間章:神との語らい その三
「さて、これでお主に語るべきことは大体語り終えた。後はお主を元の場所に帰すだけだが……その前に何か聞きたいことはあるか?」
「ん? そうだな……」
ヌオーの問いに、俺は腕組みをして考え込む。神様と直接対峙して話せる機会なんてそうあるとは思えないから、この際聞けることは全部聞いておきたい。
「あー……あ! じゃああれだ。前の世界っていうか、一周目とかそれ以前の世界のことってわかるか?」
「む? わかるが……それがどうかしたのか?」
「いや、さっき俺が会った魔王……エルドは、神の欠片を押さえ込むために封印されてたわけじゃん? でもそうなると、それ以前の魔王はどうして封印されてたのかなって。『丘の人』が存在してるなら、あんたには会ったんだろ?」
三周目である今とそれ以前の違いは、当然「神の欠片」が存在しているかどうかだ。で、三周目のエルドが封じられていたのは、偏に「神の欠片」の力を抑えるためでしかない。
だが、一周目の時、俺は確かにギンタから「魔王は封印されている」と聞いている。「神の欠片」が存在しないのに、何故ヌオーと出会い地上を繁栄させていたはずのエルドが封印されていたのか? その理由が全くわからないのだ。
まあ、これは単純な俺の好奇心だ。わからなくても困るわけではないが、おそらく今の機会を逃すと永遠に知ることができなくなりそうなので、聞けるのならば聞いてみたい。
「ふむ? 確かに以前の魔王……エルドも封印されているな。その理由は……戦争だな」
「は!? 戦争!?」
「そうだ。人は自分の持たぬものを羨み、自分と違うものを受け入れづらい。そんな妬みと不寛容がきっかけの、何処にでもある戦争だ。ただし邪魔者がいないことで順調に発展していた地上の人間達の力は、水中の人間達に数こそ劣っていても十分に対抗できる強さとなっていた。
そのため小競り合いから始まった争いは徐々にその規模を増していき、このままでは世界に取り返しのつかない傷がつく……そう判断したあの男は、自らが全ての元凶となることで争いを終結させる道を選んだのだ」
「おぉぅ……そうか。それで『魔王は丘の人に封印された』となるわけか」
全ての罪を自分に集約させ、争っていた二つの勢力が協力して自分を封じるように仕向けた。誰より世界を愛するが故に己を犠牲にして世界を守る……何とも皮肉というか、悲しい話だ。
「そう言うのって、あんたは干渉しないのか?」
「しない。というか、お主達は人の視点でばかり語るが、生存競争なぞ日常だぞ?」
「……おっと、そりゃそうだな」
世界に生きているのは、何も人間だけじゃない。虫や獣、魔獣だって互いに食い合い、奪い合い、精一杯に生きているのだ。それを人の価値観、倫理観だけで語るなんざ、それこそ傲慢の極みだろう。
っていうか、そうか。それこそが「神の視点」なのか。その存在を知っているが、見下すとか差別とかですらなく、そもそも同等の命として扱っていない。俺達が虫をそうするように、神は人をそう見ているというのであれば……
「? どうした?」
「いや、ちょっとした自己嫌悪というか……まあ気にしないでくれ」
割とガッツリへこみそうになったが、こういうのはもう「それはそれ」と割り切るしかない。実は虫も俺達と共存しようと必死に話しかけてるけど、俺達には耳障りな羽音にしか聞こえないから無慈悲に殺し続けてる……とか想像し出すと、本当に何もできなくなりそうだ。
ならばこれは俺の罪として背負おう。襲ってくるなら、奪おうとするなら、それがどんな相手でも受けて立ち、打ち倒す。俺もまたこの世界に生きる一つの命なのだから。
「質問の答えはこれでいいか? もう他に聞きたいことはないか?」
一人で勝手に落ち込んだり立ち直ったりしている俺に、ヌオーが追加で声をかけてくる。
とはいえ、そうだな。本当にこのくらいで、他に聞きたいことは……あ。
「なら、最後にもう一つだけいいか?」
「何だ?」
「あんたの本当の大きさが知りたい」
それは目の前に小さな魚が現れた時から感じていた違和感。この魚がヌオーであることに間違いはないんだろうが、それが見たままの大きさであるとは限らない。
というか、普通に違うだろう。だって最初の頃とかヌオーが喋るだけでスゲー振動とか来てたし。であれば本体は相当に大きいと予想できるが……果たして。
「ほう、儂の大きさか……知りたいと言っても、儂の姿はお主の目の前にあるであろう?」
「は? これはあんたが俺にわかりやすいように――」
「そうではない。あるのだ、本当に」
そう言うと、目の前の魚の姿がパッと消える。だがそれでも俺が感じているヌオーの存在感は何一つ変わっていない。
「この場ならば、そしてお主ならば感じられるだろう。さあ、元の場所に戻すから、その間に見極めよ」
「ちょ、おい!?」
俺の体がふわりと浮き、上の方へと吸い込まれていくのを感じる。俺は思わず手足をバタバタさせてみたが、宙に浮いている状況でその力に抗う術などあるはずもない。
「この状況で感じるって…………?」
凄まじい勢いで移動している気がするなか、俺は目の前に広がる暗闇に目をこらす。すると遙か遠く、地平線とでも呼ぶべき場所の闇がほんのわずかに濃いように感じられた。
「……………………ははっ」
もしもここが普通の地上なら、山より高く、雲より高く。空を突き抜け宙へと至り、天に輝く星に手が届きそうな高さに至った俺は、ようやくにしてそれを見る。
闇の中に浮かび上がる、何の変哲も無い魚の姿。だがその大きさは常軌を逸し、鱗一枚が大陸一つに匹敵するのではないかとすら思える。
「おお…………そうか、それで水の世界だったのか…………」
視線を巡らした先には横向きになったヌオーの目が見え、そして唐突に悟る。俺達が旅をしたあの世界は、どうやらヌオーの目の上だったらしい。
瞳を覆う水の膜。だからこそ水中であり水上があったのだ。ここから裏側をうかがい知ることはできねーが、きっと反対側の目には、俺のせいで増えたもう一つの世界が存在していることだろう。
「ん? とすると地面ってのは、実は目垢だったりするのか? うわ、それは知りたくなかったな……」
巨大な海が神の涙なんて言われると何となく尊い感じになるが、高い山が神の鼻くそとか言われたら、一気に敬う心が失われる気がする。うむ、やはり全てを知ることが必ずしも幸せに繋がるわけではないということか。まあそれはいいとして……
「この大きさで、俺がぶん殴りたい『神』からすると、小魚なのか? マジでどんだけだよ……」
目標の遠さを改めて見せつけられ、何ともげんなりした気分になる。だが目指す目標が明確であるという事実は、俺を奮い立たせる原動力ともなる。と、一人百面相を幾度も繰り返す俺の耳に、不意にヌオーの声がまた届く。
「……そうだ。すっかり忘れていたが、最後に儂の加護を与えよう。根本的なアレの縛りには干渉できないが、それでもお主の進む道の一助にくらいはなるはずだ」
「今!? あ、ありがとうヌオー! って、これ聞こえてるか?」
「聞こえているとも。だがそれもここまでだ。さらばだエドよ。終焉を司る心優しき魔王よ。お主の旅路に幸多からんことを、儂は心から願っているぞ」
「あんたもな! いつかもうちょいでかくて強くなったら、今度は俺の大事な相棒を連れて、一緒に遊びにくるぜ!」
「ふぁっふぁっふぁっ! ならばその日を楽しみに――」
ヌオーの言葉が最後まで届くこと無く、俺の周囲が光に包まれる。そして次の瞬間……
「エド? どうしたの?」
「……あん?」
目覚めた俺が握っていた第〇一二世界への扉のノブは、もう回ることはなかった。




