あまりにも甘すぎる蜜は、逆に誰も吸おうとしない
途中からジンク視点に変わります。ご注意ください。
「おはようございます、エドさん! ティアさん!」
「おう、おはようさん」
「おはようジンク。ドーマにケインも、おはよう」
「「おはようございます!」」
明けて翌日。冒険者ギルド前にて顔を合わせた俺達は、互いに軽く挨拶を交わした。ジンクはともかく、ドーマとケインが元気そうなのはちょっとだけ意外だ。
「へぇ、二人とも大丈夫そうだな」
死を実感した奴が、そのまま立ち直れず冒険者を辞めるというのはよくあることだ。昨日はまだ驚きや興奮が残っていたからともかく、一晩を経て冷静になれば怖じ気づくことも考えられたが、どうやらその懸念はなさそうだ。
「勿論! あのくらいでしょげてたら一流の冒険者になんてなれねーからな!」
「僕は正直、ちょっと怖いけど……でもジンク君やドーマ君と一緒なら、もう少しくらいは頑張れるかなって」
「ははは、そうか。いや、いいと思うぜ? 何も怖くないって無謀に突っ込む馬鹿より、恐怖を自覚してなお勇気を出して一歩踏み出せる奴の方が強くなれる。冒険者を続けるなら、その気持ちを大事にするといい」
「あ、ありがとうございます……えへへ」
俺が頭を撫でると、ケインが照れくさそうに笑う。うむ、友達に引っ張られてはいても、引きずられてはいない。これなら本当に大丈夫だろう。
「それでエドさん。しばらくは一緒に行動するって話でしたけど、どうしますか? 依頼とか……」
「あー、うん。それなんだがな……」
やる気のある顔で見上げてくるジンクに、しかし俺は頭を掻いて言葉を濁す。
「実は、俺達の方でもちょいと厄介な依頼が入っちまったんだよ。で、できればそっちを優先したいんだが……」
「……それって、俺達とは一緒にいられなくなったってことでしょうか?」
「ええ、そりゃねーよ! まだ何にも教えてもらってねーじゃん!」
「そんなこと言ったら駄目だよドーマ君! エドさん達は完全な好意で僕達の面倒を見てくれるって言ってくれたんだから」
「そうだけどよぉ……」
徐に切り出した俺の言葉に、三人がそれぞれの反応を示す。が、俺の発言はまだ終わってない。
「いや、そんなことねーよ? お前達がいいって言うなら、一緒に連れて行こうかと思ってる」
「そうなんですか!? それなら――」
「ただし、するのは世界一周だ。周辺三国全部を回って、それぞれの国の魔王と話をすることになる」
「せ、世界一周!? しかも全部の魔王と話をするって……!?」
「そんなの危ないですよ! 他の国に行ったりしたら、すぐに襲われて殺されちゃうんじゃないですか!?」
「いやいや、お前達が思ってる程、他の国ってのは危なくねーよ。そもそも普通に交流はあるんだ。この辺はともかく、もっと中央寄りの町なら他国の冒険者とかも普通にいるしな。獣人とか蜥蜴人とか」
「そうなんですか!? うわぁ、世界って広いんだなぁ……」
「いやでも、世界一周なんて無理だろ。なあジンク……ジンク?」
既に他人事のように語るケインとドーマに対し、しかしジンクは深く考え込んでいる。真剣な表情で顔をあげると、まっすぐに俺を見て問いかけてきた。
「それ、俺達も連れて行ってもらっていいんですか? お金とか全然無いですけど」
「いいぜ。旅費は基本全部俺達が出す。贅沢三昧とは言えねーけど、普通の宿に泊まって普通に飯が食えるのは保証する。危険は勿論あるだろうが、そこも俺達が可能な限り守ろう。よっぽど馬鹿なことをしなけりゃ、まあ死なねーはずだ。
あとは……そうだな。三国全部行かねーとだから、ここに戻ってくるのは一年か二年か、最低でもそのくらいは先になるだろう。ちょっとした武者修行の旅って感じになるんじゃねーか?」
「二年…………」
「ま、焦って決めることはねーよ。当初の予定通り、一週間くらいはここでお前達の様子を見る。それで襲われなきゃ、多分平気だろ。俺達と一緒に来るかどうかは、その時に答えてくれりゃいい。
じゃ、今日はとりあえず慣らしってことで、軽く近場の討伐依頼でも受けるか」
「はい…………」
努めて軽く言う俺に、ジンクは別のことを考えているような浮ついた返事をする。そしてそんなジンクの姿にドーマとケインは戸惑いの表情を浮かべ……
(あー、こりゃ駄目っぽいな)
内心でそう判断しつつ、俺は駆け出し冒険者共を引率していった。
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「お前等なぁ、いくら何でも油断し過ぎだろ。俺達がいなかったら普通に大怪我してるぞ?」
「すみません……」
苛立ちというよりも呆れの強いエドさんの言葉に、俺はガックリと肩を落とす。確かに今日の仕事はあまりにも酷かった。朝に言われた内容が気になりすぎて、全く集中できていなかったのが自分でもわかる。
「……………………」
そしてそれは、仲間達も同じだ。俺が迷っているのが気になるのか、ドーマもケインもチラチラとこっちを見るばかりで、周囲への警戒や魔獣への対処が疎かになっていた。今俺達が無事なのは、見かねたエドさんとティアさんが手を貸してくれたからに他ならない。
自分でもわかっている。でもわかっていてもどうしようもない。だからこそ俯くことしかできない俺を見て、ティアさんがエドさんに取りなしてくれる。
「あんまり責めちゃ駄目よエド? 昨日の今日なんだし、疲れてるのは当然じゃない。貴方達も気にしないで……そうね、明日は仕事をお休みにして、美味しいものでも食べに行きましょうか?」
「え、でも……」
「あー、まあこの調子ならそれもいいかもな。お前達が受ける程度の依頼なら俺達がいりゃどうにでもなるけど、だからってこんな気の抜けた状態で魔獣と戦わせるのは怖すぎる。少し休んで調子を戻せ、な?」
「…………わかりました」
その提案を、否定なんてできない。きっと俺は明日になっても、まだ今朝のことを悩み続けていると思うから。そんな俺の肩を叩いてエドさん達が去って行くと、俺は改めて仲間の方を振り返った。
「ごめんな二人とも。俺のせい……だよな?」
「まあな。てか、何悩んでるんだよ? まさかジンク、お前エドさん達に付いていきたいとか本気で思ってるのか?」
「それは…………」
ドーマの問いに、俺は即答できない。だがそれこそが答えとばかりに、ドーマが俺の肩を掴んで詰め寄ってくる。
「馬鹿お前、何考えてんだ!? 二年だぞ!? 二年もここを離れて、魔王の国を全部回る!? 俺達みたいな駆け出しがそんなことできるわけねーじゃねーか!」
「そうだよジンク君! どう考えたって無理だよ!」
「で、でも、エドさん達が守ってくれるって……」
「本気で誘ってるわけねーじゃねーか! 長い付き合いって言うならわかるけど、昨日会ったばっかりの他人だぞ!? 二年もかけて世界中の魔王に会うなんて仕事に、自分達の金を使って駆け出しの新人を連れてく? ハッ、そんなの信じるなんて、それこそ馬鹿だぜ!」
「うぐっ! そう言われりゃそうだろうけど……」
ドーマの言葉に、自分がどれだけあり得ない誘いを受けたのかを改めて思い知る。でも、もし……
「僕も多分、あれは遠回しに僕達から断ってくれって言ってるんだと思うよ。だってどう考えても僕達がエドさん達の役に立つことなんてないじゃない。それでも連れて行くなんて、魔王の国についたら奴隷として売り飛ばされたりするんじゃないかなって……」
「ケイン!? お前、誰がお前とドーマの命を助けてくれたと思ってるんだよ!?」
「わ、わかってるよ! でも、そんなことを考えちゃうくらい、エドさん達が僕達を連れて行く理由がないってことだよ。なのに仕事に同行させて面倒をみてくれて、色んな経験を積ませてくれるって……意味がわからなくて、正直ちょっと怖いよ」
「うぅぅ…………」
二人の話を聞けば聞くほど、そうなんじゃないか、その通りだという思いが強くなっていく。でも、でも…………っ。
「……ハァ。出発は一週間後だって言ってたし、ならそれまで考えとけばいいんじゃね? 俺としては一日も早く正気に戻って欲しいけどな! ハハハ!」
そうやって笑いながら、ドーマが背を向けて歩き出す。自分の中の想いを上手く処理できなくて、俺はそんな親友の後ろ姿を前に、痛いほどに拳を握りしめていた。




