「次」を期待するくらいなら、今この時に全力を尽くせ
「あー、疲れた……もう一生分褒められた…………」
「フフッ、お疲れ様エド」
今回も無事「白い世界」……正式名称は「永遠の白」だったか? どっちでもいいけど……とにかくそこに帰り着いた俺は、すぐさまグッタリとその場で肩を落とした。
あの後、オーナー魔王からもらい受けた「神の欠片」をきっちりと処分した俺達は、約束通りニコと合流したわけだが……そのタイミングの関係で、魔王討伐の晩餐会的なものに参加せざるを得ない状況に陥ったのだ。
あれは酷い。オーナー魔王の腹の中と同じくらい酷い。見た目は確かに煌びやかだが、漂っている空気が何かもう酷い。
「何だったんだあれ? いつの間にか婚約者が八人くらいいたし、顔も知らない女に俺の子供ができてたらしいんだが……」
「あはは……男の人は大変ね」
「いやいや、ティアだって大分色々言われてただろ? 是非うちの息子と……ってお誘いがひっきりなしだったじゃん」
「そうね。前の時はゴンゾやアレクシスがそれとなく気を回してくれてたみたいだけど、そういうのが無いと随分露骨な感じだったわよね」
俺達は互いに顔を見合わせ苦笑する。お偉い王侯貴族の方々からすると、余計なしがらみがなく、それでいて比肩するもののない功績をあげた俺達のような存在は、最も利用しやすい存在なのだろう。
「はー、子供の頃に夢見ていた英雄譚の行き着く先は、あれなのか……夢も希望もありゃしねーぜ」
実際には俺に「子供の頃」などなかったが、それでも神の創った設定のなかでは、俺は英雄に憧れる子供だった。魔王を倒した勇者がお城の姫と結婚し、王様になって幸せな生活を……なんてのが英雄譚の定番だったが、現実はそんなに甘くないらしい。
「まあその辺の村人が王様になったからって、そりゃ政治なんてできるわけねーんだから当然だけどさ」
「そうね。私やエドがあのお誘いを受けても、私達に待ってるのは綺麗に着飾って武勇伝を語るだけの毎日だと思うわよ?」
「だよなぁ」
お飾りに徹する生き方が必ずしも不幸だとは言わない。人によっては自由と引き換えに責任からも解放され、適当な贅沢をしながらダラダラ生きていくのを最高だと思う奴だっているだろうけど……
「俺はそんなのお断りだ。閉じ込められて観察されるなんて、今のこの状況だけで十分だぜ」
「私もよ。さて、それじゃ早速始めようかしら」
話も一段落とばかりに、ティアが俺から離れて「共有財産」を起動する。そうして並べられていくのは、お披露目に出席ついでにもらった報奨金で買い集めた家具の数々だ。
「ふんふんふふふーん、ふんふふーん♪ ベッドはここでいいとして、この棚はこっちに……花瓶はここかしら?」
(そう言えば、前の部屋を壊したのって、結局俺……だったのか?)
鼻歌を歌いながらご機嫌で家具を配置していくティアを見ながら、俺はふとそんなことを考えてみる。
普通に考えればあれは過去のことなのだから、俺が干渉しているはずがない。が、そもそもこの世界の時間の流れは随分と特殊というか、正直俺にもよくわからない感じになっている。
ならば俺の意識とか力だけが過去の「ソレ」に時を超えて流れ込んでいたとか? あるいは閉ざされた世界では時間すら円環してるから、普通に過去にも干渉できるとか?
うん、考えてもまるでわかんねーな。ただ「過去に干渉できるかも知れない」というのは覚えておいた方がいいかも知れん。絶対にあり得ない、許容できない万が一があったなら、その時は……
「かんせーい! どうエド? 割とお洒落な感じじゃない?」
と、そんな事を考えていると、ティアが家具の配置を完了したようだ。以前よりもやや豪華な感じになっているのは、購入した場所が職人街から王都に変わったからだろう。
「おう、いいんじゃねーか? ちょっと布団の刺繍が派手な気がするけど……何だこれ?」
「さあ? 何かのおまじないというか、祈願? そういうのが込められた模様らしいけど」
「え、それ大丈夫なのか?」
「平気よ。魔法的な力は感じないから、いわゆる『真心を込めて作りました!』っていうのと同じだと思う」
「ふーん。ならいいけど」
ティアの言葉に、俺は微妙に引っかかるものを感じつつも流す。何処かで似たようなものを見た気がするんだが……覚えてないなら少なくとも害のあるようなものではないだろう。そもそもちゃんとした店の市販品だしな。
「ふふふ、寝心地は後で確認するとして、先に本を読みましょ?」
「了解。じゃ、そうするか」
ティアの提案に、俺達は揃ってテーブルの方に移動する。そこにはやや薄めの「勇者顛末録」が乗っており、席に着いた俺はまずパラパラと全体的にページをめくってみる。
「今回は途中で消えたりはしてないのね」
「まあ、普通に冒険してきたしな」
やや薄めなのは、ニコが一三歳という若さで、書くことそのものが少ないからだろう。改めて最初のページからじっくり目を通していくと、そこには微笑ましくも元気いっぱいなニコの日々が丁寧に書かれている。
「おお、やっぱりニコも男だな。うんうん、いい感じの棒が手に入ったら、そりゃ素振りしちゃうよな」
「でも、洗濯物に当ててお母さんに怒られてるわよ?」
「いいんだよ。そこまで合わせてお約束ってやつだからな」
温かい人々に囲まれた、平凡だが幸せな毎日。それはニコが勇者であると判明してからも変わらず、城からの迎えにニコは村中総出の笑顔で送り出されていく。
「いい村だったのね」
「だな。小さな体に重い運命を背負わされて、それでも笑顔で頑張れてたのは、こういう支えがあったからだろうな」
何だか俺まで嬉しくなりながら、大切にページをめくっていく。やがてカナンやアリエールと出会い、そのうちそこに俺達の名前も加わり……そして最後。
――第〇〇二世界『勇者顛末録』 最終章 知らずは在らずに非ず
かくて魔王の討伐を成した勇者ニコであったが、無垢と無知は紙一重。その後も様々な功績を打ち立てつつも、その生涯において遂に真なる魔王の存在に気づくことはなかった。
醜い人の欲を集め続ける魔王は、いずれ世界に大きな災厄を招くことだろう。だが世界を救う神の慈悲は、この時既に邪悪な魔王によって失われてしまっている。
もはやこの世界に救いはない。いつか訪れる終わりの時まで闇の中を彷徨い続ける人々を思い、神は静かに悲哀の涙を一滴零した。
「相変わらず泣いてんなぁ。もう正直どうでもいいけど」
「そう言えば、結局私は会わなかったけど、この世界の魔王ってどんな人だったの?」
「へ? あれは……あー…………どうだったかな?」
ブクブクと肥え太り、エロい格好をさせた女を侍らせているオーナー魔王の姿を思い浮かべ、俺は思わず言葉に詰まる。
あれは俺の一部ではあるが、決して俺そのものではない。あくまでも別人格であり、趣味も嗜好も俺とは関係ないはずなんだが……
「……エド? 何か私に隠してない?」
「な、何も!? あいつは……あれだな。自分の欲望に忠実というか、限度をわきまえてはいても我慢はしないって感じの奴だったな。自分に許されてることを目一杯楽しんでる感じだ」
「へー。随分自由な感じなのね? 私もちょっと会ってみたかったかも」
「いやいやいやいや、あいつに会うのは駄目だ! そ、それよりほら! 本も読んだし、次の世界に行こうぜ!」
「じー……」
やや早口になる俺を、ティアがジッと見つめてくる。だが駄目だ。ティアにあんな格好をさせるわけにはいかん。ぶっちゃけティアの体型だと微妙に似合わなそうだし――イテェ!?
「イテェ!? 何すんだよティア!?」
「ふーんだ。エドが変なこと考えてるからでしょ?」
突然叩かれて抗議の声をあげる俺に、ティアがそっぽを向いて口を尖らせる。むぅ、なんたる理不尽か! 俺は不当な扱いには屈しないぞ!
「文句があるなら、今何を考えてたか教えてくれてもいいのよ?」
「……イヤ、ナンデモナイデス」
世の中には飲み込まねばならぬ理不尽というのも存在する。男は黙って背中で泣けばいいのさ、フッ。
「……………………」
煤けた視線を向けた先で、ふとテーブルの上に置かれた水晶球が目に入った。それは相変わらず光を宿しておらず……新しい部屋になった今、あれが光を取り戻すのは、気が遠くなるようなループを繰り返した先だろう。
唯一「偶然という必然」だけは俺の力じゃなく神が世界を回すために創った能力だからもらえるのだろうが、それ以外は無理だ。次は記憶も記録も徹底的に全部消されて、また神の創った道化人形としての日々を送ることになると思われる。
「エド? どうしたの?」
「……いや、何でもねーよ」
だが、それがどうした。そもそも「次」なんて考える意味もない。俺は「今」を楽しみ尽くして、それで……
「んじゃ、行くか。果たして『神と話せる世界』に出られるかどうか……運試しだ」
俺はティアの手をギュッと握って、三つ目の扉を開いていった。




