人が背負うべき責任は、与えられた権限と給料の範囲内に限る
その後、俺達は別室へと通され、そこでギルドマスターと名乗る人物に事の詳細を説明することとなった。
と言っても、実際に体験したことをそのまま話すだけだ。こういった場に慣れていないであろうジンク達は「初めて会う偉い人」を前に緊張気味に話をしていたが、王様相手にだって何度も話したことのある俺やティアからすれば、この程度はどうということもない。
なので、特に問題が起きることもなく一時間ほどで聞き取り調査は終わったわけだが……
「ふぅ、長時間ご苦労だったね。ではこれで――」
「あの、ちょっと待ってもらえますか?」
話は終わりとばかりに席を立とうとしたギルドマスターを、俺はその場で呼び止める。するとロマンスグレイの中年男性であるギルドマスターが、気安い感じでこちらに視線を向けてきた。
「ん? 何かねエド君。まだ何か話があるのか?」
「ええ、まあ。地竜の痕跡を調べるってことでしたけど、そこで魔法の反応というか、そういうのも調べて欲しいんです」
「……どういうことだね?」
俺の頼みに、ギルドマスターが浮かせかけていた腰を戻す。そうして聞く姿勢が整うのを待つと、俺は改めて言葉を続ける。
「今回の地竜なんですけど、俺としても気になることがありまして。なあジンク、お前達が襲われた状況……っていうか、最初に地竜に出会った時のこと、もう一回聞いてもいいか?」
「え!? あ、はい。でも状況っていっても、俺達がゴブリン討伐の依頼で森を探してたら、目の前に地竜がいたって感じで……」
「そう、それだ。それがおかしいと思わねーか?」
「えぇ……?」
俺の問いに、ジンクが困惑の表情を浮かべている。ならばこそ俺は更に話を続ける。
「だって、地竜だぜ? あんなでかい魔獣がすぐ側で活動してたら、それこそ騒音があるはずだろ。まさかお前達、木がベキベキへし折れる音を聞いて、そっちに移動したわけじゃねーよな?」
「まさか!? そんな音が聞こえたらすぐに逃げますよ! だよな?」
「ああ。木が折れる音の側にいるのなんて、あの森じゃブラウンベアくらいだろ? 倒せないことはねーけど、依頼も受けてねーのにわざわざ戦いたいとは思わねーなぁ」
「だよね。それに地竜が歩いてるなら、もっとずっと凄い音がするんじゃない? それなら……って、あれ?」
自分の言葉の不自然さに、ケインが首を傾げる。その反応にニヤリと笑い、俺はここぞとばかりに言葉を重ねる。
「そうだ。地竜ほどの巨体なら、普通に活動してりゃ馬鹿でかい音が鳴る。なのに駆け出しの新人であるジンク達がそんなところに突っ込んでいくわけがねーよな?
なら、あの地竜はどこから来た? おそらくあの場所に召喚されたんじゃねーのか?」
「なっ!?」
その場の全員が驚きの声をあげる。だがそれも当然だ。今までの話では「どうやって地竜が人目に付かずにそんなところに移動してきたのか?」ということばかりを気にしていて、まさかその場で召喚されたなんて発想は誰も持っていなかったのだから。
「そんな、地竜を召喚!? エドさん、そんなことできるんですか!?」
「いや、俺はできねーし、できる奴も知らねーよ? でも地竜が何処かから何の痕跡も残さず移動してきたって考えるより、ジンク達がそこにやってくる直前に召喚されたって考えた方が可能性としては高いだろ? だから魔法の反応も調べて欲しいって言ったんだ。
で、どうでしょう? そういうのって調べられますかね?」
「むむむ……正直、わからん。私もギルドマスターになって一〇年ほどだが、地竜を召喚できるなんて術者に会ったことはないからね。しかし……」
俺の問いに、腕組みをして考え込むギルドマスターが、眉間の皺をこれでもかと深めていく。
地竜を召喚できるとなれば、その戦力は相当なものだ。国が抱える秘密戦力ならまだマシだが、何らかの犯罪組織や反政府勢力なんかが関わっていればとんでもない大問題になる。それに何より……
「ひょっとしたら、魔王が関わってる可能性もありますよね」
「むむむむむむむむむ…………」
この世界には、何と三人も魔王がいる。一周目に得た俺の知識では、丸く巨大な平面世界の北、東、西のそれぞれに魔王がいて、人間の領域は南側という感じだ。
ただし魔王は魔王同士でもいがみ合っている反面、人間を絶対的な敵として扱っているわけでもない。なので小競り合いはあるが同時に政治的、商業的な繋がりもあることで、緊張からの均衡状態を保っているというのが現状だ。
故に、もしこれが何処かの魔王による人間の領域での実験、あるいは工作活動となると、それこそこれを機に大規模な戦争が勃発するかも知れないという特大の爆弾にすらなり得るわけで……
放置は論外。だが調べるのも怖い。そんな板挟みのなか、顔が内側にへこむんじゃないかという勢いで皺を寄せて悩み続けたギルドマスターが、遂にその口を開く。
「…………よし、何も聞かなかったことにしよう!」
「えぇぇ!? え、それでいいの!?」
満を持してのギルドマスターの言葉に、ティアが思い切り突っ込む。だがギルドマスターは努めて冷静な表情のまま、そんなティアに答える。
「君はティア君だったね。いいんだよ。確かに私はギルドマスターとしてそこそこの権力……権限は持っているが、あくまでもそこそこだ。国家間の問題とか、そんなものを調整したり検討したりするほどの力などないし、そもそもそこまでの責任もない。
なので私は何も聞かなかったことにして現場の調査を行い、その結果得られた事実だけを粛々と報告することにする。後のことはそれを聞いた誰かが判断することだ」
「でも……エド?」
「いや、俺もそれでいいと思うぜ。ってか、そうでもしねーと俺達全員拘束されて、結果が出るまで軟禁とかになっちまうだろうし。流石に推論に推論を重ねただけの現状で口封じまではねーだろうけど」
「く、口封じ!?」
何気なく出した俺の言葉に、ジンク達が怯えたような声をあげる。なので俺は軽くジンクの肩に手を乗せ、落ち着かせるような声で話しかける。
「大丈夫だ。そうならないように『聞かなかったこと』にしてくれたわけだしな。ただ、この件はあんまり言いふらさねー方がいいのは間違いない。それと、しばらくは俺達と一緒に行動するのがオススメだ。そうすりゃ万が一って時に守ってやることもできる」
「それは……いいんですか? 俺達がエドさん達に一方的に迷惑をかける感じになっちゃってますけど」
「いいさ。なあティア?」
「勿論! というか、ここでさよならなんてしたら、そっちの方が気になって仕方がないもの」
「というわけだ。どうだジンク? ドーマとケインも」
「俺はいいぜ! こんなツエー人と一緒にいられるなら、むしろラッキーだろ!」
「僕もいいよ。その、もし迷惑でなかったら、ティアさんに魔法を教えてもらいたいかも……」
「フフッ、いいわよ。理術魔法は専門じゃないけど、ちょっとしたコツくらいなら教えられるし」
「やった!」
「ケインばっかズリーよ! 俺も! エドさん、俺に何か教えてくれよ!」
「何かって、また漠然としてんなぁ。まあいいけど……ってことらしいが、ジンク?」
「…………本当にいいんですか?」
無邪気にはしゃぐ二人を前に、それでも一応遠慮気味に問うてくるジンクの頭を、俺はくしゃりと撫でつける。
「いいさ。こういうときは黙って頼っとけ。先輩に格好つけさせるのも、いい後輩の在り方だぞ?」
「なんだよそれ……ははっ。わかりました。じゃ、よろしくお願いします、エドさん! ティアさん!」
「任しとけ!」
「改めてよろしくね、みんな」
急速に膨れ上がった厄介ごとの気配。それを前にすればこそ、こうして俺達は自然に見える流れで、ジンク達の仲間に収まることができた。




