差し出されたのは、すくいの手
今回から三話ほど三人称です。ご注意ください。
ジンクの覚悟が決まり、一週間経っても何も起こらなかったこともあり、エド達は約束通りジンクだけを連れて町を旅立っていった。そうして残されたドーマとケインは普通に冒険者として活動を続けていたのだが……その成果は芳しくなかった。
「ハァ、また逃げられちまったぜ……やっぱジンクがいねーときついな」
「ごめんねドーマ君。僕がもっと魔法をバンバン連発できればいいんだろうけど……」
「そりゃ仕方ねーさ。魔力を増やすのって、筋肉を増やすのより大変なんだろ? 村のオッサンの腹みたいに、食っちゃ寝してればブクブク増えてくっていうなら楽なんだろうけどなぁ」
「それは何だか嫌だなぁ……」
互いに笑顔で軽口を言い合い、何とか明るい雰囲気を保ってはいるが……現実はそう甘くはない。元々三人だったパーティが二人となると、戦力の低下はドーマ達の予想以上に厳しかった。仕留められるはずだった魔獣が倒しきれなかったり、採取系の依頼も魔法師で近接戦闘が苦手なケインを一人にはできないため、実質的な効率は半分以下に落ちてしまう。
無論それ以外の分野ではケインの知識や注意力に助けられることもあるし、そもそも一〇年来の幼なじみで互いのことをよく知っているのだから、それで仲がこじれたりすることはない。が、それはそれとして収入が激減したという現実はどうしようもなく、ジンクが旅立ってからわずか一週間にて、二人は本気で困り果てていた。
「どうしよう? このままじゃジンク君を待つ以前に、僕達が干上がっちゃうよ」
「最悪冒険者を辞めて村に帰れば、生活自体はできるだろうけど……ジンクが帰ってきたときにあっさり諦めて木こりに戻ってましたとかじゃ、格好がつかねーよなぁ」
「なあ君達、ちょっといいかい?」
ギルド併設の酒場。味はほどほどだが安くて量があるという新人冒険者御用達の場所で食事をしながら頭をひねっていたドーマ達に、不意に声をかけてくる人物がいた。二人が同時に顔を向けると、そこには自分達と同じくらいの年の頃だと思われる黒髪の少年が立っていた。
「ん? 何だお前?」
「失礼、ちょっと話を聞いていたんだけど、ひょっとして君達も新人の冒険者なんじゃないかい?」
「えっと、貴方は?」
「ああ、名乗る方が先だよね。俺はハイド。去年冒険者になったばかりの男さ」
「なら先輩か。俺達は今年からだから」
「おっと、そうだったのか。まあ一年くらい大した違いじゃないよ。そうだろう?」
「はあ……」
新人の側からすると、一年の違いは割と大きい。何故なら冒険者という不安定で危険な仕事を一年間続けられたという実績があるからだ。
が、冒険者という大きな枠でみるなら、確かに一年程度はどうということもない。三年から五年ほどかけて「新人」や「駆け出し」から「一人前」と認められることが、一番最初の大きな壁なのだ。
「で、その先輩のハイドさんが俺達に何の用なんだ?」
「先輩はよしてくれよ。名前も呼び捨てでいいさ。で、用だけど……君達、パーティメンバーを捜してるんじゃないのかい?」
「へ!? いや、捜してるっていうか……どうなんだケイン?」
「僕!? そう、だね。確かにもう一人くらいは前衛が欲しいと思うけど……」
ジンクが抜けた穴を埋めるなら、ジンクと同じ役割をしてくれる人物を新たに迎え入れればいい。そんなことは最初からわかっているが、しかし二人は何とも渋い表情になる。
「わりーけど、俺達の仲間はちょっと遠出してるだけだから、そいつに無断でそいつの代わりみたいな奴を入れたくはねーんだよ」
「そうなのかい? 遠出って、どのくらいで戻る予定なのかな?」
「二年くらい、かな?」
「二年!? それは……その遠出した人が、仲間を増やすなって言ったのかい? それは流石に我が儘なんじゃないかな?」
「おい、何も知らねーくせにジンクのことを悪く言うなよ!」
「そうだよ! それにジンク君はそんなこと言わないよ! ただ僕達がそうしたいって思っただけで……」
ドーマ達が少しだけ声を荒げると、ハイドと名乗った少年は軽く肩をすくめて謝罪する。何処か軽薄な印象を受けるが、だからこそ場の空気はさほど重くはならなかった。
「おっと、それはすまなかったね。でも、駆け出しが二人だけで二年を待つのは、普通に難しいんじゃないかい? 俺もソロで一年やってきたけど、正直もう限界だと感じてるし」
「ケッ、そんなのハイドの根性がねーだけだろーが」
「ドーマ君! ごめんなさい、最近あんまり仕事が上手くいってないから、ドーマ君が荒れ気味で……」
「誰が荒れ気味だよ! くそっ!」
ふてくされたドーマが、手にしていた木製のジョッキをドンとテーブルの上に乱暴に置く。金がないため中身は水のように薄まったエールであり、こんなものでは樽で飲んでも酔えはしないだろう。
そんなドーマを見て、しかしハイドは少しだけ表情を真面目なものに変える。
「なるほど、気持ちはわかったけど……でもそのままだと、二人とも死ぬよ?」
「なっ!? 何だよいきなり! テメー喧嘩売ってんのか!?」
「ドーマ君! でも、それってどういうことですか?」
突然の不躾な言葉に、ドーマ達がハイドを睨む。だがハイドはさりげなくドーマ達と同じテーブルにつくと、怯むことなく言葉を続けていく。
「どうもこうも、俺はそういう人達を見てきたからね。憧れて冒険者になってみたけど、思ったよりきつくて危険で稼げないってことで、半年もしないで辞めちゃう奴なんて珍しくもない。そこに力や経験が足りなくて怪我をして早々に引退する奴を加えたら、駆け出し冒険者の数は一年で半分くらいになるんだから。
で、君達は典型的な脱落パターンなんだよ。何らかの理由で仲間が減って、そのせいで稼ぎも減る。それをどうにかしようと無茶な依頼を受けたり、戦力が減ってるのに無理に以前と同じように仕事をしようとして……そして死ぬんだ。心当たり、あるんじゃないかい?」
「っ……それは……」
ハイドの問いに、ドーマは言葉を詰まらせる。確かにこの一週間で、ひやりとした場面は何度かあった。たった一週間ですらそうなのだから、これを二年続けてずっと当たりを引き続けられると思うほど、ドーマは楽観主義者ではない。
「……なら、どうしろって言うんだよ」
「簡単じゃないか。俺を君達の仲間に入れてくれ」
「っ!? いや、でも……」
「勿論、ずっと一緒に……とまでは言わないよ。遠出してる仲間が戻ってきた時に改めて正式なパーティメンバーにするかどうか話し合って決めてくれてもいいし、どうしてもって言うなら、俺が別のパーティに加入できるまでの間に合わせってことでもいい。
君達は仲間が戻ってくるまでの間俺を戦力として利用すればいいし、俺の方も他の仲間が見つかるまでの間、君達を利用させてもらう。ほら、そういうことなら君達の仲間を裏切ることにはならないだろう?」
「裏切るなんて、そんな大それたもんじゃねーけど……なあケイン、どうする?」
「うーん、僕はいいと思うよ。さっきも言ったけど、後方で安定して魔法を使うには、やっぱりもう一人くらい前衛が欲しいんだ。
というか、僕達の気持ちを抜きにすれば、仲間を増やしたってジンク君は何も言わないと思うよ? ドーマ君は本当にジンク君が好きだから、ジンク君もそうだと思ってるのかも知れないけど」
「なっ!? ば、馬鹿なこと言うんじゃねーよ! 誰がジンクのことなんか……よーし、わかった。ならハイド! お前明日から一緒に仕事をしようぜ!」
「よろしくね、ハイド君」
「ああ、よろしく」
ドーマ達が笑顔で伸ばしてくる手を、ハイドはガッチリと掴み返す。そのまま軽い食事と打ち合わせをしてその日は別れ……ハイドがドーマやケインに自己紹介を求めなかったことに、二人は最後まで気づくことはなかった。




