全ての事象に説明を求めてはいけない。不思議なものを不思議だと割り切ってしまう潔さを大事にしよう
「正面二、ダマグモ!」
「まかせるのだ!」
鬱蒼とした森の中、影に隠れるように潜んでいた漆黒の足長黒玉を発見した俺の言葉に、ワッフルがその場を飛びだしていく。当然ダマグモの方もそれに気づいてワッフルに長い足を突き刺そうとするが、いずれ勇者になることが確定しているワッフルにその程度の攻撃は通じない。
「甘いのだ!」
敵の攻撃を完全に見切ったワッフルが、足の数にまかせた乱れ突きを必要最小限の動きで滑るようにかわしていく。そうして懐に飛び込むと、ダマグモの小さな本体に右の掌底を打ち込む。
「わふっ!」
瞬間、ダマグモの体の後ろ半分が弾け飛ぶ。衝撃を体内に伝え内側から吹き飛ばされたのだ。
「次はお前なのだ! わふっ!」
二匹がかりでもどうにもならなかったのに、片割れを倒されればどうすることもできない。残ったダマグモも体を吹き飛ばされ、それにて戦闘は終了……とはならない。
首筋に感じる、チリチリとした気配。長い足を器用に使い、木々の間を音も無く移動した三匹目のダマグモが、死角である頭上から俺に向かって足を突き出してくるが、そんなものはお見通しだ。
「フンッ!」
そもそも「不落の城壁」を発動させていればまともに食らったところでかすり傷一つ負いはしないのだが、だからといって当たってやる義理もない。クイッと首を傾ければダマグモの足が顔の横から生えてきたので、俺はそれを両手で掴んで地面に向かって叩きつける。
「悪い悪い、あまりにも掴みやすい感じだったからさ。じゃ、そーいうことで」
叩きつけられた衝撃で一瞬動きの止まったダマグモの体を左足で踏みつけながら、剣を一突き。これにて三匹全てを仕留め終わり、今度こそ戦闘は終了だ。
「流石なのだエド!」
「いやいや、ワッフルさんほどじゃないですよ。やっぱりお強いですね」
「わっふっふぅ! それほどでもあるのだ!」
俺に褒められ、ファッサファッサと尻尾を揺らしながらワッフルが照れ笑いを浮かべる。小さな体を反らして得意げな顔をしているが、実際それに見合うだけの実力はある。ま、勇者候補だしな。
「ああ、可愛い……抱きついてモフモフしたい……」
「うっ! そ、それは駄目なのだ。毛無しに撫でられてトローンとしているなんて知られたら馬鹿にされてしまうのだ」
「ティア、抑えろ。常識として、な?」
「わかってるわよ! あ、でも、その『狩証』っていうの、私も使ってみたい! いいですか?」
「わふぅ? 別にいいぞ。ほら」
獲物を見るようなティアの目に若干引いていたワッフルだったが、それでもティアのお願いに、首から提げていた狩証を外して手渡してくる。手のひらに収まるくらいの大きさの、虫甲のような不思議な艶のある素材で出来たそれを受け取ると、ティアはいそいそと倒したダマグモの側まで近づいていった。
「ねえエド、これ、どうすればいいの? くっつけるの?」
「直接触れる必要はないな。近くに持っていって少しすれば……ほら」
「おおおー!」
ティアがダマグモの死体に狩証を近づけると、程なくしてダマグモの体から黒い霧のようなものが狩証に吸い込まれていく。五秒ほどしてその霧の流れが止まると、ダマグモの体はボロボロと崩れて何の痕跡も残さず消え去ってしまった。
「不思議。これ本当に生き物なの?」
「あー、どうなんだろうな? とりあえず動いてるから生き物って定義らしいけど、狩証を使わなくても放置すれば一〇分くらいで消えちまうし、体の中身も真っ黒なだけで、内臓とか筋肉とかがあるわけでもねーからな」
「クロヌリは自然に生まれた命ではなく、魔王が喚び出している存在らしいのだ。だから人を襲う以外の事はあんまりしないのだ」
「そうなの? じゃあ食事や睡眠はどうなの?」
「さあ? クロヌリは見つけたら倒すか逃げるかだけだから、そんなことを調べてる奴はいないのだ」
「ふーん……あ、これありがとうございました」
何事にも好奇心旺盛なティアが、クロヌリの不思議に頭を捻りつつワッフルに狩証を返す。ああして黒い霧を吸い込ませた狩証を狩小屋に持っていくと、何を何匹倒したかすぐにわかるというのは実に便利だ。
その代わりにクロヌリからは肉や素材などが一切得られないわけで、副業的な儲けは得られないのだが……それでも解体と運搬の手間が無いというのは圧倒的に有利に思える。
まあそれはあくまで俺が幾つもの世界を渡り歩いているからで、この世界ではこれが常識なんだから便利もなにもないだろうけど。
「それじゃ、ドンドン次にいくのだ! そして帰ったら報酬で美味しい骨付き肉を食べるのだ!」
「骨付き肉! 頑張るぞ、オー!」
「おー……骨は外してある方が食べやすいんじゃない?」
男の浪漫が分かっていないティアが軽く首を傾げたが、それとは関係無しにその後も狩りは順調に進んでいく。仕事が終われば肉に齧りつき、翌日からは正式にワッフルとパーティを組んだりもして……それから三日後。
「うーん、そろそろクロヌリの数が少なくなってきたのだ……」
一周目の時と違って俺が強いうえにティアも加わり、更に「旅の足跡」などを活用することで効率よくクロヌリを狩りまくった結果、三日目にしてこの周辺の敵はおおよそ狩り尽くしてしまったようだ。
無論クロヌリは通常の動物とは違うので全滅させることなどできないし、放っておいても何処からか勝手に増えてくるのだが、それでも毎日何百と増えたりするわけではない。てかそんな増え方をするんだったらとっくに世界は魔王の手に落ちていたことだろう。
「これじゃ修行にならないのだ。大分早いけど、次の町への移動も考えないといけないのだ」
「ワッフルさん、ちょっといいですか?」
そんな風に独りごちるワッフルに、俺は徐に声をかける。実のところこの状況は俺が狙って作り出したものであり、その目的はこの提案をすること。
「実は俺、修行にぴったりの場所を知っているんですけど……もし良かったらそこに行ってみませんか?」
「わふ!? そんなところがあるのか?」
「ええ。普段は人の寄りつかない場所なんで、今みたいにお金を稼ぎながら……というわけにはいきませんけど。でもここで稼いだ路銀で食料なんかを買い込んでそこで修行すれば、きっと凄い勢いで強くなれると思いますよ?」
「わふー! それは凄いのだ! 是非とも行きたいのだ!」
「そうですか! じゃあ次の目的地は俺にまかせてもらうってことで、出発は……」
「明日! 明日がいいのだ! 一日でも早く修行をして、少しでも強くなりたいのだ!」
「わかりました。では明日の昼前には出発するということで」
「楽しみなのだ!」
俺の誘いに、ワッフルがブンブンと尻尾を振って笑う。フッフッフ、どこぞの王子様と違って、やはりワッフルは単純……いやいや、まっすぐで素直な勇者様だな。これで第二関門も突破だ。後はあそこで実力を底上げしてやれば、最終目標にも……
「…………何だかエドがわるーい顔をしてる気がする」
「なっ!? 人聞きの悪いことを言うなよティア! 俺はワッフルさんの役に立てるよう、全力を尽くしてるだけだぞ!」
「ふーん? ま、確かにエドが本当に人を陥れるようなことをするとは思わないけど。でもそれならそのにやけ顔はどうにかした方がいいと思うわよ?」
「ぬぅ!?」
ティアの細く白い指先でツンと鼻先をつつかれて、俺は思わず自分の頬に手を当てる。どうやら知らぬ間に口角があがっていたようだが――
「仕方ないだろ? 俺が頑張った結果が幸せな結末に繋がるなら、そりゃ笑顔にだってなるさ」
「そ。フフッ、やっぱりエドはエドね」
「おーい、二人とも何してるのだ! 今日はさっさと引き上げて、明日の出発の準備をするのだー!」
フワリと笑ったティアの向こうで、いつの間にやら町へと帰り始めていたワッフルが手を振って俺達二人を呼ぶ。
「はーい、今行きまーす! 行こう、エド!」
「はいはい。まったくせっかちな勇者様だことで」
伸ばされたティアの手を掴み、俺達もまた歩き出す。その目指す先は……今回も先取りさせてもらうぜ?




