重要なのは正しさよりも、自分が納得できるかどうかだ
「『丘の人』が魔王の眷属……っ!? なら今まで僕達が学んできた歴史は、一体なんだったって言うんだっ!?」
魔王の語った真実は、よそ者である俺やティアにとってはともかく、この世界に生きる者にとってはとんでもない衝撃だったんだろう。まるで悲鳴のような声でギンタが叫び……しかし俺は別の意味でギンタの方を振り返る。
「……ギンタ? お前、その口調……?」
「はっ!? ち、違うギョ! なんだったんだって言うんだギョ!」
「いや、それは流石に今更過ぎるだろ……」
「そう言えば、ガンタさんが、ギンタは誰かに憧れてそんな口調にしてるって言ってたものね。ひょっとしてそっちが普通のしゃべり方なの?」
「違うギョ! そんなことはこれっぽっちもあり得ないギョ! オレは二年も前からずっとこうして喋ってきたんだギョォォォッ!」
「二年って、割と最近じゃねーか……ま、まあいいや」
それはそれで突っ込みどころがあるが、今は魔王の話を聞く方が先決だ。俺達が意識を戻すと、魔王が話を再開した。
「……続けるぞ。さっき『生まれて死ぬ』と言ったが、私自身は不老不死だ。体が傷つき失われることはあったが、私の魂はその程度では揺るがないからな。であれば肉体の破損などすぐに修復できるし、事実上の不老不死と変わるまい。
ただし、私の血と肉より産み落とされた眷属は別だ。彼らは人間と同じように産まれ、子を成し、そして死ぬ。私の影響で水中での生活はできなかったし、水中の人間と子を成すことは不可能だったが、彼らは『永久なる大地の子供』というもう一つの人間種族としてこの世界に根付いていった。
平和だった。満たされていた。無論差別や偏見、格差などの問題は幾らでもあったし、醜い争いで血を流すこともあったが、それもまた生きるということ。私はヌオーに任された地上を発展させつつ、ヌオーが育む水中の者達との未来を模索し、世界は発展していって……しかしその歩みを阻害するモノが、ある日空からやってきた」
そこで一旦言葉を切ると、魔王が忌々しげに己の左半身に視線を向ける。植物の根のように食い込んだ白いナニカは、今もドクドクと小さく脈打っている。
「それが何なのか、最初はわからなかった。だがすぐにヌオーが、あれは自分とは違う、自分よりずっと大きな神の力の欠片だと教えてくれた。そしてそれは、こちらが話しかける間すらなくいきなり世界を破壊し始めたのだ。
その力は圧倒的だった。肉の器を手に入れてしまったが故に弱体化した私では押しとどめることは敵わず、どんどん世界が削られていく。死力を尽くして倒しても、次の日には何事も無かったかのように復活してしまう。そんな敵に対して我らがとった最後の手段は、敵を封印することだった。
無論、世界を壊していくような敵を封じるのだ、なまなかなモノでは不可能だろう。だが私には最高の素材に心当たりがあった。それが――」
「お前自身の体、ってわけか……」
思わず漏らした俺の呟きに、魔王が俺の顔でニヤリと笑う。
「そうだ。不老不死の肉体に縛り付け、不滅の魂で押さえつける。これ以上に封印に向いた素材などないだろう? 私は迷うことなく神の欠片をこの身に取り込み、そして押さえ込んだ。
そしてその封印ができるだけ長く保てるように、私自身をもまた重ねて封印したのだ。水上より、遙か一二〇〇〇メートル。ヌオーの光すら届かぬ、この谷底にな」
「光のない谷底……ってことは、まさかここって『底なしの谷』の一番下ギョ!?」
「ん? 現代ではそう呼ばれているのか? 私にはわからないが、お前がそう思ったなら、おそらくそうなのだろう」
驚くギンタに、魔王が優しげな声をかける。さっきからの様子や語りの内容からするに、どうも魔王はギンタ……というかヌオーの生み出したこの世界の「人間」に、並々ならぬ思いがあるようだ。
まあ、当然だ。そうでなければ、こいつが今ここにこんな姿でいるはずがない。
「あれからどれだけの時が経ったのか……なあギンタよ。お前は私が封印されたのを『ずっと昔』と言ったが、一体どれほどの時が経ったのだ? 残してきた我が眷属達は、今も地上で……水の上で暮らしているのだろうか?」
「それは…………」
魔王の問いに、ギンタはギザギザの歯を噛み締める。そしてその表情に、魔王は寂しげな笑みを浮かべる。
「そう、か……いや、そうなるほどの時間、神の欠片を封じられた我が身を褒め称えるべきか? ははは……だが、すまんな。それもそろそろ限界のようだ。ならばこそ、お前達がここに来たのだからな」
「それって、貴方が船ごと私達を転移させたってこと?」
ティアの問いに、魔王が頷く。
「正確には、鍵に付けていた緊急装置が働いたのだな。おそらくだが、ここに来る前に息苦しさのようなものを感じなかったか? それに、封印の扉はどうなっていた?」
「えっと……今は平気だけど、気を失っちゃったのが鍵の力ってことじゃないなら、そのくらいには苦しかったってことかしら? 扉は……」
「ちょっとだけだけど、開いてたギョ」
「やはりそうか。それはおそらく限界を迎えた封印の扉が内側から破られかけていたせいで、ヌオーの定めたこの世界の法則が、一瞬とはいえ消えかけたせいだろう。
そして強制転移は、封印が解けつつあることを感知した鍵が、本来ならばここから地上に戻るときに使うはずの力で無理矢理お前達を呼び寄せた結果だな。すまぬ」
「楽できるのは片道だけだったってことか。なら帰りは随分と大冒険になりそうだな」
「だろうな。存分に楽しんでくれ」
冗談めかして言う俺に、魔王が軽く笑って言う。だがその表情はすぐに真剣なものに戻り、まっすぐに俺の目を見てくる。
「これでおおよそ、話すべきことは話した……なのでここからは、純粋に私の願いだ。なあ、我が本体よ。終焉の魔王エンドロールよ。私をこの忌々しい神の欠片共々、お前の手で終わらせて欲しい」
「……それでいいのか?」
魔王の願いに、俺は静かに問い返す。すると魔王は安堵と諦めの入り交じったような表情で、力無くその首を横に振る。
「いいとも。むしろ考え得る最良だ。正直、これはかなり分の悪い賭けだったのだ。私が封印を保たせている間にお前がやってくるとは限らないし、来たお前がどんな行動をとるのか、ヌオーの祝福を受けて別物となってしまった私にはもう推測することすらできなかった。
故にもし間に合わなかったり、あるいはお前がその名の通りにこの世界に終焉をもたらすような存在であったなら……私はここで朽ち果てて、やがて世界はお前の、あるいは神の望むとおりに終わりを迎えていたことだろう。
だが、お前は来てくれた。外様の我らを排除するために存在する勇者。この世界の意思にしてヌオーの愛し子たる勇者と手を取り合い、私の元までやってきてくれたのだ。
これを運命と言わずして何だと言うのだ? 私の終わりで、世界は続く。これ以上に望むことなどあるはずもない」
「…………そうか」
力無く微笑む魔王を前に、俺は腰の剣を抜き放った。扉の封印は既に解き放たれており、俺の力は戻っている。ならばこそ暗い水底の世界に照らし出された夜明けの如き刀身は、しかし今終わりをもたらす黒い光にゆっくりと包まれていく。
「ちょっ、エド!? 何するつもりだギョ!?」
そんな俺に、ギンタが声をかけてくる。だが俺は横目でチラリと見ただけで、魔王から顔を逸らさない。
「何って、話を聞いてただろ? そいつの望みを叶えてやるのさ」
「望みを叶えるって、今の話の流れだと殺すってことだギョ? そんなの駄目に決まってるギョ!」
「……違う。殺すんじゃない、終わらせるんだ」
「どう違うのかわからないギョ! それとも、この人は無事に助かったりするのかギョ?」
「それは……無理だな。悪いが、そんなに優しい力じゃねーんだよ」
「ならやっぱり駄目だギョ!」
「……ハァ。なあギンタ。俺は――」
「ど、どうしてもって言うなら!」
足を震わせ、手を震わせ、声を震わせ……しかしギンタが槍を手に、俺の前に立ちはだかる。
「オレが相手だギョ!」
世界を壊す神の欠片。それを取り除く最後の障害は、死にかけの魔王を守る勇者の存在であった。




