「可能性はゼロじゃない」は、むしろゼロよりたちが悪い
「すみません! すみません! 本当にすみません!」
カジノ内部にある、ちょっとした飲食スペース。その一角にて腰を下ろした俺に、勇者ニコがペコペコと頭を下げている。なお、見た目には年端もいかない少女が俺に必死に謝罪している形なので、体裁はすこぶる悪い。
「あー、いや、気にすんなって。俺は別に気にしてねーから」
「そうはいきません! ほら、カナンもアリエールさんも、ちゃんと謝ってください!」
「申し訳ありませんエドさん。私としたことが、ついカナンとの言い争いに夢中になってしまって……」
「ふんっ! そんなしょぼくれた顔してるから悪いのよ」
「「カナン!」」
「…………わ、悪かったわよ」
ニコとアリエールに怒られて、カナンがそっぽを向きながらそう口にする。あー、懐かしいなこの感じ。ルージュがやたら吠える犬だとしたら、カナンは無関心を決め込んで丸まって寝てる猫って感じだろうか? 無愛想だが噛み付きに来ないだけカナンの方が平和だ。
「まあまあ。いつまでも謝ってても仕方ないわ。ほら、ニコちゃんも顔をあげて?」
「ちゃん……あの、ルナリーティアさん? 僕男なんで、ちゃん付けはちょっと……」
「ああ、私のことはティアでいいわよ。って、男!? ニコちゃんって、男の子なの!?」
申し訳なさそうな顔で主張するニコに、ティアが驚きの声をあげる。まあニコはあからさまな少女顔のうえに声変わりもまだみたいだから、勘違いしても無理はない。俺も一周目の時は大層驚いたものだ。
男だと聞いてからも、偶然宿で着替えをしているところに入ってしまい、「きゃあ!」と叫ばれた時は「え、こいつマジで男なのか?」と思ったりもしたが、それは遠い日の思い出なのでノーカンである。
「……ねえエド。何かえっちなこと考えてない?」
「ふぁっ!? な、何だよ突然!? そんなわけねーだろ!」
「むー……」
「変態よ、変態がいるわ!」
「カナン、そんなことを言ってはいけませんよ。神はどのような特殊性癖を持っている方でも受け入れます。それが勇者様の裸を想像するような不埒な方でも……ああ、いけません。殿方同士でそのような……ぽっ」
「ひゃぁぁぁぁ……」
「なあ、何か俺の扱い酷くない?」
眉根を寄せてジッと見てくるティアと、汚物を見るような視線を向けてくるカナン。アリエールは恍惚とした表情で手を組んで神に祈っているし、ニコは赤くした顔を両手で覆い、指の隙間から俺を見ている。
何だろう……何だこれ? 男女比も勇者パーティと俺達の比率も三対二であるはずなのに、俺が一人だけ追い詰められている気がするぞ? こんなにも誠実で紳士的な俺が謂れのない扱いを受けるなんて……いいさ、世界はいつだって俺みたいなのには理不尽にできてるのさ。
「はぁ……まあいいや。で、結局ニコ達は何に困ってたんだ?」
「ああ、そうよ! 何であんなに必死にチップを稼ごうとしていたの?」
このままでは埒があかないので、俺は話を仕切り直す。その答えを俺は知っているわけだが、まさか聞かずに先回りするわけにはいかない。ティアも話題に乗ってきたことで、ニコが徐に説明を始める。
「あ、はい。それなんですけど……実はこの国のとある場所に、古代の遺跡があるんです。そこに魔王討伐の旅に役立つ魔導具があるって情報を得て、みんなと一緒に入ってみたんですけど……」
「遺跡の最奥にあったのは、封印のかかった扉だったの。開くには鍵となる宝珠が必要で、三つのうち二つまでは手に入れたんだけど……」
「最後の一つが、このカジノの景品になっているのです。それで勇者様はそれを手に入れるべく、ここで賭け事に興じていたのです」
「なるほどねぇ……」
三者からの説明に、俺は深く頷いてみせる。ふむふむ、この辺の事情も変わってないわけか。ってことは必要としているものも、おそらく同じだろう。
「ちなみに、その景品って何なの?」
「はい。五〇〇万チップの黄の宝珠です」
「五〇〇万!? 金貨一枚で一〇〇〇チップだから……五〇〇〇枚! それは確かに結構な額ね」
ニコの答えに、ティアが驚きに目をぱちくりさせて言う。当たり前の話ではあるが、金貨五〇〇〇枚は個人で扱うような額ではない。大規模な商取引や中規模都市の運営費のとして出てくるような額であり、俺やティアであってもおいそれとは稼げない額だ。が……
「でも、うーん……ニコちゃん……じゃない、ニコ君って勇者なんでしょ? 魔王討伐に必要ってことなら、そのくらいの資金援助は引き出せないの?」
そう、個人で考えれば莫大な額も、国家という視点で考えればそこまでではない。勿論右から左に流せるような金額でないのは確かだが、絶対に捻出できない金額というわけではないのだ。
そんな疑問に首を傾げるティアに、しかしニコではなくアリエールの方が表情を落として首を横に振る。
「それが、駄目なのです。このカジノには決まりがありまして、一人が購入で保有できるチップは、最大で一〇〇万チップまでなのです」
「ほえ? どういうこと?」
「言葉通り、一〇〇万チップまでしか買えないってことだよ。手持ちが一〇〇万チップ未満になれば追加で買うことはできるけど、一〇〇万持ってる場合はそれ以上は買えない。だから足りない分はカジノで勝たないとチップが手に入らねーんだ」
クイッとテーブルの上に置かれたカップを傾けつつ、俺がティアに補足する。場所が場所だけに中身は酒だが、酒精は薄いのでこの程度で酔っ払ったりはしない。
ちなみに、ニコだけは酒じゃなくミルクを飲んでいる。手渡された当時は実に不満そうな顔をしていたが、今は湯気の立つミルクをフーフーしながら飲んでいい笑顔を浮かべているので問題ない。
「要はせっかく集めた客引き用の景品を、金で買い叩かれるのを回避してるってことだ。カジノは商店じゃねーんだから、目玉商品を現金で買われちまったら商売あがったりだろ? だからどうあってもカジノで遊んで勝ってみせろって言ってるのさ」
「フンッ、阿漕な商売よね。賭け事で胴元に勝つなんて、普通にやってたら絶対に無理なのに」
肩をすくめる俺に、カナンが不機嫌そうに口を尖らせて言う。そしてそれは実に正しい。こんなでかいカジノを成り立たせているということは、何をどうやっても胴元が勝つように調整されているということだ。そんなところで元手を五倍にするのはなまなかな幸運では無理だろう。
「なるほど、それで私にカジノの勝ち方を聞いたわけね。理由はわかったけど……難しいわね」
「ですよね……」
「あ、でも、そういうことなら私達が全員一〇〇万チップずつ買って持ち寄るのはどう? お金はかかるけど、それならすぐに五〇〇万になるわよ?」
「駄目よ。チップの貸し借りは禁止で、ばれたら全部没収ってことになってるの。勿論五や一〇みたいな取るに足らない少額ならカジノ側もうるさく言わないけど、一〇〇万なんてどうやっても見逃してもらえないわ。
というか、負けたことにして隠して貯めるとか、勝ったことにして寄せ集めるなんて常套手段じゃない。そんな枚数の勝ち負けをカジノ側が把握できないはずがないんだから、実際に勝ったり負けたりしてなかったらすぐにばれるわよ」
「だな。金を扱ってる場所がそんな杜撰な抜け道をそのままにはしねーって」
「むぅ……」
カナンと俺の言葉に、ティアが難しい顔をして考え込む。普通に考えるなら、確かにこれは極めて難問だ。一番現実的なのは一発で五倍以上になる賭け対象に常に一〇〇万チップを賭けるというものだが、そんなことしていたらどれだけ金があっても足りないし、そもそも俺の知る限り、一度に賭けられる上限は精々一万くらいだったはずだ。
つまり、まともな手段じゃあの景品は取れない。死ぬほど金を使って特別室に入れるようになると更に高額を賭けられるという噂も聞くが、実際に入ったことはないので真偽の程はわからないし、俺達はそこに招かれるような金持ちでもない。
「よし、話はわかった。なら……」
「エドさん? 何かいいアイディアがあるんですか!?」
ポンと膝を打った俺に、ニコが目を輝かせて問いかけてくる。なので俺は堂々と唯一無二の正解を口にする。
「時間の無駄だ。諦めろ!」
「……ハァ、どうやら時間を無駄にしたみたいね。もう行きましょ」
「え!? でも……」
「仕方ありません勇者様。通りすがりの方にこれ以上おすがりするのもご迷惑でしょうし……」
「それは……」
「いやいや待て待て。話を聞けって」
呆れ、戸惑い、達観。様々な表情を浮かべているものの席を立とうとする三人に、俺は慌ててそう告げて手で制する。だが三人の……特にカナンは冷たい目で俺の方を睨んでいる。
「何よ? アンタの意見は『諦めろ』なんでしょ? ならそれができないアタシ達には何の役にも立たないじゃない」
「そっちこそ何言ってんだ? 俺が諦めろって言ったのは、あくまで『黄の宝珠』の入手だぜ?」
「? だから――」
「つまり、こういうことだ……あんた達の目当ての魔導具、俺が取ってきてやるよ」
「…………は?」
キョトンとする三人を前に、俺はニヤリと笑ってポンと胸を叩いた。




