雑傭兵は死なず、ただ追放されゆくのみ
「……そろそろね。いいわよエド! お願い!」
「よっしゃ!」
ティアの声に答えて、俺は足下に枝を刺す。すると今回もまたみるみるうちにそれが巨木へと成長していき、無事に精霊樹へと変化を果たした。蘇った大地に沸き立つ人々をそのままに、一仕事終えた俺のところにティアが軽い足取りで駆け寄ってくる。
「今回もお疲れ様、エド」
「おう、ありがとう」
差し出されたカップを受け取り、中身を煽る。酸味の強めな柑橘系の果実水だが、この酸っぱさが疲れた体に染み渡るのだ。
「くぅ、美味い! ふぅ……これで遂に終わりか」
「そうね。このくらい拠点を作れば、もう大丈夫だと思うわ」
あの日俺が終わりを刻んでやって以降、当然ながら「羽付き」はこの世界から姿を消した。だが敵を倒してはい終わり……となるほど世の中は甘くない。むしろ倒した後の復興こそが大変なことは、勇者パーティに所属する者なら誰でも知ってる常識だ。
「三年か……長いようであっという間だったなぁ」
荒廃地区に作り上げた、合計三二カ所の聖地。俺にはわからないが、何やら魔法的な配置にしたことでそれぞれが影響を与え合い、相乗効果で大地が蘇る速度が飛躍的にあがるらしい。
まあそれでも何十年という時間は必要らしいが、そもそも世界滅亡の一歩手前くらいまで追い込まれていたことから考えれば、持ち直していくというだけでも十分以上の成果だろう。
世界復興の目処は立ち、「羽付き」という敵と黒騎士という統率者を失って暴れ始めた魔王軍残党の処理も終わった。このくらいやれば、黒騎士の「世界を頼む」という最後の願いも十分に叶えられたと言っていいだろう。となると役目を終えた俺達は……そろそろ旅立ちの時間だ。
「エドさーん!」
そんな風にしんみりしていると、俺の名を呼びながらこっちに近づいてくる人影がある。チリチリに巻かれた短めのくせ毛がチャームポイントの一七歳の女性だ。
「おう、ジル。お前は今日も元気だなぁ」
「そりゃーもう! 私は元気だけが取り柄ですから……って、そんなことないですよ! 他にも色々いいところとかあるんですから! 多分!」
「ははは、わかってるって。ほれ、飲むか?」
「いただきます……すっ!?」
俺のカップを差し出すと、ジルは躊躇うこと無くそれを口にして酸っぱそうに顔を歪める。
「ほらジル、女の子がそんな顔しちゃ駄目よ?」
「くぅぅ……ありがとうございますティアさん。でもこれ、本当に酸っぱくて……」
「フフッ、そうよね。でもそれがたまらないのよ」
「酸っぱいものがたまらない……まさかティアさん、赤ちゃんが!? って、イタッ!?」
「馬鹿なこと言ってるんじゃねぇ! それで俺に何か用か?」
見当違いなことを口走って顔を赤くするジルの頭を引っ叩くと、不満げに頭をさすりながらジルが俺に答える。
「あ、そうでした! エドさんに次の予定を聞いてこいって、お父さんが……」
「団長が、か? 悪いが、次の予定はない。この前話した通りだ」
「…………やっぱり、この復興旅団から出て行っちゃうんですか?」
「そうだ。もう十分やるべきことはやったし、俺無しでも魔力を集める手段も確立できた。それに俺達には俺達の目的もあるからな。そのためにも、ここで別れる」
「そっか……寂しくなりますね」
「そんな顔すんなよ」
しょんぼりと肩を落とすジルの頭を、俺はワシャワシャ少し乱雑に撫でる。するとジルは怒ったような、それでいて何処か嬉しそうな声を出しながら俺の手をはね除ける。
「もーっ、またそうやって子供扱いして! 私もう一七なんですからね!」
「ああ、悪い悪い。でも成人前から知ってるから、どうしてもな」
俺達がジルと知り合ったのは、羽付きを倒してから三ヶ月後。こうして世界各地に聖地を作る旅団が結成されたときで、当時一四歳だったジルは見習いとして旅団長である父親と共に旅についてきたのだ。
ああ、懐かしいな。最初は俺かティアが旅団を率いてくれと頼まれたんだが、いなくなることがわかってる俺達がそんな立場に立つべきじゃねーから、必死に説得して適任者を探したんだよなぁ。それがまさかこんな結果に繋がるとは思わなかったが……ひょっとしてここでも「偶然という必然」が働いたのか?
「ってことで、ジル。俺達はもう行くから、形式だけとはいえ頼めるか?」
「え、今すぐですか!? せめて今夜くらいはみんなと――」
「そうはいかねーよ。こういうのは思い立ったらすぐに実行する方がいい。下手に時間をかけるとずるずると気持ちが引きずられちまうからな」
「……わ、わかりました。じゃあえっと……エドさんとティアさん、両名の復興旅団からの脱退を許可します! 今までありがとうございました!」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
ぺこりと頭を下げるジルの言葉に、俺の中で声が響く。何を隠そう目の前にいるこの女性こそが、おそらくこの世界における最後の勇者なのだ。
俺のなかに宿った勇者の力は、当然ながら一時的なものだ。それが消えると同時に現れたのがこの勇者ジルなわけだが、何故黒騎士が死んで魔王がいなくなった世界でまだ勇者が誕生したかと言うと……その理由は、おそらく俺だ。
いやだって、ほら、俺って魔王だし? となると俺という外世界からの脅威を追い出すために勇者が生まれるのは必然なわけだ。おかげで「俺が生きて存在していればどうあれ世界から追放されることができる」と判明したのは大きな進歩ではあるが……むぅ、微妙に釈然としないのは何だろうか?
まあ世界側からしても、俺みたいなのに長居はして欲しくないってことなんだろう。倒さなくても追放するだけで出て行ってくれるというなら、そりゃ勇者くらい追加で生み出すわな。世界に意思があるのなら、揉み手しながら感謝してもいいくらいだ。
「それじゃエドさん! ティアさん! 私達はまだこれからも世界中を旅して回りますし、また何処かでお会いしましょう! その時は是非とも力を貸してくださいね」
「いいとも。もし出会うことがあって、その時にジル達が困ってたら……俺にできる全力で力を貸す。約束だ」
「勿論、私も約束するわ。縁があったらまた会いましょう?」
「はい! それじゃお二人とも、またです!」
元気に手を振るジルを背に、俺達は三二番目の聖地を後にしていく。人々は皆誕生したての聖地に夢中なので、流れに反して歩いていく俺達を追ってくる者はいない。
「フフッ、本当に元気ないい子よね、ジルちゃん。また会うことがあるかしら?」
「さあなぁ。最近はわかんねーことばっかりだから、あるかもな」
普通に考えれば、俺達がジルと再会することはあり得ない。世界を越えてしまうというのもあるが、そもそも本来の……というか今までの世界でなら勇者ジードが死なないし、世界が荒廃することもないのでジルと出会う接点など何もないのだ。
だが、最近はどうも俺の知らないところで世界のルールが色々と変わっている気がする。となれば再会する可能性はゼロではなく……仮に世界を越える縁が結ばれたならば、助け合うのは当然だ。
「にしても…………」
できたばかりの聖地の範囲は、精々半径一〇〇メートルほど。こうして少し歩くだけでも周囲は荒れ果てた大地だけとなり、見渡す限りの荒寥とした風景は何とも言えない寂しさを感じさせる。
(この光景は、今回だけの特別か? それともこれから行く世界全部が、あの『羽付き』みたいなのに荒らされてるのか……?)
かつての記憶では、この辺はごく普通の平野だった。道が敷かれ馬車が行き交い、魔獣もいればそれを倒す冒険者もいて……当たり前で平凡な景色が広がっていたのだ。
だが、今のここには何も無い。乾いた地面には石ころが転がるだけで草の一本も生えておらず、そこには生命の営みが存在しない。荒廃地区で肉を放置すれば腐りこそするものの、虫の一つもたからないのだ。それがどれだけ異常かを考えてしまうと、握る拳に力が籠もってしまう。
「……ティア?」
そんな俺の手に、そっとティアが自分の手を重ねてくる。優しい温もりはこわばった拳をほぐし、憤りの代わりに柔らかな感触が俺の手に満ちる。
「まだわからない先のことを考えても仕方ないわ。まずは帰りましょ?」
「……ああ、そうだな」
三周目の旅は、まだ始まったばかり。俺達は手を取り合って、「白い世界」へと静かに帰還していくのだった。




