友に伸ばしたその手は引かれず、されど背中を押してくれた
今回もジンク視点です。ご注意ください。
一晩寝て起きても、俺の中にあるモヤモヤはこれっぽっちも解消されなかった。というか、その後のお礼を兼ねた食事会でも、次の日の仕事の時も、迷う気持ちは何一つ晴れることはない。
このままじゃいけない。今はまだエドさん達は笑って許してくれているけど、いつ愛想を尽かされるかわかったものじゃないし、何より仲間を……幼なじみの親友達を半端な俺の行動に巻き込んで危険に晒しているという自覚は、誰よりもある。
だからこそ、四日目の夕方。早めに仕事を切り上げて、町に帰る前の休憩時間に、俺は適当な石に腰を下ろしているエドさんの前に立った。
「あ、あのっ!」
「ん? 何だ?」
「えっと、その…………」
流石に地竜を前にしたときよりもとは言わないけれど、それでも普段の戦闘中なんかより、よっぽど緊張している。ギュッと握った手は力を入れすぎたせいか少し感覚がなくなってきているし、喉だってカラカラだ。
でも、これ以上は引き延ばせない。だから俺は自分の中の勇気を振り絞って、張り付いたように動かなかった口を無理矢理にこじ開ける。
「え、エドさんは……その、何で俺達を世界一周の仕事に連れて行ってくれる気になったんですか?」
ごく簡単、かつ当たり前の質問。そんなことがどうしてこれほど聞きづらかったのか……言葉にしてしまった瞬間、その理由がストンと頭の中に落ちてきた。
ああ、そうか。俺は……怖かったんだ。これを聞いて、もしその理由がドーマやケインの言う通りに適当なものだったら……俺達じゃなくても誰でもよかったとか、守ると言ってしまった手前、仕方なく連れて行くとかだったら……
(失望、したくなかったんだ……)
自分は期待されている。あんなにも強い人に、ついてきてもいいと誘われている。そんなちっぽけな自尊心が壊されるのが怖くて……たったそれだけの理由で、俺はここまで聞けなかったんだ。
(…………はは。何だ、そんなことだったのか)
自分の傲慢さに呆れると同時に、スッと胸のつかえが取れた気がした。今なら予想通りのそんな答えが返ってきても、素直に受け入れられる気がする。
うん、そうだな。そうだったなら誘いを断って、今まで通りドーマ達とこの町で頑張っていけばいい。それでいいじゃないか……いつの間にか勝手に開き直っていた俺に、しかしエドさんはジッと俺の顔を見てから、小さく笑って答えてくれた。
「何で、か……一言で言うなら、可能性を感じたから、かな?」
「可能性、ですか?」
「ああ。ジンク、お前は強くなる。きちんとした指導を受けて努力を続ければ、いずれ世界一の剣士になれるはずだ」
「世界一!? それは流石に大げさじゃ……」
冗談にしても大げさすぎる。思わず苦笑する俺に……エドさんは真面目な顔のままだ。
「え!? まさか本気で!? いや、でも、そんな……」
「俺はこれでも人を見る目には自信があってな。お前の中にある才能は相当なもんだ。勿論才能は才能ってだけだから、きちんと磨かなきゃ成長はしない。たとえオリハルコンを使ったって、鍛冶屋の腕がヘボならそいつはただの石ころで終わっちまうからな。
だからこそだ。広い世界を見せて、色んな奴らと関わらせて、山ほどの経験を積んで……そうやって心と体を鍛えたら、お前はお前が思ってるよりずっとずっと強くなる。
最終的に何処までの高みに届くかはお前次第ではあるけど、少なくとも俺と真面目に二年も旅すりゃ、地竜程度は鼻歌交じりに倒せるようになるはずだぜ?」
「っ…………」
地竜を……あの地竜を、鼻歌交じりに倒せる? 絶望の化身でしかなかった相手が、取るに足らない雑魚になる……?
「ほ、本当に……本当に俺、そんなに強くなれるんですか? あ、でもドーマ達は!? 一緒に誘ってくれたってことは、あいつらも――」
「そうだな。才能って点では、ジンクがずば抜けてる。が、それは別にあの二人が弱いってわけじゃない。同じように旅するなら、普通に一流冒険者くらいには強くなれるんじゃねーかな。
二年だと、お前等は一七歳くらいだろ? その歳で一流なら十分スゲーと思うんだが……」
「そ、そうですね。そりゃそうだ……俺達が、一流冒険者……」
「はっはっは。そうなったら改めて地竜を捜して、三人で戦ってみるのもいいかもな。多分楽勝で倒せるだろうし、一〇代で竜殺しのパーティとなれば、一躍英雄の仲間入りだ」
「……………………」
言葉が、でなかった。夢で想像するしかなかったような英雄譚の始まりが、今自分の前に現実のものとして存在しているのだと、改めて強く思った。
「俺、は……」
「ま、よく考えりゃいいさ。そっちの仲間と一緒にな」
「っ!?」
そう言ってエドさんが振り返り、それにつられて俺も視線を動かす。するとそこにはティアさんと魔法の話をしていたはずのケインと、それを眺めていたはずのドーマの姿があった。
「ドーマ……ケイン…………俺は…………」
「ハァ……なあジンク。今の話聞いたけどさ、やっぱり俺は行きたいとは思えねーんだ」
「何で!? ドーマだって一流になれるって――」
「そう言われてもな……正直俺はお前ほど自分のことを信じられねーんだよ。そりゃここで鍛えてくれるっていうなら喜んでやるけど、他の国……ましてや魔王の国なんかに行ったら、何かあっても自分じゃ帰ってくることすらできねーじゃん。
いくら強くなれるって言っても、流石にそこまでは無理だぜ」
「ぼ、僕も……興味はあるけど、興味だけで行くにはちょっと遠すぎるかなって。それにここでの暮らしだって不満なんてないし。だからここでコツコツ頑張って、みんなで強くなれればそれが一番だなって思うんだけど……」
「……………………」
二人の言い分に、俺はいちいち内心で頷いてしまう。その通りだ、それでいい。そこで満足しておけば、きっと平穏で無難な人生を送れる。でも……
「「でも!」」
「っ!?」
そんな俺の内心を見透かすように、二人の声が重なる。驚いて俺が俯きかけていた顔をあげると、二人はまっすぐに俺の顔を見てくる。
「ジンク、お前は違うんだろ? まあまあな俺達と違って、お前だけはスゲー才能があるって言われたじゃんか! なら行ってこいよ」
「僕達は行けないけど、でもジンク君が行くのを精一杯応援するよ!」
「ドーマ……ケイン…………でも、それじゃ俺達のパーティは……」
「馬鹿! 俺達は幼なじみで、親友で、仲間だろ? たった二年離れたくらいでどうにかなるかよ!」
「そうだよジンク君! 帰ってきたジンク君に見捨てられないように、僕達だってここで頑張るよ!」
「何日もずーっと悩むほど行きたいんだろ? なら行ってこいって。俺達の事を言い訳にするんじゃねーよ!」
「ジンク君が帰ってくる場所は、僕達がしっかり守っておくから……そうすれば、いつだって…………ううっ……」
そっぽを向いて鼻を赤くするドーマの顔が、泣き笑いで目元を擦っているケインの顔が歪んでいく。二人の顔だけじゃない。目に映る世界の全てが歪んで……俺の目から溢れる涙が、どうしても抑えられなくて……
「ドーマ! ケイン! 俺は……最高の仲間に恵まれた!」
「へっ、今頃気づいたのかよ! 俺なんて最初からわかってたぜ!」
「離れても、僕達はずっと仲間だよね?」
「当たり前だ! 俺は絶対強くなって……そんで戻ってくる! 戻ってくるから……そしたらまた、俺を仲間に……」
「ふざけんな! 勝手に抜けるんじゃねー! ちょっと単独行動するだけなんだから、そもそもずっと仲間だってーの! それともジンクは、小便しに行く度にパーティから抜けてるつもりだったのか!?」
「それは流石に下品だよドーマ君……でも、そうだね。ちょっと遠くにいくだけなんだから、いちいち抜けたりする必要はないよね」
「っ……! ああ、ああ! ならちょっとだけ出かけてくるから……帰ってきたら、また冒険しようぜ!」
「おう! その頃には俺も最強に強まってるから、ビビるなよ?」
「僕も、遠くにいるジンク君が耳にするくらい、凄い魔法師になって……ずびっ……だから、ジンク君も……」
「約束する! 次にここに戻ってくるのは、単なる里帰りじゃない……世界最強の剣士の凱旋だ!」
三人で肩を組み、泣きながら宣言する。こうして俺は最高の仲間に励まされ、エドさん達と世界を巡る旅に出ることを決意するのだった。




