あえて未練を残すのは、割とありがちな対応らしい
そうして人知れず救世の勇者となったギンタや元魔王と一緒に、俺達は最後の旅を楽しんだ。いくつかの遺跡を回り、ちょっとしたお宝なんかも見つけつつ、ひと月ほどかけてトゥーライの町近くまで移動して……そして今、俺達はギンタと出会った場所にて、船に乗っていた。
「本当に、帰っちゃうのかギョ……?」
「成人の儀を見てからにするかどうかはちょっと迷ったんだが、区切りとしては今の方がいいかと思ったんだ。それに同じ顔が二人いるのは、色々と面倒臭そうだしな」
「む……」
俺の言葉に、元魔王が微妙な表情を浮かべる。俺が水着なのに対し元魔王は普通の服……水中でも動きを阻害しない、特殊な服らしい……を着ているので見た目こそ違うが、顔の方はそっくり同じだ。まあ元が同一人物なので当然と言えば当然だけども。
「それに本物の『丘の人』が現れたんだ。なら俺達みたいな偽物はもういいだろ?」
「そんなこと!? そんなこと無いギョ! いや、確かにエド達は『丘の人』じゃなかったのかも知れないけど、そんなの関係ないギョ! 二人とも、オレの大事な友達だギョ!」
「ありがとうギンタ。私にとってもギンタは素敵なお友達よ?」
「勿論、俺にとってもな。でも、だからこそここまでだ。この世界の厄介ごとはほぼほぼ片付いたはずだが、俺達にはまだやることがあるんだ」
「ギョォォォォ……」
「そう落ち込むなギンタよ。別れというのは、未練があるくらいがちょうどいいのだ」
肩を落とすギンタに、元魔王が声をかける。ちなみに元魔王の方はギンタの隣……つまり船には乗っておらず、水面から肩くらいまでを出している感じだ。別れの場面としてはやや間抜けな感じがするが、これこそが互いの立ち位置を如実に表現している。
「また会いたいと思うからこそ、人は頑張れるのだ。次に会ったとき、その相手に恥ずかしくない自分であろうとな。フフ、これからは大変だぞ? 何せ世界を救った今よりも立派な人間にならねばならんのだからな」
「ギョォォ、それ何回言われても全然実感が湧かないギョ。ぶっちゃけオレがしたことなんてエドに付いて行っただけで、後は最後に邪魔しただけギョ?」
「それでもだ。ギンタと同じ事は、ギンタ以外の誰にもできなかった。それにギンタがいなければ、私はたった一人でこの世界にほうり出されていたところだぞ?」
「そういうこった。今の世界じゃ誰にも自慢できねーだろうけど、ギンタが頑張ったことは俺達が知ってる。だから胸を張っとけって」
「……わかったギョ。ならオレは、オレの偉業を自慢できるように世界を変えてみせるギョ!」
「おぉぅ?」
微妙にずれた気のするギンタの言葉に、俺は思わず首を傾げる。が、ギンタは得意満面な笑みでギザギザの歯をキラリと輝かせる。
「トレジャーハンターとして有名になって、その名声で歴史の真実を証明するんだギョ! そうすればオレが世界を救ったことだって自慢できるようになるギョ! ギョッギョッギョッ、これは素晴らしい思いつきだギョ!」
「そ、そうか……あー、まああれだ。頑張れ?」
「頑張るギョ! だから……エド達が次に来た時は、二人ともこの世界の英雄だギョ! それを確かめに、きっとまた来るんだギョ!」
「ギンタ……ねえ、エド?」
「ああ。実際に来られるかは何とも言えねーけど、見届けるのは約束する。楽しみにしとくぜ?」
「任せるギョッ!」
笑う俺に、ギンタがドンと胸を叩く。その勢いでバチャンと水が飛んできたが、快晴の空の下ではそれもまた気持ちがいい。
「ふぅ……んじゃ、そろそろ行くか。って、そうだ。なあオイ、いい加減名前は考えたか?」
話が一区切りついたところで、俺はふと元魔王に問う。人間として生きるなら名前は必須だが、何度聞いても「まだ考えているところだ」としか言われなかったのだ。
故に今回もそうかもと思ったが……元魔王は俺とそっくりの顔で、俺と同じくニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、考えたぞ。だがその前に……これを受け取れ」
「おっと、何だこりゃ?」
元魔王が投げてよこしたのは、金色の指輪だった。穏やかな波のような文様の刻まれたそれは、素朴ながらも神秘的……あるいは神聖な気配が感じられる。
「それは私がヌオーからもらったものだ。それを身に付けていれば、おそらくお前もヌオーに会うことができるだろう」
「え、マジか!? でも、どうやって?」
「それはわからん。一番簡単で確実な方法は死ぬことなのだが……」
「死ぬのは簡単じゃないと思うギョ……?」
元魔王の言葉に、ギンタが白い目を元魔王に向ける。が、俺にはその意味がわかった。確かに、死ねば人は魂になる。そして魂だけならば、肉体を伴うより遙かに簡単に世界の壁だのなんだのを越えられるのだ。
無論、そうは言っても普通の人間なら死ねば終わりで、自我など保てるはずもない。だが俺にしろこいつにしろ、魔王は魂になったくらいで揺るいだりはしない……本来なら。
「あー、悪い。その方法は今の俺には無理っぽいな」
「話に聞く限りだと、そのようだな。だがそれでも、お前が持っていること自体はヌオーに伝わる。いつかは邂逅する機会も得られよう。持っていけ」
「いいのか? お前にしたって大事なものだろ?」
俺の問いに、元魔王は満足げな笑顔で静かに首を横に振る。
「いいのだ。今の私は名実共にこの世界の人間だ。であれば私が死ねばその魂はヌオーの元にいくはず。それが無かったとしても、私はヌオーに会えるのだ。きっと山ほどの土産話を持ってな」
「ギョッギョッギョッ! 一緒に頑張るギョ!」
元魔王の肩にギンタが手を回して言う。俺達が帰った後、二人は一緒にトレジャーハンターをすることになっているのだ。その冒険はきっと心躍るもので、想像するだけで楽しそうだ。
「ということだから、遠慮無くもらってくれ。普通に指に嵌めておけばいい」
「わかった。おお、ピッタリだな……って、うぉ!?」
右手は剣を握るので、左手の人差し指に嵌めてみると、指輪は吸い付くようにピッタリと収まり……だが、そのままスッと消えてなくなってしまう。
「おいこれ、消えちまったぞ!?」
「神器とはそういうものだ。魂に同化するから、お前が意識して外そうとしなければ外れない。世界の移動時に肉体が巻き戻るという話だったが、それも問題無いはずだ」
「そうか、ならいいけど……じゃ、それはそれとして今度こそ名前を――」
「ギンタ!」
「エド! ティア! 今までありがとうギョ! 二人をオレの仲間から『追放』するギョ!」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「へ!?」
何故かいきなり「追放」されて、俺は戸惑いの声をあげる。隣ではティアもビックリしているので、仕込みじゃない……え、何だこりゃ?
「……今のは嘘だギョ! 二人はずっとずっと、オレの大事な友達だギョッ!」
「私の名は『エルド』だ! お前から名をもらった! では、さらばだ!」
そんな俺達の前で、ギンタと元魔王……エルドがそう叫び、水の中に消えていく。その姿は透明な水の向こうでグングン遠ざかっていき……
「ねえエド、ひょっとしてあの二人、追放されてからこの世界を出て行くまで一〇分かかるって知らなかったんじゃない?」
「ありゃ、言ってなかったか? 道理で……」
二人からすれば、俺達が消える寸前に今の言葉を伝えたかったんだろう。が、俺達はここであと一〇分、ぼんやりと船の上でその時を待つ必要がある。
「はーっ、しまらねー終わり方だなぁ」
「フフッ、そうね。でも凄くギンタらしいし、私達らしくもあるんじゃない?」
「はっはっは、まったくだ。なら最後に少しはしゃいどくか?」
「きゃっ!?」
本当はギリギリで消そうと思っていた船を、俺は今「彷徨い人の宝物庫」にしまい込む。すると当然足場が消え、俺達は水の中へと落ちた。
「ちょっとエド、何するのよ!?」
「せっかく水の世界に来たんだ。なら最後まで水遊びに興じるのもいいかと思ってな」
「もーっ! それじゃせっかく水上に出た意味がないじゃない! そんなエドには、こうよっ!」
立ち泳ぎをするティアが、俺に思い切り水をかけてくる。ならばと俺もお返しをすれば、二人でバチャバチャと子供のように水を掛け合うことになる。
「アハハッ! ほらほら、まだまだ行くわよ?」
「わぷっ!? ちょっ、まっ!? 多い! 多いから!」
「何よ、エドが始めたんでしょ? さあ、これでトドメよ!」
「は!? おま、魔法使うのは卑怯だろ!?」
「ざぶーんと沈んじゃいなさい! いけーっ!」
「がぼがぼがぼっ……」
『三……二……一……世界転移を実行します』
白い泡に包まれた俺が最後に見たのは、何処までも澄み渡る青と蒼の世界だった。




