第一印象と中身のギャップは、良くも悪くも強く影響する
「よっ……とぉぉぉぉ!?」
新たな世界に降り立った俺の足下が、いきなりズルリと滑り出す。慌ててバランスを取りながら見渡すと、どうやらここは砂丘の上のようだ。
「あっぶねー。ティア、大丈夫か?」
「おっとっと……ありがとうエド。今回は砂漠の世界なのね」
同じようによろけていたティアに手を差し出して支えると、二人してキョロキョロと周囲を見回してみる。見えるのは一面の砂漠だが……果たして。
「なあティア、ここは正常な場所なのか?」
「そうね。確かに砂漠だけど、砂漠っぽい精霊の力が感じられるから、ごく普通の砂漠だと思う」
「そっか。ならいい……のか?」
砂漠という存在の善し悪しは俺には何とも言えないが、少なくともここは「羽付き」のような何かが世界を壊した結果ではないらしい。普通の自然現象で生まれた砂漠ということであれば、俺の中に答えが見えてくる。
「砂漠ってことは、第〇四〇世界かな?」
「あら、今回は心当たりがあるのね」
「変なちょっかいが入って世界が変わってなけりゃ、だけどな」
世界に降り立ってすぐの場所が砂漠だったのは、俺の記憶では第〇四〇世界しかない。が、砂漠がある世界そのものは別に珍しくも何ともないし、何らかの理由で世界が砂漠化している……なんてことまで考え始めたら何処までも該当範囲が広がってしまう。
「ま、とにもかくにも人の居る場所に行けばわかるだろ。あー……」
当然、砂漠に道はない。当時の自分がどっちに行ったかを思い出しつつぐるっと一周見渡して……諦めて「失せ物狂いの羅針盤」を起動した。「偶然という必然」に任せるという手もあるが、もっと確実な手段があるのだからそっちを使うべきだろう。
「よし、こっちだ。行くぞ!」
「はーい!」
幸いにして羅針は普通に反応し、俺達はその方向に向かって歩き始める。砂漠の日差しは強く砂に足を取られることで体力も消耗するが、幸いにして俺達は水にも食料にも困らず、体力にも十分以上の余裕がある。
途中で二度ほどでかいサソリに襲われたが、さっくり倒しつつ歩くこと二時間。俺達は白い石壁に囲まれた、大きなオアシスの町に辿り着くことができた。
「やあ旅の人、シュメールの町にようこそ。何か身分証はあるかい?」
「あー、すみません。実はでっかいサソリに荷物を全部持ってかれちゃって……」
白い布を頭に巻いた門番の男に、俺は苦笑しながらそう告げる。すると男は鋭い目つきで俺とティアを見回し、だが納得したように頷いてくれた。
「む……そうか。それは災難だったな。なら入町税は少々高くなるが、構わないか?」
「こっちが迂闊だっただけなんで、勿論です」
伺うような男の言葉に合意し、俺達は銀貨を払って町に入る。そうして門から少し行ったところで、ティアが徐に話しかけてきた。
「随分簡単に入れたわね?」
「顔は覚えられたと思うけど、問題を起こさなきゃ関係ねーから気にするな。で、やっぱりここは第〇四〇世界で決まりだな。町の名前に覚えがある」
「そっか。じゃあ私達はこれからどうしたらいいの?」
「今日のところは、とりあえず宿だな。で、明日になったら……あそこに行く」
そう言って俺が指さすのは、この町でもひときわ大きな建造物。今いる大通りからまっすぐに道が繋がっており、その入り口には今も吸い込まれるように多くの人が入っていっている。
「あれって何なの? お城……じゃないわよね?」
「ああ、ありゃカジノだよ。賭博場って言った方がいいか?」
「賭博場!? あんなに大きな建物で、みんなが賭け事をしてるの?」
「そういうことだ。中もスゲーぞ。こう……人の欲が渦巻いてるっていうか」
「うわぁ……活気はありそうだけど、私はちょっと苦手かも」
指をワサワサと動かして言う俺に、ティアが軽く顔をしかめる。それはちょっと意外な反応だ。
「あれ、そうなのか? 遊ぶ場所だから、てっきりティアは喜ぶかと思ったんだが」
「楽しく遊ぶのは好きだけど、お金を賭けてるんでしょ? 仲間内でお酒とか食事を賭けるくらいならいいけど、大金を賭けて必死になる人は、ちょっと怖いわ」
「あー、そりゃあなぁ。でもティアの想像する賭博場とはちょっと違うと思うぜ? まあ行ってみてのお楽しみだな」
「ふーん? エドがそういうなら、楽しみにしておくわね」
「おう!」
悪戯っぽく笑うティアに返事をしてから、俺達は宿の確保に動く。砂漠では寒暖差が激しいので、少し高めの宿でしっかりと休息を取ると、明けて次の日。俺達はカジノの中へと足を踏み入れていた。
「うわー! すっごい!」
外側は割と簡素な石造りだったが、内側は違う。まるで貴族のパーティ会場かのようにそこかしこに華美な装飾が飾られ、天井には魔導具の明かりが太陽と変わらぬ明るさで広い室内を照らしている。
何十ものテーブルでは執事のような服を着た男が客にカードを配っていたり、太もものところに深い切れ込みの入った服を着た女性が酒の乗ったトレイを手にその辺を歩き回ったりもしている。
「ねえエド、何これ!? まるでお城のパーティみたいじゃない!」
「ははは、だから違うって言ったろ?」
「違いすぎよ! 賭博場っていうから、私てっきりこわーい髭もじゃの人がジーッとこっちを睨んでるような場所を想像してたのに!」
「それは流石に……いや、偏見でもねーか?」
酒場の片隅で賭けをやってる奴なんざいくらでもいるが、賭博場なんて場所を仕切ってる輩は確かにそんなものだ。その想像の延長なら確かにティアが嫌がる気持ちもわかる。
「あれはカードよね? あっちも……あ、でもルールが違う? 一対五? どんなゲームなのかしら? それにあっちは……」
「おいおい、はしゃぎすぎだ。時間はあるから、後でゆっくり見て回ろうぜ。そのためにも、まずはチップの購入だ」
「ちっぷ? お金を直接賭けるんじゃないの?」
「違うぞ。まあ換金できるから全く違うとは言わねーけど、要はこのカジノのなかだけで使える通貨だ。それにチップじゃねーと手に入らないものもあるしな」
「そんなのあるんだ! 何があるんだろう?」
上機嫌に足を弾ませるティアの手を引き、俺は受付でとりあえず金貨を一枚チップに交換する。銅貨一〇枚でチップ一枚なので、金貨だとチップ一〇〇〇枚。それを一〇チップ一〇〇枚にして半分をティアに渡す。
「やったー、お小遣い! これって使い切っちゃっても平気?」
「そのくらいならな。俺はちょっとやることがあるから、ティアは遊んできてもいいぞ」
「え、そうなの? 私が手伝わなくても平気?」
「ああ。とりあえずは俺一人でいい。本当は色々案内してやりたいところなんだが……」
「フフッ、それは後に取っておくわ! じゃ、ちょっと行ってくるわね!」
これから先の出会い方を考えると、多分俺一人の方が都合がいい。そんな俺にティアは笑顔で手を振ってフラフラとその辺に歩いていった。普通の賭博場なら女性を一人にするなど論外だが、ここはそこかしこに警備の目……あるいはイカサマ防止の目……が光ってるし、何よりティアをどうにかできる奴が早々いるはずもない。
「んじゃ、俺は俺でやるべきことをやりますかね……っと」
「ああっ!?」
「またハズれね……明らかに絵柄が滑ったけど、これイカサマじゃないの?」
「あの、勇者様? 流石にそろそろ諦めた方がいいのでは……?」
俺の目指すその先では、明るい茶髪でおかっぱ頭の美少女……本当は少年だが……が甲高い声で悲鳴をあげている。その脇では黒い三角帽子を被った若い女性が胡散臭そうな表情でスロットを見ており、更に少年の背後では白地に金糸で模様を入れた法衣を身に付けた女性が心配そうな声を少年にかけている。
ふむ、どうやら出会いの段階に変更点は無さそうだ。
「もう一回! もう一回やればきっと勝てます!」
「そう言ってもう何回負けたと思ってるわけ? いい加減にしなさいよ」
「そうですよ勇者様! やっぱり地道に稼いだ方が……」
「そんなことありません! ここで一発当てれば、それが一番近道なんです!」
仲間に諫められているのに、何とも駄目そうな発言をしている少年……彼こそが俺の出会うべき、この世界の勇者である。




