拘りを持つ者に拘りを語らせてはいけない。聞くときは覚悟をせよ
その後はちょっとした消耗品を買い足したり、約束通りティアを連れて町を見て回ったりしつつ一日を過ごし、明けて翌日の朝。狩小屋……雑傭兵の集会所とか冒険者ギルドに相当するこの国の施設……に顔を出すと、入ってすぐにワッフルが俺達に声をかけてきた。
「おー! 二人とも、こっちなのだー!」
声の方を見れば、そこには無数のケモニアンの戦士達に混じってワッフルが手を振っているのが見える。ワッフルは大分小柄なので、向こうから声をかけてくれたのは正直ありがたい。
「おはよう、ワッフルさん」
「おはようございますワッフルさん! すみません、遅かったですか?」
「そんなことないのだ。でもちょっとだけ早起きしたおかげで、なかなかいい依頼を受けられたのだ」
得意げにそう言うと、ワッフルが尻尾を振りながら俺に依頼書を見せてくる。
「へぇ、ダマグモですか」
「そうなのだ。この辺はあんまり強いクロヌリがいないから、星三つの依頼はあんまりなかったのだ。それで、エド達はどんな依頼を受けるのだ? 毛無しなら星一つか二つくらいだろうから、そうすると――」
「あの、ワッフルさん。もし良かったら、その依頼に俺達も同行させて貰えませんか?」
機嫌良く世話を焼いてくれようとしたワッフルが、俺の言葉に一瞬だけ厳しい顔つきになって俺を見る。
「同行? ダマグモは星三つなのだ。エド達に倒せるのか?」
「ええ、自信はあります。だろ、ティア?」
「勿論よ! エドと二人ならどんなま……じゃない。えっと、クロヌリ? だって倒せるわ!」
最低限の知識は昨日のうちに詰め込んだが、流石に実戦経験までは積ませてやれていない。それでも俺はティアの実力もダマグモという敵の強さも知っているから何の問題も無いと確信しているが、それを知る由も無いワッフルは真剣な表情で考え込む。
「わふぅーむ…………エド達の実力がわからないから、今すぐパーティは組めないのだ。だから討伐報酬はあくまでもワレが二人の戦いぶりを見て分割すること、狩証はワレのものを使うこと、それとどうしようもなく足手纏いになると思ったら、二人で勝手に町に帰ってもらうこと。これを受け入れるなら同行してもいいのだ」
「わかりました。それで問題ありません」
「……本当にいいのか? ティアも?」
「はい」
「わふん。わかったのだ。じゃあ早速狩りに行くのだ! 二人とも準備は平気なのか?」
「勿論です!」
「なら出発なのだ!」
既に依頼の受領は済ませていたらしく、俺達はワッフルについて入ったばかりの狩小屋を後にし、更に町を出る。それからすぐに道を外れて森の中を進んで行けば、程なくして目の前にのっぺりとした黒いナニカが出現した。
「ねえ、エド。あれが……!?」
「ああ、クロヌリだ」
この世界には普通の動物こそ存在しているが、俺やティアの世界のように人を積極的に襲う魔獣というのは存在していない。その代わりというわけではないだろうが、人の脅威となっているのがこのクロヌリという生き物だ。
虫のような甲羅に全身を覆われ、黒一色の体色のなかで唯一目の部分だけが怪しく金色に輝いているというのがクロヌリ共通の特徴だが、今回相手をするダマグモというクロヌリは、小さく丸い体に太くて長い足が八本生えているという、強いて言うなら蜘蛛に近いクロヌリとなる。
「ワッフルさん。俺達の力を知ってもらうためにも、あれは俺達が相手をしても構いませんか?」
「ん? 別にいいぞ。流石に死にそうだったら助けるから、その時はちゃんと『助けて』って言うのだぞ?」
「ははは、その時はお願いします。ティア、まずは俺がいくから、あいつの動きをよく見ておいてくれ」
「了解。一応援護できる態勢はとっておくね」
「おう!」
悠然と構えるワッフルと油断なく備えるティアを背に、俺は腰に佩いた鋼の剣を抜く。「彷徨い人の宝物庫」の中には純ミスリル塊が残ってはいるが、流石にこの短期間でもう一度「銀翼の剣」を作るのは無理だし、これは「薄命の剣」の柄を作る材料にしたいので無駄遣いしたくない。
まあそもそもこの程度の相手に大層な武器なんて必要無いというのが一番の理由ではあるが。
「ということで、軽く行くぜ黒玉野郎!」
俺は身を低くして、ダマグモの方に駆け出す。ここは森の中であり、少しでも油断すれば張り出した木の根にあっさり足を取られたりするだろうが、そんなヘマをするほど素人じゃない。
そうして一直線に向かってくる俺に対し、ダマグモもまた無反応なわけではない。長い足の一本を振り上げ、尖った足先で俺を貫くべく攻撃してくるが……フッ、遅い。
「ハァッ!」
突進の勢いを踏み出した右足で押さえ込み、その力を載せて左下段からすくい上げるように剣を振るえば、俺を刺し貫くはずだったダマグモの足がペキッという音を立てて宙を舞う。
とは言え、ダマグモの足はまだ七本も残っている。四つ足で体を支えつつ振り上げた三本が追加で俺に向かってくるが、体表が甲羅で覆われているが故に直線的な攻撃など、何の脅威も感じる余地がない。
「甘ぇ!」
切り上げた腕の遠心力をそのままに一回転し、ダマグモの軸足二本を追加で切り落とす。突如バランスを崩されたダマグモの攻撃は狙いを外して地面に刺さり、それを引き戻す一瞬の間に追加で二本切り飛ばす。
「お、逃げるか? ティア!」
一瞬にして五本の足を失ったダマグモが、己の不利を悟って残りの足を周囲の木に突き刺し、上方から逃げようとする。無論下からその本体を刺し貫くこともできたが、ここは相棒に見せ場を譲る場面だ。
「まかせて! 解放、『ウィンドエッジ』!」
俺が戦っている間に銀霊の剣に宿していた魔法を、ティアがそのまま解放する。すると剣から解き放たれた魔法は無数の小さな風の刃となってダマグモの体に襲いかかり、その身を一気に切り刻んでいく。
一旦剣に保持したために一割ほど威力が落ちているとはいえ、勇者パーティの一員として活躍していたティアの魔法だ。全ての足を切り飛ばされ、丸い体にも大量の切れ込みを入れられたダマグモは、そのままドサリと地面に落ちてすぐに動かなくなった。
「イェーイ! さっすがティア!」
「ふふーん! 私にかかればざっとこんなものよ!」
俺が上げた手を、ティアがパチンと叩いて笑う。そんな俺達が顔を向けると、俺達をずっと見ていたワッフルもまた上機嫌に尻尾を振りながら俺達に賞賛の言葉を投げてくれた。
「二人とも凄いのだ! エドの剣技もなかなかだったけど、ティアのやつはもっと凄かったのだ! それが毛無しの使う魔法というやつなのか?」
「そうよ。正確には精霊魔法だけど」
「わふ? そのせーれい魔法というのは、普通の魔法と違うのか?」
「それは――」
「あー、まああれです! ティアは凄い魔法使いなんですよ! で、どうでしょう? 俺達の実力は?」
若干恨みがましそうな視線を向けてくるティアの口を軽く押さえつつ、俺はワッフルにそう問い掛ける。いや、だってこんなところで長々と魔法の種類に関して語られても困るし。
「勿論、二人とも実力は十分なのだ! とは言え一旦帰ってパーティ登録するのはちょっと面倒だから、今日はこのまま依頼をこなして、次からはちゃんとパーティ登録するというのでどうなのだ?」
「ありがとうございます。じゃ、それでお願いします。ティアもいいよな?」
「むがむが……ふぅ。そりゃまあ、いいけど?」
口から手を離しつつ同意を求める俺に、ティアがジト目を向けつつも頷いてくれる。ああ、これはあとが面倒臭いやつだ……仕方ない、今晩は愚痴に付き合うとしよう。
「じゃ、この調子でどんどんクロヌリを退治していくのだ!」
「オー!」
「おー……むぅ、精霊魔法と理術魔法は違うのにー」
ぷーっと頬を膨らませるティアに苦笑しつつも、とりあえずの合意は得られた。よしよし、これでまず第一関門は突破だ。




