その葛藤と決断には、黄金よりも価値がある
前半部は三人称です。ご注意ください。
「ギンタ、お前……自分が何してるのかわかってるのか?」
出会ってから、おおよそ四ヶ月と少し。期間としてはそれほどでもないが、過ごした時が濃密だっただけに、ギンタはエドを親友のように感じ始めていた。
だが、そんな親友が今は自分に剣を向け、冷たい視線を投げかけてくる。その事実に思わず足が引っ込みそうになり、ギンタのなかに疑問が湧き上がってくる。
(本当にオレは何をしてるギョ!? いや、でも……)
「わ、わかってるギョ……多分」
「多分て、お前……」
「仕方ないギョ! 自分でもよくわからないけど、とにかくそんな結末は納得できないんだギョ!
だってこの人は、オレ達の世界を守るためにこんな暗いところでずっと一人で頑張ってたギョ? なのにその最後がこれなんて、そんなのあんまりにも酷すぎるギョ!」
可哀想。ギンタが魔王に抱いた感情を表すならば、それが最も適切な一言となるだろう。誰にも知られず報われぬ努力を続け、最後は人知れず消えていくなんて、そんなのは悲しすぎる。
程度は天と地ほどの違いがあるとはいえ、未成年の見習いトレジャーハンターとして努力をしてもなかなか家族に認められることのなかったギンタにとって、それはある種のシンパシーを感じさせるものだった。
「この人を切り捨てるなんて駄目だギョ。この人は報われなきゃ駄目だギョ! だからエドがこの人をどうにかするって言うなら……オレはこの人を守るギョッ!」
覚悟を決めた目で、ギンタはエドを見据える。だが見られた方のエドは、構えた剣こそ下ろさないものの、何とも困ったような表情を浮かべている。
「いや、そう言われてもな……一応もう一回確認しとくけど、俺がここで終わらせなくても、そいつは近いうちに死ぬ。そしてその時はそいつと一緒に世界全部が終わることになるだろう。
お前はあれか? 自分のために家族も世界も全部巻き込んだ壮大な自殺でもしてーのか?」
「そんなわけないギョ! オレは死にたくないし、家族だって死なせないギョ!」
「ならどうすんだよ? 何か別の手段があるのか?」
「それは……無いギョ…………で、でも、今から考えれば――」
「今から? こいつが仲間と一緒に考え尽くしてもできなかったことが? ここで何千年だか考え続けても思いつかなかった手段が? 今ここで、こいつが生きてる間に都合よく閃くと? それは流石に世の中舐めすぎだろ?」
「ギョォォォォ……だ、だけど…………」
「もういい」
言葉に詰まるギンタに、その背後から魔王が声をかける。神の欠片に冒された体は今も激痛を訴えているが、にも拘わらずその表情は穏やかだ。
「もういいのだ、ギンタよ。お前の気持ちは嬉しいが、私はここで終わらねばならない」
「そんな!? でも、だって……」
「たとえ我が眷属が全て滅んでしまっていたとしても、この世界を守りたいと思う気持ちに、今も一片の偽りもない。
故に頼む、ギンタよ。私を受け入れてくれたヌオーの愛し子よ。世界を守るという私の覚悟を、どうか受け入れてくれ」
「ぐっ、うっ、うぅぅぅぅぅぅぅぅ……………………っ!」
ギザギザの歯を砕けんばかりに噛み締め、ギンタの喉から魂のうなり声が漏れ出す。血が滲むほどに握った拳が緩むと、ゆっくりと床に落ちた槍がカランと小さな音を立てた。
「僕は……無力だ。あの日憧れた英雄には、到底届いたりしない……っ!」
「はは、そんなことねーさ」
打ちひしがれるギンタの肩を、エドがポンと叩いてその横を通り過ぎる。目を閉じ全てを受け入れた魔王に向けて、エドの黒い剣が振るわれ――
「ふぅぅ……終わったぞ」
「……………………え?」
せめて偉大な王の最後の姿を目に焼き付けようと振り向いたギンタの前には、神の欠片から解放され、キョトンとした顔で玉座に座る親友そっくりの男の姿があった。
「な、な、な!?」
「……何故私は生きているのだ?」
俺の隣では大口を開けたギンタがガクガクと震えており、目の前ではかつて魔王だった男が訝しげな目を向けてくる。が、それこそ心外だ、俺は小さく肩をすくめて苦笑しながら答えてやる。
「何でって、当たり前だろ? 俺はこの状況を終わらせるって言ったんであって、殺すなんて一言も言ってねーだろうが」
「ど、ど、ど」
「どういうことだ?」
「そのまんまだよ。お前の中の神の欠片は、確かに俺が終わらせた。ただあそこまで食い込んじまってると流石に神の欠片だけってのは無理だったから、魔王の力ごと全部終わらせたって感じだな。
ったく、大損だぜ。一応回収はしたけど……これちゃんと戻るのか?」
自分の力で自分の力を傷つけられるか? 答えは当然の如く「是」だ。だがつけた傷が治るかと言われると、それは何ともいえない。普通の奴ならともかく、俺は終焉の魔王エンドロールだからな。
まあ、最悪戻らなくても高々一〇〇分の一だ。目の前にある報酬に比べれば、その程度の手数料は鼻で笑い飛ばしてやるさ。
「待て、それでは答えになっていない。力を回収されたというのなら、何故私は生きているのだ?」
「それこそさっき自分で言ってたろ? お前には魔王の力の他に、ヌオーとかいう奴の与えた肉体があった。で、そっちが残ってるから生き残った。ただそれだけのことだ。
あ、でも、魔王の力はもう無いから、今後は普通の人間と同じく年を取って死ぬぞ? その後は……どうだろうな? お前の魂がどんな風に巡るのかは俺にはわかんねーけど、多分他の人間と同じ扱いになるんじゃねーか? そのヌオーが手を回せば別だろうけど」
「……それはつまり、私は普通の人間になったということか?」
「だな。ま、そのくらいは我慢してくれよ」
不老も不死も不滅も、その全てを俺が奪い取ってしまった。元を考えればとてもじゃないが「無事に助かった」とは言えない状況だろうが……ニヤリと笑う俺の前で、元魔王は涙を流して両手で顔を覆う。
「我慢!? 我慢など……ああ、まさか私が人間に……普通の人間として生きられるなど……っ!?」
自分の泣き顔を眺めるのは、何とも気恥ずかしい感じがする。が、そんな気分に浸る暇もなく、ギンタが俺に掴みかかってきた。
「エド、エド! お前これ、最初からこうするつもりだったギョ!?」
「ん? そうだぞ?」
「じゃ、じゃあ何で最初からそう言わないギョ! これじゃオレがとんでもない間抜けみたいだギョ!」
「みたいっていうか、そのものだな」
「ギョァァァァァァァァ!?!?!? は、恥ずかしいギョ! 恥ずかしすぎるギョ! 壺があったら潜り込みたい気分だギョーッ!
そう言えばずっと何も言わなかったけど、ひょっとしてティアも知ってたギョッ!?」
「私? 結末を知ってたわけじゃないけど、エドがすることだもの。きっといい感じにまとめてくれるんだろうなーって思ってはいたわよ?」
「ギョハァァァァァァァ!? これ、完全にオレだけ踊ってた感じだギョ!? 酷いギョ、弄ばれたギョーッ!」
「いやいや、そんなつもりはねーって。なあギンタ?」
「何だギョ? 改めて馬鹿にするつもりかギョ?」
ニッコリ笑うティアに、この世の終わりのような顔つきになったギンタの口から怨嗟の叫びが溢れ出る。俺はそんなギンタの肩に手を置き声をかけたが、ギンタは見事なふてくされ具合でプイと顔を逸らしてしまった。
そんな態度に少しだけ苦笑いを浮かべつつも、俺は心からの敬意を込めて語りかける。
「俺が詳しく話さなかったから、お前はあの状況で真剣に悩んで、決断した。その想いを、葛藤を、絶対に忘れるな。そうすりゃお前は本当に英雄になれる。誰かが勇壮に語り継ぐ派手なだけの英雄じゃなく、本当に大切なものを守って戦う、真の英雄にな」
「エド…………っ!」
ギンタの顔に驚愕が浮かび、次いでその目に涙が浮かぶ。そして最後には俺の体をギュッと抱きしめてくると、大声をあげて泣き始める。
「ギョォォォォ! エドはやっぱりオレの親友だギョ! 単に底意地の悪い負けず嫌いの格好つけ野郎じゃ無いギョーッ!」
「はっはっは……え、お前俺の事そんな風に思ってたのか?」
「ギョォォォォォォォォ! ギョォォォォォォォォ!」
「おいギンタ、俺の質問に……はぁ、仕方ねーなぁ」
「フフッ、エドったらモテモテね」
ティアの笑顔に見守られながら、俺はギンタの背中をさすってやる。男にもてる趣味はないんだが……ま、たまにはこんなのもいいだろう。
こうして世界崩壊の危機は、それを為した勇者の名共々、誰に知られることも無く回避されるのだった。




