自宅かと思ったら隣の家だったが、やっぱりそこも自宅だった件
「よっ……と。とりあえず帰るのは普通に帰れたみてーだな」
特に問題なく「白い部屋」へと帰還を果たしたことを確認し、俺は素早く周囲を確認する。ふむ、この感じなら特に問題は――
「あーっ!?」
「うぉっ!? ティア、どうした!?」
「私のベッドが無くなってるー!」
「ベッド……? ああ、そう言えば……」
言われてみれば、師匠の世界でティアが調達した家具の類いが綺麗さっぱりなくなっている……!?
「って、俺の魔導炉もねーじゃねーか!? 嘘だろ、高かったのに!」
「うぅ、あれお気に入りだったのに……」
ガックリと崩れ落ちる俺の横で、ティアもまたしょんぼりと耳を垂れ下がらせている。ぐぅ、無くなるとわかってればこの前追加で買ってきたんだが……いや、それ以前に「彷徨い人の宝物庫」にしまっておいたか?
「でも、何でこの前じゃなくて今なのかしら?」
「ん? どういうことだ?」
「だってほら、この前揺れたときに扉とかが全部消えちゃったじゃない? あの時に一緒に消えちゃうならわかるけど、何で今なのかなーって」
「それは……確かにそうだな?」
ティアの素朴な疑問に、俺も思わず首を傾げる。確かに部屋の中が全部リセットされたっていうなら、家具や魔導炉もあの時に一緒に消えるのが道理だ。だが実際にはあの時にはまだ普通にあって、俺達が第〇五一世界に旅立ってから戻ってくるまでの間に消えたことになる。
「うーん……?」
とはいえ、考えたところで理由なんてわかるはずもない。一応魔導炉を置いていた場所を見てみたが、通常の世界ならともかくこの白い世界では傷も汚れも、降り積もる埃すらないのだから痕跡など存在する余地がない。
「一応確認だけど、勝手に収納されてるとかは無いよな? ティア、『共有財産』で確認してみてくれ」
「わかったわ。えーっと……うん、無いわね。はぁ、今度また買ってこなくっちゃ。ねえエド、それはそれとして、早くいつものを読みましょ!」
「ああ、そうだな……あれ?」
いつもの通りにテーブルに目を向けると、そこには茶色い革表紙に金の箔押しで「勇者顛末録」と書かれた本がある。が、その隣にある棚に、何故かもう一冊本が入っていた。
「全部消えたはずだったよな? 何でもう一冊あるんだ?」
不審に思って、それを手に取りページを開く。するとそこに書かれていたのは――
「何……だと……!?」
「エド? どうしたの?」
側によってくるティアに気を向ける余裕もないほど、俺の視線はその本に釘付けになる。それは「勇者顛末録」……しかも三周目の冒頭で読んだ、あの本だ。
(何でだ!? 何でこの本がここにある!? ってことは、まさか……!?)
バッと顔を上げ、周囲を見回す。そこにはいかなる差異も見いだせないが、俺の想像通りなら、ここは俺とティアが帰っていたあの「白い世界」じゃない。
「三周目の部屋……!? いや、でも、それなら扉は……!?」
「エド! ねえエド! 一体どうしたの!?」
混乱する俺の肩を、ティアが強く揺すってくる。それにより頭と視界がガクガク揺れたが、代わりに俺の心はいくらか落ち着きを取り戻した。
「あ、ああ。悪い。ちょっと変なことに気づいたというか……まあ確証はねーんだけど」
「変なこと? 何?」
「……ここな、俺やティアが色々設置したあの『白い世界』じゃなくて、死んだ俺が新たに送り出された『白い部屋』だと思うんだよ。ほら、これ」
言って俺が件の「勇者顛末録」を差し出すと、ティアが中身を読んで眉をひそめる。
「これ、私の……エドが死んじゃった世界で私達がした冒険の話……!?」
「ああ、そうだ。これがあるってことは、多分ここは三周目の部屋なんだと思う。ベッドとか魔導炉とかが無くなったのは、たぶん二周目の部屋に置いてあるからじゃねーかな」
「へー、そうなんだ……え、じゃあこの部屋って、ループする度に新しく作ってるの?」
「……かもな。いや、わかんねーけど」
「そっか。まあそういうことなら仕方ないわね。じゃ、原因もわかったところで、気を取り直してちゃんとした方の『勇者顛末録』を読みましょ?」
「いやいやいや、反応軽くない? いいのかそれで?」
「いいもなにも、特に困ることも無いでしょ? 前の部屋にベッドを取りにいけるわけでもないんでしょうし」
「それは……あれ?」
言われてみれば、確かに困ることはない。ないけど……ないならいい、のか?
「……な、何かごめんな、変に騒いじゃって」
「フフッ、いいわよ。それよりほら、早く!」
「おう!」
ティアに急かされ、俺は今度こそ第〇五一世界の「勇者顛末録」を開いていく。するとそこには勇者ジードの活躍が書かれており……だがその記述が「羽付き」に殺されたところで終わると、以後ずっと白紙のページが続いていく。
「何だこりゃ? これで終わりってわけじゃねーよなぁ?」
お決まりの台詞も書かれていないし、何よりまだ半分近くページが残っている。仕方なくパラパラと飛ばしながら勢いよくめくっていくと、残りもう少しというところで漸く再び文字の書かれているページに出会えた。
「あら、ここからジルちゃんの話なのね?」
「みてーだな」
そこに書かれていたのは、勇者となったジルが俺達と旅をした三年間の話。となるとこの間の空白は、ひょっとして黒騎士の部分か? 確かに魔王で勇者なんて普通じゃあり得ねーもんなぁ。そのせいで記述できなかったとかだろうか? というか、今更だけどこれって神が書いてるんだよな? なら俺と同じ存在である魔王の内心は、神には読めなかったとか?
「あ、エド! これで終わりみたいよ」
「おっと、そうだな」
一緒に旅をしていただけあって特別目新しいこともなく、そのせいで若干上の空になってしまっていた俺にティアが声をかけてくる。言われて意識を本の記述に集中させれば……そこには何とも不穏なことが書かれていた。
――第〇〇一世界『勇者顛末録』 最終章 傲慢な選択
かくて諸悪の根源たる魔王を世界から追放することに成功した勇者ジルであったが、神の秩序を拒否し、己の欲望だけを追求した責任は、いずれ大きな崩壊となってこの世界に戻ってくることだろう。
その愚かさ、浅ましさこそが人の業なれど、それ故に救いを拒否して苦しみの道を選んでしまったことに、神は静かに悲哀の涙を一滴零した。
「大きな崩壊って、どういうことかしら? まだあの世界には何かあるってこと?」
「この感じだと、そうだろうな。だが……」
不安げな表情をするティアに、俺は振り返って扉の方を見る。二つに増えている扉の片方は俺達が出てきた第〇五一世界に繋がっているはずだが、それを再び開けることは基本的にはできない。
「正直、どうすることもできん。スゲー無茶をすればもう一度さっきの世界に戻ることも不可能とまでは言わねーけど、そもそもこの『大きな崩壊』ってのが何を意味してるのかがわかんねーからなぁ」
極論、今回の問題を解決できたのは「羽付き」という敵が元凶だったからだ。例えばこれが地割れとか津波とか、そういう自然災害の形を取って世界を滅ぼそうとしていたならば、俺にはほとんど何もできなかっただろう。
「そうよね。すっごくすっごく気になるけど……どうしようもないのよね」
「今のところはな。でももし次の世界も同じようにこの崩壊とやらに巻き込まれてるなら、そこを解決することで何らかの糸口が見える可能性はある。できねーことを嘆くより、まずはできることからやっていこうぜ」
「そうね。うん、気にしてばっかりじゃなく、前を向いて頑張らなくちゃね! なら早速行きましょ!」
そう言ってティアが扉の方へと走っていき、俺もまた席を立ちながら、ふとテーブルの上の水晶玉に目を向ける。
「……そう言えばこれ、光ってねーな?」
光ってないということは、新たな力が得られないということだ。これもまた今までとは違うと言えば違うんだが……俺は三周目、ティアも二周目と考えれば、力の重ね取りができなくてもおかしくない、か。
「エド! はやくー! 早く行きましょー!」
「そう急ぐなって。別に異世界は逃げやしねーよ」
そんな疑問をすぐに頭の片隅に投げ捨てると、俺は笑ってティアの後を追いかけていった。




