確信は可能性であり、絶対そうなるわけではない
その後、俺達は流れでギンタの家に泊めてもらうことになった。俺はギンタの、ティアはリーティの部屋でそれぞれ夜を過ごし……そして翌日。
「ギョッギョッギョッ! 遂に今日から遺跡探索の始まりだギョ!」
「といっても、しばらくは慣らしだけどな」
家族に見送られ張り切って家を出るギンタを前に、俺は小さく笑いながら言う。あまりにも自然に暮らせすぎていて時折忘れそうになるが、あくまでもここは水中。地上と違って縦横無尽に移動ができるとなれば、日常生活はまだしも戦闘での動きは相当に勝手が違う。
となれば、流石に俺やティアでもある程度体と意識を馴染ませなければ、十全に力を発揮することは難しい。なのでこれから一週間は近くの遺跡で動きを確かめ、その後は一晩二晩程度の野営を含む近距離の遠征を行い、本格的な遺跡の調査はその後にするというのが、昨夜話し合って決めた今後の計画だ。
「それじゃ、さっさと行くギョー!」
「おう!」
「えいっ!」
その場で軽く地面を蹴り、俺達は一斉に上に向かって泳ぐ。そうして五メートルも上がれば遮るものは何もなくなり、あとは目的地に向かって一直線に泳ぐだけだ。
「本当、この世界の移動って楽ね。地上だったら山とか森とか、移動を阻むものは沢山あったのに」
「ギョ? 山も森も普通にあるギョ?」
「え、そうなの? エド?」
「ああ、あるぞ。山はそのままとして、森は大きく分けると珊瑚が乱立するところと、水草の群生地の二種類だな。中に突っ込むんだったら、むしろこの世界の方が厄介かも知れん」
山の中にできる洞窟は横だけじゃなく縦にも広がるため、内部の把握が地上より格段に難しい。珊瑚は硬くて尖っているものが多いし、水草は体に絡みついてくるため、やはり地上よりも抜けるのは難しい。
ただしどっちも大きく迂回することは可能だし、迂回に必要な労力はこの世界の方がずっと少ないので、単に通り抜けるだけならこの世界の方が楽だというのは間違っていないが。
「へー。そうなんだ」
「ギョォォ、エドは物知りだギョー」
と、そんなことを説明すると、ギンタとティアが感心したような声を出す。いや、ティアはともかく、ギンタがその反応なのは問題がある気がするが……まあいいや。
「あ、そうだエド。ちょっといい?」
「ん? 何だ?」
不意に、ティアがツンツンと俺の手を突いてきた。その意を汲んでティアの手を握ると、俺の中にティアの声が直接聞こえてくる。
『確認なんだけど、この世界の勇者ってギンタでいいの?』
『あれ? まだ言ってなかったか? そうだぞ、ギンタが勇者で間違いない』
『そっか。なら魔王は? 昨日一日過ごした感じだと、魔王が暴れてるって雰囲気が全然なかったんだけど……』
『あー、それか』
ティアの問いに、俺は微妙に顔をしかめる。これは俺にとっても頭の痛い問題であるからだ。
『この世界の魔王は……封印されてるらしい』
『封印!? それってえっと……トビー! あの世界で赤い石に封印されてたみたいになってるってこと?』
『「魔王の心臓」だな。いや、その辺の細かいところも、正直よくわからん』
一周目において、俺はギンタに魔王のことを聞いたことがある。すると返ってきた答えは、「ずっと昔に『丘の人』によって封印されたって話があるギョ」というものだった。
もしそれが本当であれば、魔王は今も何処かの遺跡に眠っているということになるが……
『どうすりゃいいか、ちょっと迷ってんだ。見ろよ』
言って、俺は手の上に「失せ物狂いの羅針盤」を出現させる。俺の意に沿い魔王の居場所が映し出されるが、金属枠の中には真っ暗な闇が広がり、次いで出現した羅針はクルクルと頼りなく回り続けるばかりで、方向を指し示すことは無い。
『何これ? どういうこと?』
『封印が完璧すぎるらしくてな。場所が探知できねーんだ』
俺がいて、勇者がいる。故に魔王は確実にこの世界に存在しているが、それを封じているのがどういう存在なのかがわからない。場所なのか物なのか……最悪あの「魔王の心臓」のような小さな宝石だったりした場合、世界中から手掛かり無しにそんなものを探し出すのは砂漠の砂から一粒の砂金を見つけ出すようなものだ。
『この世界のことを考えれば、封印されるような力の欠片は回収一択なんだが、そうは言っても喫緊に脅威がない状況で、徒労に終わる可能性が高い探索を何十年も続けるのはなぁ……』
『うっ、それは確かに辛いわね……』
封印が解けかけていて世界がヤバいとかなら、迷わず探す方を選ぶ。が、俺の「失せ物狂いの羅針盤」で探せない程に完璧な封印が為されているなら、わざわざ探して回収しなくても大丈夫なのでは? という思いもある。
確かに俺は全ての世界のハッピーエンドを目指しているが、それは俺が直接関わる人々の人生を幸福にしたいというくらいまでで、何百年、あるいは何千年ものあいだ全ての世界の平穏を約束するような壮大な目標ではないのだ。
『ってことだから、とりあえず魔王の件は保留だ。まあこの世界では最低でもまだ半年過ごすんだから、その間にわかることとかもあるだろ』
『そうね。昨日来たばっかりなんだし、まだ焦る段階じゃないわよね』
『そういうこった』
「おーい! 二人とも何してるギョー!?」
「おっと、悪い!」
思ったよりも話し込んでしまっていたらしい。気づくと五メートルほど離れていたギンタが振り返ってあげる声に、俺は謝罪を口にしながら慌てて追いかけていく。
「まったく、いくらこの辺が安全だからって、ちょっと気を緩めすぎギョ?」
「悪かったって。別に油断してたわけじゃねーんだが……ほら、俺達って『丘の人』だから、泳ぐのには慣れてねーんだよ。ギンタだって地上を歩けって言われたら戸惑うだろ?」
「ギョッ? そう言われるとそんな気がするギョ。ならもうちょっとゆっくり泳いだ方がよかったギョ?」
「いや、もう慣れたから平気だ。なあティア?」
「そうね。それにいざとなったらこんなことだってできるし……ハッ!」
短く息を吐いた瞬間、ティアの体がかなりの速度で水中を飛んでいく。そのまま俺達の周囲をあっという間に一周して戻ってくると、そのドヤ顔にギンタが語りかける。
「ギョギョッ!? 今のは何だギョッ!?」
「水の精霊魔法で体の周りに水流を作って、私自身を押し出したのよ。フフッ、水中ならエドより早く動けるかも知れないわね」
「ほほぅ? それは挑戦とみていいんだな?」
「あら、勝負する? 負けるのが怖くないなら、受けて立つわよ?」
「いいぜ。その喧嘩、買った!」
挑発するような視線を向けてくるティアに、俺はニヤリと笑って受けて立つ。すると何故かギンタもそこに加わってくる。
「何だかよくわからないけど、面白そうだからオレもやるギョ! 人間として、『丘の人』に負けるわけにはいかないギョ!」
「なら、この石が落ちたらスタートよ。ゴールはあそこの岩のところね。いくわよ……」
足下の小石を拾い上げ、ピンとティアが指で弾く。全員が横一列になって構えるなか、ゆっくりと石が落ちて、あるいは沈んでいって……今!
「えいっ!」
「ギョッ!」
「へぶっ!?」
もの凄い勢いで直進するティアと、それなりの速度で泳いでいくギンタを見送り、俺は地面にキスをした。
……そうか。水中で「追い風の足」を使うと、足だけが高速で動いてこういう感じになるのか。ははは、また一つ勉強になったなぁ。
「やった! いっちばーん……って、エド!?」
「? 競争なのに、何でエドは歩いてきてるギョ?」
「……何でもねーよ」
鼻から血の煙を零しつつ、俺は精一杯の強がりを込めてそう言った。




