かけがえのない宝の価値は、自分が知っていればそれでいい
「なあドーマ。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって言ってんだろ!? もう何回目だよ?」
「でも……ケインはどうだ? 何処か痛いところとかないか?」
「はは、平気だよジンク君。傷跡ひとつ残ってないんだから。高い回復薬って凄いんだねぇ」
「そうだな……ああ、本当によかった」
森を抜け、町へと戻る道すがら。俺達の背後からは、ジンク達の会話が聞こえてくる。幾度となく繰り返されるジンクの問いに残りの二人はやや呆れ声を出しているが、それでも各自の声は明るい。
ちなみに見た目としては、ドーマが俺より五センチほど低い身長で、深く青みがかった髪を短く刈り込んだ戦士。ジンクはそこから少しだけ低くなった茶色い短髪での剣士であり、ケインは一六〇センチほどしかない小柄な体に黒に近い灰色の髪を持ち、服の上から羽織る感じのやや丈の短い白っぽいローブを纏った魔法師だ。
全員成人済みの正規冒険者なので世間的には大人だが、こうして見ている分には表情に残るあどけなさが、なんとも言えず微笑ましい気がする。
「三人ともいい子達じゃない。助けられてよかったわね?」
「ああ、まったくだ」
そんな三人の様子を見て、微笑みながら声をかけてきたティアに、俺も心からの同意を返す。そうしてから視線を向けるのは、俺の左手人差し指に嵌まる金色の指輪だ。
「これもヌオー様々だな。こいつで事前にわかってなかったら、どうやっても間に合わなかったぜ」
「そうね。あんな速さで走ったのに、ギリギリだったものね」
ヌオーの加護のおかげで、俺はこの世界に入る前から、ここが「第〇六六世界」だとわかっていた。だからこそこの世界に降り立った瞬間に「失せ物狂いの羅針盤」でジンクの位置を探り、ティアを背負って「追い風の足」で全力疾走してきたのだ。
だが、それでもギリギリだった。つまり事前情報なしでここに来た場合、今の俺達であってすらジンクが仲間を失う運命を変えられなかったということになる。
「でも、これってどういう意図があったのかしら? 絶対に助けられたくないなら、ハリスさんの時みたいに手遅れになってからの世界に送り出せばいいはずよね?」
「あー、どうだろうな? ひょっとしたら『あの時急げば間に合ったのに』って後悔とか絶望を俺に抱かせたかった、とか?」
「うわぁ、相変わらず意地悪な神様ね」
「ははは、だな」
実際のところはわからねーが、神の意図が「俺の魂をすり減らせて、自分の意思で終わりを望むように仕向けること」だと言うのであれば、あながち間違っていない気もする。
あるいは単に、細かい調整ができないだけという可能性もあるが。神ってのがそんなにでかい存在なのなら、調整が細かすぎて年単位でしか時間をずらせないとか……それはそれでありそうだな。ま、どうでもいいけど。
「でも、本当によかったわ。エドに聞いた話じゃ、あんまりにも可哀想だもの」
「…………そうだな」
事前にわかっていたのだから、当然俺はこの世界に入る前に、ティアに一周目での出来事を話している。ただしその内容は、決して聞いて楽しいようなものではない。
一周目において俺がジンクと出会うのは、今から一週間後となる。なかなか勇者に出会えずやきもきする俺の前に現れるのは、仲間を失い失意のどん底に沈み込んで、自分一人が逃げて生き延びた罪悪感を仲間を殺した地竜への復讐心で塗り固める、壊れかけの……ギリギリ壊れる寸前で踏みとどまっている少年だった。
そんなジンクが勇者だと感覚的に理解した俺は、今回もまた傷心のジンクにすり寄り、仲間にしてもらうためにかいがいしくその世話を焼いたのだが……ジンクが俺に心を開くことは最後までなかった。
とある場所にてジンク達を襲ったという地竜の情報を得た日の夜、普通に寝たはずの俺は気づいたら「白い世界」へと帰還していたのだ。おそらくは俺が寝ている間にジンクが一人で旅立ち、それが「追放」と認められたからだろう。
(我ながらあれは酷かった。もう少し……もう少しだけでも本気で気にかけてやれてりゃなぁ……)
雑傭兵だとか冒険者だとか、こういう稼業をしていれば「仲間と死に別れる」なんてのは何処にでも転がっている話だ。生涯を同じパーティで過ごし、かつ誰一人として失わないなんてのは、吟遊詩人が語る英雄譚にしか許されない奇跡である。
加えて、当時の俺は悪い意味で「追放慣れ」してきていた時期でもあった。どうせ別れるのだからと拘わる人達と深い絆を結ぶことを拒み、自分が帰るための踏み台とすることを良しとする。それが神の仕込んだ思考だったとしても、考えて決断したのは間違いなく俺自身。
仲間の死は悲しい。だがそれはいつまでも引きずるものじゃない。酒を飲んで一晩語り明かしたら、あとは時々思い出す程度に吹っ切る。それが正しい冒険者の生き様なのだと、当時は信じて疑わず……だからそれを、俺はジンクに押しつけたのだ。
「なあジンク。今更だけど、あの地竜ってそのままにしといてよかったのか?」
「何だよドーマ。まさか助けてもらったうえに、素材まで横取りしようってのか?」
「バッカ、ちげーよ! 竜って魔力がスゲーんだろ? 放っておいたら他の強い魔獣が寄ってきたりするんじゃねーの?」
「大丈夫だと思うよ。何でかわからないけど、あの地竜には全然魔力が残ってなかったから……本当に何でだろう?」
「さあ? 俺にはわかんないけど、きっとエドさんが全部斬っちゃったんじゃないか? いや、本当に凄かったんだぜ? こう、ズバーッて!」
「くっそ、俺も見たかったぜ……頼んだら見せてくれるかな?」
「それは流石に図々しいんじゃないかな? きっと凄い冒険者なんだろうし……」
(……そうだよなぁ。そんな簡単に割り切れるはずがねーよな)
軽く振り返った先で楽しげに話すジンク達の姿に、俺は内心で苦笑する。あの日……アレクシス達が死んだと知ったあの日、俺は自分でも訳が分からないくらい強い衝撃を受けた。
たかだか一年半一緒にいただけの奴らの死でそれだけ動揺したんだ。幼なじみだっていう親友二人が目の前で死んだジンクの衝撃がどれほどのものだったのか……想像すらできないし、想像するのも烏滸がましい。もしも俺がティアを失ったとして、その時「お前の気持ちはわかるぜ」なんて肩を組んでくる奴がいたら、きっと俺は問答無用でそいつをぶん殴ることだろう。
誰もがみんな、大事なものを抱えてるんだ。上も下も、重いも軽いもない。かけがえのない唯一無二は他者の理解を必要とせず、ただ本人だけの宝物なのだから。
「あ! 見てエド、町があるわよ!」
「お、ついたか」
と、そこでティアが声をあげ、視線を向けた先には立派な町が見えてくる。ゴブリン被害に困っていた村ではなく町の方にやってきたのは、地竜という大きすぎる問題を村の人に報告しても、困らせるだけでどうしようもないからだ。一応通りがかりにゴブリンを倒したということだけは伝えてあるが、きちんとした報告は町の冒険者ギルドにしなければならない。
「うおおー! 町だ! 俺達、本当に生きて戻ってきたんだ!」
「焦っちゃ駄目だよドーマ君! まだ町に着いたわけじゃないんだから」
「そりゃそうだけど、ここまで来たらもう平気だろ。なあジンク?」
「いや、ケインの言う通りだ。このくらいの距離ならまだゴブリンやウルフに襲われることだってある。その装備で戦えるとでも思ってるのか?」
「うぐっ!? そりゃ……」
ジンクの指摘に、ドーマが口ごもる。地竜にやられた装備はベッコリとへこんでおり、とても実践に使える状態ではない。
「でもまあ、今回に限って言うならドーマの意見も間違いじゃない。何せ今はエドさん達と一緒だからな! エドさん、ティアさん!」
「ん? 何だ?」
駆け寄ってきたジンクが、俺達の目の前で立ち止まる。それから深々と頭を下げると、背後の二人も同じように頭を下げた。
「お二人のおかげで、俺達は全員無事にここまで帰ってこられました。本当に、本当に……本当に! ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
「それでその、お礼なんですけど……」
「礼? 別にいいって。こっちはこっちでやりたいことをやっただけだしな」
「いえ、そういうわけには!」
「そうですよ! そりゃ僕達みたいな駆け出しじゃ、回復薬の費用もお支払いできないと思いますけど……」
笑顔で言う俺に、しかしジンク達は食い下がってくる。実際今後も冒険者を続けるというのなら、この辺のけじめはかなり重要だ。払えるか払えないかじゃなく、絶対に払うという姿勢を見せておかなければ、今後また困ったことがあっても誰も助けてくれなくなるからな。
なのでまあ、適当に飯でも奢ってもらうことで手を打とうと思った矢先、ドーマの口からとんでもない提案が飛び出してくる。
「そうだぜエドさん! エドさんだったら、俺の尻を貸してもいいぜ!」
「ブホッ!?」
「? ドーマ君、『しりをかす』って何? しりって、お尻のこと?」
「いや、俺もよく知らねーんだけど、酒場でオッサンが『あいつには命を助けられた。あいつになら俺の尻を貸してやってもいい』って言ってるのを聞いたことがあるんだよ。だから多分、スゲーお礼なんだろ?」
「へー、そうなんだ。あ、じゃあ僕も貸します! どうするのかわからないですけど」
「なら俺も! エドさん、俺達の尻を借りてやってください!」
「ゲホッ! ゴホッ……ま、待て。ちょっと待て!」
「フフフ、エドったらモテモテね?」
「勘弁してくれよマジで……」
ニヤニヤと笑うティアをそのままに、俺は「尻を貸す」と迫ってくるジンク達三人に対し、どう説明したものかとひたすらに困惑を重ねるのだった。




