どんなに口で否定しても、親子というのは似てしまう
「ということで、明日からしばらく遺跡探索に出かけてくるギョ!」
夕食時、家族全員に俺とティアの二人が加わった席で、ギンタがそう宣言する。が、それを聞かされた者達の空気は重い。いや、ここは水中だから、水が重いとでも言うべきか……? うん、糞ほどどうでもいいな。
ちなみに、座っているのは長方形のテーブルで、長い方の一方に俺とティアが並んで座り、その正面にはギンタの母親シャーティと、ギンタの妹で一四歳のリーティ。細い方にはギンタとその父、ガンタが向かい合うように座っているわけだが……俺の隣にいるガンタが、ギンタの宣言にこれ以上無いほど渋りきった声を出す。
「ハァ……ギンタ。お前は成人を半年後に控えているというのに、まだそんなことを言っているのか」
「そんなことって何だギョ! むしろ成人前から働いてるんだから、そこは偉いと褒めてくれるところギョ!」
「褒める? 馬鹿を言うな。そりゃ一人前に稼いでいるならそうだろうが、お前のやっているのは単なる遊びだろう? それとも一人前を名乗るなら、もう小遣いはいらないのか?」
「ギョアッ!? そ、それとこれとは話が別じゃないかギョ?」
「そこで言い返せないから、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよ」
「それはどういう意味だギョ、リーティ!?」
「ふーん、自分の胸に聞いてみたら? ねえねえティアさん、それより地上の話をもっと教えて!」
「ええ、いいけど……」
リーティに話をせがまれたティアが、応じつつもギンタの方をチラリと見る。するとギンタは尖った歯をギギギと食いしばりつつも、肩を落として食事に戻った。
「ま、まあいいギョ。とりあえずエドとティアが『丘の人』だって信じてもらえただけでもよかったギョ」
「最初はどうかと思ったけど、これだけ地上の話を聞かされちゃうとねー」
「そうね。とっても面白いお話だわ」
リーティの言葉に、隣に座る母のシャーティも頷く。当初こそ疑われたが、俺達がせがまれるままに地上の話をしていると、気づけば普通に『丘の人』として受け入れられていた。
といっても本気で信じているというよりも、面白い話を沢山知っている人、くらいの扱いだ。まあ俺達としてもその方が都合がいいので構わないのだが。
ただし、そんな扱いをしてくれるのは母娘の二人だけだ。父親であるガンタだけは、俺の事を実に胡散臭そうに見つめてくる。
「なあギンタ。こんなことをこの場で言うのはどうかと思うが、本当に大丈夫なのか? その……」
「はは、気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。確かにガンタさんの視点でみたら、俺なんて怪しんで当然ですから」
成人前の息子に近寄ってきた、伝説の『丘の人』を名乗る人物。しかもそいつは「儲かる遺跡の場所に心当たりがある」と言って、息子を人気の無い場所に連れ出そうとしているのだ。人の親になどなったことはないが、それでも自分がガンタだったらと想像したら、こんな奴秒で蹴っ飛ばして家から追い出すことだろう。
「なんで、別に無理にギンタを誘おうとは思っていません。単にこいつをもらったお礼をしたいってだけなんで、要らないというのなら無理に押しつける気はありませんから」
そう言って、俺は水着に付けているブローチをポンと叩く。この世界では価値の無いガラクタだが、俺やティアにとっては掛け値無い貴重品であり、本当に金を払うなら金貨を何百枚と積み上げたっていいくらいの代物だ。
もっとも、そんな俺の言葉にギンタが焦ったような声でこっちに手を伸ばしてくる。
「ギョォォ!? 何を言い出すギョ、エド!? オレは絶対に遺跡に行くギョ!?」
「わかってるって。とにかく俺は何も強制する気はないってだけさ。少なくともギンタが行きたいって言うなら、間違いなく連れて行くし、ある程度は安全も保障する。こう見えて俺達は結構強いからな」
「そうなの? エドさんはともかく、ティアさんはそんなに強そうには見えないけど……」
ムンッと力拳を作ってみせる俺を見たリーティが、そう言いながらティアの方に視線を滑らせる。するとティアはニンマリと笑い、自分の手をテーブルの上に伸ばす。
「あらそう? でも私、こんなことができるのよ?」
そう言ったティアの手のひらの上に、不意にポコンと泡が浮かぶ。次いでその泡の中に小さな渦が巻き起こり、更には光を放ったり、バチバチと雷をほとばしらせたりもする。
「え、え!? 何それ凄い!」
「ギョォォォォッ!? まさかそれ、『丘の人』の秘法とか、そういうのかギョ!?」
「精霊魔法って言うの。流石に火は無理みたいだけど、他の属性は大体使えそうね」
ああ、如何にティアでも流石に水中で火は無理なのか……いや、むしろ水中なのに水以外の精霊を自在に使いこなしてるのが凄いのか? うーむ、その辺の細かいところは俺にはよくわからんが、とにかくティアが凄いということがわかればそれで十分だ。
そしてそんなティアのパフォーマンスを見たガンタが、しかめっ面から一転、まるで少年のような目でポカンと口を開けてティアの魔法を見つめている。だが俺の視線に気づくと、ガンタはゴホンと水を吐くと、真面目な表情でその口を開いた。
「う、うむ。確かに凄い力だ。そういうことならまあ……行ってもいい。だがギンタ、わかっているのか? 何日もかかるような遠征となると、今までのような日帰りの冒険とは訳が違うんだぞ? 人気の無い場所なら魔獣も出るし、人の手が入っていない遺跡には崩壊の危険も……」
「わかってるギョ! 父ちゃんは心配し過ぎだギョ!」
「そうは言うがな。親というのはいつだって子供の事を心配しているものなのだ。本当は今だって、トレジャーハンターなんて不安定な仕事は辞めて、きちんとした職に就いて欲しいと――」
「それも何度も聞いたギョ! でも俺の気持ちは変わらないギョ。確かに失敗しない安定した道は悪くないけど、オレは失敗する可能性があっても、夢に向かって挑むのを諦めたくないんだギョ!」
「むぅ……」
ギンタの言葉に、ガンタが唸るような声をあげる。この辺は個人の価値観と共に親子の会話でもあるので、俺は黙って聞いているしかできないが……そこでギンタの母、シャーティが徐に会話に入ってくる。
「いいじゃないですか、お父さん。私達の息子のことを、信じてあげましょう?」
「母さん……しかし……」
「それにお父さんだって、昔はトレジャーハンターになりたがっていたでしょう? ふふ、『オレは伝説のドン・アリゲルドみたいになるんだガー!』って言っていたのは、何処の誰だったかしら?」
「なっ!? か、母さん! それは秘密だって――」
「は? 父ちゃん、そんなアホみたいな事言ってたのギョ?」
「親に向かってアホとは何だ! お前だって未だに変な語尾を付けてるじゃないか! それはギョンギョルドの真似だろう? もうすぐ成人なんだぞ! いい加減恥を知りなさい!」
「そんなの父ちゃんには関係ないギョ! オレは絶対、トレジャーハンターとして歴史に名を残すんだギョーッ!」
喧々諤々と言い合いを始める二人だったが、しかし食卓の雰囲気はさっきまでより段違いに明るい。そしてそんな父と兄を前に、リーティが目の前の肉団子をフォークで突きながら呟く。
「お父さんもお兄ちゃんも、どうして男って馬鹿ばっかりなのかしら」
「フフッ。そういうところが可愛いと思うこともあるのよ。貴方にもきっと、そのうちわかるようになるわ」
「えー、そうかなぁ? あたしは普通に格好いい人が好きだけど」
「何!? おいリーティ、お前まさか、その歳で好きな男でもいるのか!?」
「それは兄として見過ごせないギョ。よしリーティ、お兄ちゃんが鱗に賭けて見定めるから、そいつを紹介するんだギョ!」
「いないから! もーっ、二人とも嫌い!」
「ガァァッ!?
「ギョォォォッ!?」
牙を剥き出しにして怒るリーティに、ガンタとギンタの父子が声を揃えて驚愕の表情を浮かべる。そしてそんな家族の姿を母シャーティは笑顔で見つめ……部外者である俺は、それを少しだけ離れた視点で静かに見守る。
「随分と賑やかで楽しい家族なのね」
「ああ、そうだな。いいこった」
「そうね……ねえ、エド?」
「ん?」
不意に、隣に座るティアがそっと俺の手を握ってきた。なのでティアの方を振り向くと、透き通るような翡翠の瞳に俺の顔が映っているのが見える。
「家族とは違うのかも知れないけど……貴方の帰る場所は、ちゃんとここに繋がってるわよ?」
「……フッ、そうか。そいつは何とも、極上なことだ」
ほんの少し感じていた寂しさが、手から伝わる温もりで溶けていく。創られた器、捏造られた家族。何も無かった俺の手は、もうとっくに空っぽじゃない。
「こうなったら……エド、お前も協力するギョ! 二人で一緒に土下座して、リーティのご機嫌をとるんだギョ!」
「チッ、仕方ねーなぁ……って待て! 何だそりゃ? どうしてそんな流れになった!?」
「いいから一緒に土下座するギョ! じゃないと父ちゃんの頭の鱗が剥がされてしまうギョ!」
「意味がわかんねーよ! おいティア!」
「頑張ってねエド。私はこっちで応援してるわ」
「いつの間に!?」
一瞬のうちにシャーティの隣に移動していたティアが、笑顔で手を振っている。助けを求める俺の手は虚しく空を切り、強引に肩を組んできたギンタによって訳も分からず土下座させられそうになる。
こうしてなし崩し的に家族の輪に取り込まれてしまった俺達の夜は、賑やかなままに更けていくのだった。




