ、ドーマ達はハイドを受け入れ、また自分の働きに納得して笑えるのだ。
「この調子だと、ジンクが帰ってくる頃には俺達も一流冒険者になってるかもなぁ」
「だね。そしたらジンク君、どんな顔をするだろう? フフッ、いつもは僕が驚かされる側だったから、ちょっと楽しみ」
「ジンク、か…………二人は本当にそいつのことが好きなんだな」
「ばっ!? 好きとかじゃねーよ! ただあいつは幼なじみだから、ちょっと気にしてるってだけで……」
「相変わらずドーマ君は素直じゃないなぁ。村にいる頃からいつもジンク君のことライバル視してたの、みんな知ってるよ?」
「はぁ!? ちげーし! 全然そんなんじゃねーし!」
「ははは、本当に君達は仲がいいなぁ……でもそのジンクって奴、本当に帰ってくるのかい?」
「…………どういう意味だよ?」
ハイドの問いに、和やかだった場の空気が急速に冷え込んでいく。だが睨むようなドーマの視線に、ハイドは物怖じすることなく肩をすくめて答える。
「別に変な意味じゃないさ。だって、ジンクはとんでもない剣の達人に才能を見込まれて、世界中を巡る旅に出たんだろ? そこで大成してしまったら、こんな田舎には戻ってこないんじゃないかなって思ったのさ。
王都に豪邸を構えてそこを拠点にするとか、あるいは貴族のお抱え、何処かの国の将軍になるなんてのも、冒険者が夢見る成功の一つだろう?」
その当たり前の指摘に、冷えていた空気が元に戻った。ひょいと肉団子を摘まんで口に放り込みながら、ドーマが天井を……その向こうに親友の姿を思い浮かべて言う。
「ああ、そりゃ確かに。貴族のお抱えとかはともかく、でかい依頼がこなせるように活動拠点を移すってのは、確かにあるかもなぁ。でもそれはジンクが戻ってきてからの話で、そもそも戻ってこねーってのは絶対にねーよ」
「何故だい?」
「いやだって、ジンクが俺達に強くなったのを自慢しにこねーわけねーじゃん! あいつ絶対ドヤ顔で必殺技とか見せてくるんだぜ!?」
「うん、それは絶対やるね。多分日に三回くらい見せてくると思う」
「そ、そうなのか……でもそうだとして、それはパーティに戻ってくるって意味とは違っちゃうだろう? 実力に大きな差ができてしまえば、一緒に活動するのは難しいと思うんだけど……」
「んー? その場合は多分、ジンクの奴が俺達を鍛えようとしてくるんじゃねーかな? ま、リーダーはジンクなんだし、どうしてもってなりゃもっと人数を増やして二パーティに分けるとか?」
「ふふ、ジンク君に『上で待ってるぜ?』とか言われたら、ドーマ君はムキになって腕立てとかしそうだよね。ていうか今の段階でもジンク君が戻ってきたら、前衛三人に後衛が僕一人じゃバランス悪いよ。できればもう一人くらい後衛が欲しいな」
「後衛か……ならやっぱり回復魔法が使える奴がいいな。一人いるだけで安定感が全然違うって聞くし」
「それは僕も思うけど、回復魔法の使い手は人数が少ないうえに大人気だから、難しいんじゃないかなぁ? 現実的なところだと、弓を使える人がいいと思う。狩人なら罠の扱いとかにも詳しいだろうし……ドネル君のこと勧誘してみる?」
「ドネル!? あいつは……どうなんだ? 稼げるって証明すりゃ冒険者になりそうな気はするけど、親父さんが何て言うか……」
「……は、ははは。本当に二人は、ジンクが戻ってきてパーティを組むことに、何一つ疑いを持ってないんだね」
「そりゃそうさ。何せあいつはジンクだからな!」
「そうだよ! ジンク君だからね!」
「そ、そうかい…………」
戻ってくるのは二年も先だというのに、ドーマ達の会話には揺らぎがない。そこには「絶対にジンクが戻ってきて、再びパーティを結成する」という未来が、朝になれば太陽が昇ることと同じくらい当然のこととして語られている。
その考え方に、ハイドは思わず引きつり笑いを浮かべてしまう。その顔を何とか維持しながらも食事を終えて宿に帰ると、ハイドは部屋の明かりをつけることもなくそのままベッドに横たわった。
「……これはなかなか、先が長そうだな」
この一ヶ月で、随分と馴染んだ自覚はある。が、それでもあの二人のジンクに対する信頼や絆のようなものを揺るがせるには、まだまだ足りない。
(とはいえ、まだ二年ある。ここはじっくり時間を使って下準備をするべきだろう)
単に殺すだけなら簡単だ。適当な依頼の最中に背後から襲えば、駆け出し冒険者など取るに足らない。だが「襲われている仲間を見捨てて自分だけ生き延びる」という本来の予定に比べれば、「帰ってきたら仲間が死んでいた」ではいかにも弱い。深く悲しみはするだろうが、それも冒険者の日常として割り切ってしまい、絶望まではしないだろう。
それでは満足できない。世界の闇を、絶望を食らい続けて糧としてきたハイドにとって、勇者のそれは極上のご馳走であり、己の存在を引き上げる最後の一手でもある。多少の手間程度でそれを台無しにするなど論外だ。
「まったく、忌々しきは我が本体よ。どうしてあの状況に間に合ったのか? それに今も尚我らの共通の敵である勇者を育てようとしているとは……ふむ?」
駆け出し冒険者に相応しい安宿。その立て付けの悪い窓の隙間から、ふと黒い影がスルリと滑り込んできた。ハイドがベッドから手を伸ばすと、影はハイドの指先から吸い込まれ、その記憶を伝えてくる。
「そうか、本体は妖魔国へと入ったか。どうやら順調なようだが……ククク、ならばあの女狐……いや、女狸にでも足止めをさせるか」
ハイドは決して、表舞台になど立たない。三人の魔王の背後で時に脅し、時におだて、意のままに操ることで国家間の対立を煽っているのだ。そうすることで世界は常に絶望を生み出し続け、それを糧とするハイドに力と愉悦を供給してくれている。
ちなみに、かの女王の最大の秘密は「魔狐族が権力の頂点を担う国にて、自身の正体が化けた狸である」ということだ。もし事実を公表されれば女王の座を追われるどころか国中から石を投げられ殺されてしまうため、女王はハイドに逆らえない。通りがかりの旅人……しかも人間に嫌がらせをする程度の簡単な命令など、むしろご機嫌伺いのために二つ返事で了承することだろう。
「さあさあ、どう動く? どう動こうとも全ては我が影の上。精々我を楽しませるよう踊り狂ってくれ。哀れな神の道化人形よ。クックックックック……」
ハイドの顔がどろりと溶け落ち、そこにあるのは無貌の黒。そしてその中央には、闇に捉えられた真白き光が明滅している。無様に捕まり己の使命を果たせぬ神の絶望は、それもまた極上の美味。
定まらぬが故何者でもある影の魔王の嗤い声は、誰に聞かれることもなく夜の闇へと消えていった。




