死にゆく勝者に約束を、生きる敗者に終焉を
「黒騎士様!? おい、早く回復魔法を!」
「エドさんにもだ! 急げ!」
俺と黒騎士は、揃ってドサリと地面に落下する。見た目だけなら俺の方がズタボロだが、致命傷は負っていないので「包帯いらずの無免許医」の効果でその傷はかなりの早さで治っていく。
だが、黒騎士は……
「こりゃ一体どういうことだ!? 黒騎士様の体が……!?」
黒騎士の体が、槍に貫かれた部分から白く変わっていく。その光景を見て俺の頭に蘇ったのは、かつて黒騎士から聞いた勇者ジードの最後の状況。
「くろ、きし……」
「エド! 駄目よ、まだ動いたら……」
「悪いティア、肩貸してくれ……」
「あー、もうっ!」
落下と同時に俺のところに来てくれたティアに頼んで、俺は黒騎士のところに行く。既に黒騎士の腹部は真っ白に変わっており、そこにはピシピシと細かいヒビが入っている。
「よぅ黒騎士。随分派手にやられたみてーだが……調子はどうだ?」
「貴様か……フッ、見ればわかるだろう? まだ余裕だとも」
「ははっ、そいつはいい」
呻くような声で軽口を叩く黒騎士に、俺も痛みを堪えて引きつり笑いを浮かべる。こういうところで無駄に見栄を張るのがまさに俺らしいが……それより今は聞かなければならないことがある。
「……何でだ。何で俺を守った? あの瞬間、武器を投げて無防備になった羽付きに斬りかかれば、お前の勝ちだっただろ?」
「クックック、それはうぬぼれというものではないか? 我が輩が守ったのは貴様などではない。貴様の後ろにいた人間共だ」
「魔王のお前が、人間を守ったってのか?」
「当然だろう? この世の全ては我が輩が支配するためにあるのだ。ならばそこに生きる人間共とて我が輩のものだ。自分のものを守るのに理由がいるのか?」
「…………そうか、お前は――」
「ゲホッ、ゲホッ……それより、本体よ。我が輩は貴様に聞きたいことがあるのだ」
「何だ?」
白化は既に胸にまで届いており、黒騎士の兜の首元から血がこぼれ落ちていく。誰かが兜を脱がそうとしたが、俺はそれを手で制しながら黒騎士の次の言葉を待つ。
「我が輩は、所詮貴様の力の欠片でしかない。ならばそんな我が輩には、魂と呼べるものが在ると思うか?」
「在る」
その問いに、俺は一切迷うことなく断言する。
「お前はお前だ、黒騎士。俺の力を神が切り出した欠片として生まれたのだとしても、お前が生きた時間はお前だけのものだ。そこには魂があると、俺は確信している……実際自我を確立した魔王は、他にも何人か知ってるしな」
「そう、なのか? それは……ククク、そうか。それはありがたい……」
黒騎士の腕が、俺の方に伸びてくる。直後に脇の辺りまで白化が進んで腕の動きが止まったが、ならばと俺が自らの手を伸ばし、黒騎士の手を掴む。
「我が輩の持つ全ての力を、貴様に返そう。持っていくがいい。だが我が輩の魂だけは……あるがままにしておいてくれ…………そうすれば…………」
「わかった。利息はトイチにしといてやる。ただし魂は値がつかないんでな……好きなところにもっていけ」
「何ともあくどいことだ。流石は我が本体……ゴホッ、だが魂があるのなら、我が輩もそこに…………ふふ、今度こそ決着を付けようではないか…………」
首元まで白化した黒騎士の声が震えている。まるで泣いているようだが……実際にどうだかは誰にもわからない。その顔を見ていい男は、既にこの世にいないのだから。
「あの男と奪い合った…………この世界を頼むぞ、本体よ」
「任せろ」
遂に全身が白く変わった黒騎士の体が、パリンと音を立てて砕ける。それと同時に黒騎士の持つ力の全てが俺の中に流れ込んでくる。
ああ、そうか。そういうことか。だから俺は勇者を見つけられなかったのか……
「エド?」
「ティア……もう大丈夫だ」
俺はティアから腕を外し、自分の足で大地に立つ。外見こそ血まみれ泥まみれのままだが、傷は既に全快している。そしてそんな俺の体の中に満ちているのは、魔王の力と勇者の力。互いに打ち消し合っていたからこそ、俺の「失せ物狂いの羅針盤」で正確に探知できなかったのだ。
「はは、そうだよなぁ……人々を守り導き、世界を救うために外からの破壊者と戦う……それが勇者でなくて何だってんだ! アッハッハッハッハ!」
「捧げよ」
腹を抱えて笑う俺の頭上に、小さな羽付きが舞い降りてくる。その手には既に白い槍が戻っており、俺に向かって投擲してきたが……
「ハッ、何だこんなもん」
カキンと軽い音がして、槍は俺にかすり傷ひとつ付けること無くポトリと地面に落ちた。それもまたすぐに消えて羽付きの手元に戻り、二度三度と俺に向かって投げつけてくるが、結果が変わることはない。
「捧げよ」
「不思議か? お前に負けた奴の力を得ただけで、お前よりずっと強くなるなんて、確かにおかしいよなぁ……でもこれが当然なんだぜ?」
「捧げよ」
「あいつは……黒騎士は確かに魔王の力の欠片だが、魂を持つ本物の男だった。そりゃあ悪いこともしただろうし、恨み辛みも山ほど背負ってるだろうが……それでもあいつはあいつとして本気で生きて本気で死んだんだ。
対してテメーはどうだ? まさか神本体ってことはねーだろうから、お前も神の力の欠片なんだろ? だってのにテメーは馬鹿の一つ覚えみたいに同じ事を繰り返すだけじゃねーか。
一人の男と、一体の傀儡……それが同じ存在のわけねーんだよ!」
軽く地面を蹴って跳び上がると、羽付きの体を蹴り飛ばす。すると羽付きはなすすべも無く吹き飛び、聖地からやや離れた荒れ地の部分に墜落した。
「さ、さ……げよ…………」
「お、まだ生きてるか。まあちゃんと手加減したしな」
そんな羽付きがフラフラと立ち上がる頃には、俺は既に奴の目の前に立っている。今の俺なら「追い風の足」なんて追放スキルに頼らなくても、高速移動くらい楽勝だ。
「神の定めし秩序のためにギィィィ」
「何が秩序だ。自分じゃどうにもできねーからって俺の力の欠片を異世界にばらまいた挙げ句に、今度は世界まるごとぶっ壊す? その何処に秩序があるってんだよ?」
羽付きの顔面を鷲づかみにすると、その口が歪んで変な鳴き声をあげる。そう、こんなものは鳴き声だ。意思の籠もらない言葉など、虫の羽音にすら劣る。
「まあいいや。お前に何か言ったって、それが神本体に伝わるってわけじゃねーんだろ? だが安心しろ、ちゃんと伝える方法はある」
俺はそのまま羽付きを適当に放り投げると、剣を構えて力を込める。黒騎士から受け継いだ勇者の力、それに守られている今ならば、終焉の魔王エンドロールの力を存分に発揮できる……っ!
「捧げよ……」
「全ての終わりは俺が決める! お前の終わりは今ここだ! 終焉の魔王エンドロールの名の下に……刻め! 『此処より先に何も無し』!」
「さ、さ……――」
黒く走った閃光が、羽付きの胴を両断する。するとそのまま、羽付きの体がカシャンと地面に落ちた。どうやら胴体は空洞で、正しく人形のようなものだったらしい。
そしてその状態から、羽付きが変わることはない。光の粒子になって消えることも、新たな羽付きとして復活することも、本体である神の元に戻ることもない。完全な終わりを迎えたモノが、そこから変わることなどないのだ。
「……約束は守ったぜ」
すっかり赤くなった空に、剣を掲げて小さく呟く。ティアや拠点の人々が駆けつけてくるまで、俺は遠い彼方で宿敵と再会しているであろう魔王に向けて、勝利の笑みを送り続けるのだった。




