自分が正しいとわかっていても、それを貫くのは難しい
「……………………」
俺達を先導する形で、ジンク達が冒険者ギルドへと入っていく。なお何故か無言かつ微妙に尻を押さえているのは、俺が色々と説明したからだ。断じて説明以外の事をしたわけではない。
適当にはぐらかすという手もなくはなかったが、その場合勘違いしたままのジンク達が、俺以外の誰かにも同じことを言う可能性があったからなぁ。九割方は冗談とかからかわれていると受け取ってくれるだろうが、ガチの一割に引っかかった場合、双方共にとても悲しいことになると思ったので、きちんと話してやったのだ。
その結果がこの内股歩きなわけだが……ま、万が一洒落にならない状況に陥るよりはずっとマシだろう。どうせ明日になったら忘れてるだろうしな。
と、そんなジンク達が冒険者ギルドの受付カウンターに歩いていく。出迎えてくれたのは、笑顔の眩しい若い受付嬢さんだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、実は色々ありまして……とりあえずこの依頼の達成処理をお願いします」
「畏まりました……ゴブリンの討伐依頼ですね。はい、確かに」
村に立ち寄った際に、討伐報告と同時にちゃんと依頼達成の印は押されている。なのでジンクの提出した依頼書を笑顔で受け取り、受付嬢が奥の棚から硬貨を取り出してカウンターに置く。
「では、こちらが報酬となります。お疲れ様でした」
「あ、ちょっと待ってもらえますか? 実は依頼の最中に、報告しないといけないようなことがありまして」
「? はい、何でしょう?」
「実はその……依頼のあった森で、地竜に襲われたんです」
「…………? 地竜って、あの地竜ですか? 竜の一種で、尾まで入れると七、八メートルの巨体になる、あの?」
「そうです」
「……………………」
ジンクの言葉に、しかし受付嬢の顔から笑みが消え、代わりに胡散臭さが全開になった表情が浮かんでいく。
「あの……ジンクさん、ですか? 依頼書のあった場所の近くで、地竜の発見報告はありません。何処かの山から移動しているという目撃情報もありません。何かの見間違えでは?」
「そんなことありません! 俺達は、確かに――」
「はぁ…………」
食い下がるジンクに、しかし受付嬢があからさまにため息をつく。
「なら、ジンクさんはそれほどの巨体である地竜が、誰にも見つからずに人里近くの森まで移動したと? で、その地竜はどうしたんですか?」
「倒しました」
「……………………」
その言葉に、受付嬢は再び無言に……そしてその表情に怒りや苛立ちが満ちてくる。
「いいですかジンクさん。これは冒険者ギルドの職員としての、正式な警告です。人々の生活を脅かすような強力な魔獣の動向や生死に関わる虚偽の報告は、ギルドの規約のみならず法律でも禁止されています。
駆け出しの新人が自分を大きく見せたいというのはわかりますが、これ以上の主張は冗談ではすみませんよ? 牢屋に入って罰金を払う覚悟をしてでも、『地竜がいて、しかも倒した』と主張するんですか?」
「うっ、あ……」
強い眼差しと言葉に、ジンクが声を詰まらせる。この流れもまた、一周目のジンクがねじれてしまった要因の一つだ。
仲間を失った駆け出し冒険者が、自分達は地竜に襲われたと主張する。だがこれまで地竜の目撃情報など何処にもなく、念のため調査されるも地竜ほどの巨体が移動した形跡がまるでない。
その結果ジンクは厳重注意……罪に問われなかったのは、ジンク自身も、現実を受け入れられずに被害妄想に取り憑かれていると判断されたから……を受けたのだが、それでも尚「自分たちは地竜に襲われた」という主張を覆すことがなかったため、厄介な人物として煙たがられるようになってしまったのだ。
だが、今回は違う。俺はポンとジンクの肩を叩くと、そのまま受付嬢の前に歩み出る。
「落ち着けジンク、説明が足りてねーぞ。悪いなお嬢さん、地竜を倒したのはそいつらじゃなく、俺だ」
「貴方が、ですか?」
名乗り出る俺に、ジンクの時ほどではないにしろ訝しげな視線を向けてくる受付嬢。一五歳の駆け出しよりはマシにしても、俺の体も今は二〇歳。装備もくたびれた革鎧なので、地竜を倒せるような手練れに見えないのは無理もない。
「……もう一度同じ説明が必要ですか?」
「いや、いらねーよ。こいつがあるからな」
言って、俺は腰の鞄に手を突っ込み、そこから「彷徨い人の宝物庫」経由で切り落とした地竜の尻尾を取り出した。ちなみにこの世界では見た目よりもずっと大きな物が入り、それに合わせて重量も軽減される「魔法の鞄」というのが金貨一枚くらいから何段階かに分かれて販売されているので、竜を屠れる実力者が持っている分には不自然なことはない。
そうしてドスンと音を立てて出現したそれに、受付嬢のみならず周囲にいた冒険者達までが無言になり、喧噪に満ちていたギルド内がにわかに静寂に包まれる。昔ならこれを気分がいいと思ったりしたかも知れねーが、勇者パーティとして幾度も活動していると稀に経験することなので、俺は気にせず言葉を続けていく。
「俺が倒した地竜の尾だ。これでも信じられねーか?」
「……はっ!? え、地竜の尾!? ほ、本物ですか!?」
「どんな理由があると偽物の尻尾を持ち歩くんだよ。本当は頭でも持ってくりゃよかったんだろうけど、勢いで真っ二つにしちまってな。さっきの依頼の場所にそのまま残してあるから、確認したいならそっちで勝手にやってくれ。
あ、ただし本当に放りだしただけだから、他の魔獣とかに食い荒らされてる可能性は高いと思うぞ? そこまでは保障できん」
「いえ、それは……倒した魔獣の処理は、明らかな害がないなら倒した方の自由ですけど……ちょ、ちょっと待っていただけますか? 私、ただの受付なんで、こんな案件どうしていいか……」
「わかった。待ってるから上にお伺いを立ててきてくれ」
「しょ、少々お待ちください!」
俺が苦笑して言うと、受付嬢が天井から飛び出すんじゃないかって勢いで席を立ち、ギルドの奥へと走って行く。その姿を見届けてから、俺は改めてジンクに声をかけた。
「落ち着いたか?」
「……はい。すみません、俺、何か駄目ですね」
「ははは、人の向けてくる疑念とか苛立ちとかは、魔獣の殺意とはまた違うもんだからな。俺もそっちの方がずっと怖いぜ」
「そうなんですか? 地竜を倒せるくらい強いのに?」
「おうよ。だから仲間ってのは大事なんだ。自分を信じて支えてくれるって心から思える相手がな。さっきだって、お前が振り返ってドーマ達の顔を見りゃ、違ったんじゃねーか?」
「それは……」
俺が視線を向けた方向に、ジンクもまた顔を動かす。するとそこには気まずそうな笑みを浮かべたドーマとケインの姿がある。
「ご、ごめんねジンク君。エドさんはああ言ったけど、僕はちょっと力になれないかも……でもほら、ドーマ君ならきっと受け止めてくれるよ?」
「なっ!? お、俺だって駄目だよ! ボアの突進くらいなら幾らでもとめてやるけど、あんな怖い顔のねーちゃんなんて無理だって!」
「……プッ! 何だよ、二人とも頼りにならないなぁ」
「笑うなよ!? こういうところこそリーダーのジンクの出番なんだから、いいじゃねーか!」
「僕、後ろから必死に応援してたよ! 頑張れジンク君って」
「なら俺も、後ろで盾を振ってやるよ!」
「お前等なぁ……ったく、リーダーは辛いぜ」
笑うジンクの顔に、もう恐怖は残っていない。今回もまた、仲間がいることでジンクは試練を乗り越えたのだろう。世界からすれば注目にも値しない些事。なれど少年が大人になるためには大切な経験を。
これで以後、少なくとも正当な主張をする時にジンクが怯むことはなさそうだ。ハッタリをかますのは……もうちょっと成長してからかな。そんな若者の成長する姿を目の当たりにしたティアが、俺の隣でそっと呟く。
「フフッ、若いっていいわね」
「おいおいティア、その物言いは流石に年寄り臭く――」
「なーに、エド?」
「ヒェッ……いや? 何でもない……本当にナンデモナイデス」
即座に顔を逸らすも、背後からは凄まじい圧の籠もった視線をビンビンに感じる。魂を凍てつかせるようなそれに耐えつつ、俺は改めて「やはり一番怖いのは人間だ」としみじみ思い知るのだった。




