多分これが一番早いと思います
「これで、最後ですっ!」
「クォォォォォォォン……」
勇者ニコのトドメの一撃に、全身が黒い犬頭の人型モンスターが切なげな声をあげてその場に倒れ伏す。するとその身が黒いもやとなって床に吸い込まれ、後にはそいつが身に付けていた貴金属がチャラリと音を立てて床に落ちた。
「ふぅ、討伐完了です!」
「お疲れ様、ニコ」
その貴金属を拾ってしまうニコに、俺は後ろから声をかける。するとニコは軽く額の汗を拭いつつ、いい笑顔で振り返る。
「ありがとうございますエドさん」
「まさかボスまで出番が無いなんて……ニコったら小さくて可愛いのに強いのね」
「か、可愛いって、ティアさん……」
対してティアの褒め言葉には、ニコが微妙な笑みを浮かべる。ティアからすれば掛け値無しの賞賛なんだろうが、この年頃の男の子に「小さい」とか「可愛い」は褒め言葉にならないからなぁ。とはいえ指摘するのも野暮なので、俺も半笑いしつつフォローしておく。
「いや、本当に強かったぜ? 流石は勇者様ってところだな」
「えへへ……これでも頑張って鍛えてますから!」
「おうおう、大したもんだ。これなら将来は身長二メートルを超える筋肉の巨人になれるかもな」
「ふぉぉ! 筋肉の巨人! それは凄く格好いいです!」
「えぇ、そう? ニコにはあんまり似合わない気が……」
「そんなことないです! 強くて大きい英雄は格好いいですよ!」
「はいはい、無理な夢を見るのはそのくらいにしときなさい。それより先行くわよ」
今度は自分が微妙な表情を浮かべることになったティアと、筋肉に憧れて興奮するニコにカナンが呆れた声で話しかけてくる。どうやらカナンには筋肉の浪漫は通じないらしい。
若干不満そうなニコをそのままにみんなでカナンに続いて歩いていくと、ほどなくして俺達は目的地たる行き止まりに辿り着いた。
「これが『封印の扉』よ」
「ほほぅ、こいつが」
完全に通路を塞ぐ感じで存在しているのは、高さ三メートル、幅二メートルほどの立派な石造りの扉だ。扉の下側には不可思議な文字らしきものが刻まれており、上の方には三つのくぼみが三角形の頂点に位置するように空いている。
「ここにオーブを入れるんです。見ててください」
言って、ニコが荷物鞄からこぶし大の球を取り出す。目にも鮮やかな赤と青の球はピッタリとくぼみに嵌まり……だが扉には何の変化もない。
「……何も起きないわね?」
「そりゃそうよ。三つ必要なのに二つだけで何か起きるはずないじゃない」
「この最後のくぼみに黄の宝珠を嵌めれば、封印が解けて扉が開くはずなんですが……」
「エドさんはこれをどうやって突破するおつもりなのですか?」
「ふむ、そうだな……」
三人の視線が集まるなか、俺は軽く扉に手を触れる。うーん、こいつは扉というか、壁だな。かなり頑丈そうで、重さもありそうだ。
ちなみにだが、一周目における俺は、ここには来ていない。そもそも黄の宝珠を手に入れることができなかったからだ。あの当時なら今もまだカジノでぐだぐだ悪あがきしていたはずだし、その後もこの遺跡は諦めて別の場所を回っていたからなぁ……
「方法としては、いくつか考えられる。まずはこの封印の扉そのものを破壊することだな」
「え、そんなことできるんですか!?」
「スゲー無理すれば、多分できる。でも通路の奥の構造がわからない以上、それはやりたくない」
ある程度露出しているならともかく、通路をぴっちり塞ぐ厚さもわからない石扉となると、いくら俺でも切るのは無理だ。となるとティアの精霊魔法を上乗せした「銀霊の剣」でごり押し切断するくらいしかないが、万一その直線上に目的の魔導具があると一緒に壊してしまう可能性があるため、できればそれはしたくない。
「次の手段は、扉を封印している術式を壊すことだ。こっちはもっと無理なくできるんだが……術式を壊すとどんな反応が返ってくるのかわかんねーのが怖いのと、何より『ただの石の扉』になったこれを開く手段がない。せめて押したら開く両開きの扉とかならいけたんだろうが……」
「……確かに、これを動かすのは無理ですね」
「それに、術式を壊した時の影響がわからないってのも同意よ。強引に封印を解いたりすると、大抵の場合遺跡の自己防衛機能が動くわ」
「それ、どういうものなの?」
「魔力の運用効率を完全無視した大量のモンスターの召喚とか、大規模かつ不可避な罠を突然発動させるとか……最悪だと遺跡そのものが自壊して生き埋めっていうのもあったわね」
「うわぁ……それは大変ね」
カナンの答えに、ティアが露骨に顔をしかめる。モンスターならまだしも、罠はものによっては回避も防御もできないし、自壊による生き埋めはそれこそどうしようもない。俺だけならどんな状況でも切り抜けられるが、ティアを危険に晒すような選択肢は無しだ。
「でも、ならどうするわけ? まさかここまで来ておいて、やっぱり駄目でしたなんて言わないわよね?」
「あの、エドさん? 無理はしなくても……」
「そうですよ。できないことをできないと認めるのは、決して恥ではありません。神は過ちを犯すことではなく、過ちを認めない事をこそ過ちと呼ぶのです」
「ははは、大丈夫さ。ティアならわかってるだろ? 俺がこんなものくらい簡単に抜けられるって」
「ほえ? 簡単に抜け……ああ、そういうこと!」
ニヤリと笑う俺に、ティアがすぐに納得の笑みを浮かべる。そうとも、俺にはこんなもの障害どころか足止めにすらならない。
「何よ、アンタ何するつもりなの?」
「フフフ、そいつは見てのお楽しみだ。だが行って帰るのにどうやっても一日かかる。その間あんた達はどうする? ここで一日待つのが大変だったら、遺跡の外にいてもいいぜ?」
「いえ、一日でいいならさっきのボス部屋で待ってます。通常モンスターと違ってボスが復活するには一〇日かかりますから、それまでは安全ですし」
「そうですね。それなら万が一ボスが予定に無い復活をしたときでも、私達が仕留めることでエドさんの帰還と合流を確実なものにできます。より確実な安全の確保のためにもいい選択かと」
「そっか。じゃ、悪いけど一日待っててくれ。で……そうだな。もし丸二日経っても戻らなかったら、その場合は遺跡を出て町に戻っててくれ。そしたら俺もそっちに直接合流するから」
「わかりました。じゃあ二日経ってもエドさんが戻ってこなかったら、強引な手段を使ってでも黄の宝珠を手に入れて、エドさんを助けに行きますね!」
「いや、そういう意味じゃねーんだけど……まあいいや。最後に、本当にヤバくてどうしようもなかった場合は、悪いが魔導具の確保より俺の身の安全を優先させてもらう。
その場合遺跡に異常が出る可能性もあるから、大きく揺れるとか変な反応があったら、一日待たずにできるだけ急いで遺跡から脱出してくれ。俺自身のことはどうにでもできるが、俺の知らないところで遺跡の崩壊に巻き込まれたりするのはどうしようもねーからな」
「……どうやらアタシ達の知らない隠し球を、随分と幾つも持ってるみたいね? わかったわ。その時はアンタを見捨てて逃げておくから、精々頑張りなさい」
「ははは。おう、そうさせてもらう。んじゃ……」
「待って、エド」
シュタッと手を上げ力を使おうとした俺に、不意にティアが呼び止めてくる。そのまま俺の目の前までやってくると、スッと小指を立てた右手を突き出してくる。
「約束よ、ちゃんと帰ってきてね」
「ああ、約束だ」
そこに俺の小指を重ねると、二人の指を俺達にしか見えない赤い糸が結びつける。細くか細い半透明のその糸が絶対に切れないことを、俺は魂の底から理解している。
「んじゃ、行ってくる! 起動しろ、『不可知の鏡面』!」
瞬間、俺の体はその場から見た目を消し、スルリと封印の壁の中へと入り込んでいった。




