何もしなくても上手くいくが、何もしないとは言ってない
「うわー! 見て見てエド! 色んな人がいるわ!」
「わかった。わかったから落ち着けって」
ケモニアンの町に入り、そこで暮らす多種多様なケモニアン達の姿を見て、ティアがこれでもかとはしゃぐ。未だに手を繋いでいるから大丈夫だが、これ離した瞬間にどっかに飛んでいくんじゃないだろうか?
「さて、それじゃエドにティア。ワレは今日は宿を取ったらすぐに休み、明日の朝からは狩小屋で適当な仕事を受けるつもりなのだが、お前達はどうするのだ?」
「あ、はい。俺達も似たような感じなので、明日の仕事にはご一緒させていただければと思うのですが……」
「そうか。なら明日の朝、この町の狩小屋で待ち合わせするのだ! では、またなのだ!」
「はい。また明日」
小さく手を振って歩いて行くワッフルの背を俺が見送ると、ティアがクイクイと俺の服の裾を引っ張ってくる。
「ねえエド。何で明日の朝集合なの? 同じパーティなんだったら同じ宿に部屋をとるべきじゃない?」
「ああ、それか。確かに俺は同行を申し出て許可されたけど、ワッフルからすると俺達はあくまで付いてきてるってだけで、まだ仲間って認識じゃねーんだよ。だから宿の世話までは焼いてくれないし、明日の朝だって俺達が姿を現さなければ普通に一人で仕事を受けちまうだろうな」
「妙にあっさり仲間にしてくれたと思ったら、そういうことなのね。じゃあ……」
「うむ。本番は明日の仕事の時だ。そこで俺達の力を示して、ワッフルに正式に仲間だと認めてもらう」
ケモニアンは基本的に実力主義だ。弱い奴に人権がないとは言わないが、強い奴が幅をきかせているのは間違いない。特にワッフルは勇者候補……つまりまだ勇者ではなく、勇者と認められるために力を求めている最中なので、強い戦士であると証明できればあっさりと仲間にしてくれることだろう。
「……あれ? でも昔の……ううん、夢の世界のエドは弱かったのよね? その時はどうしたの?」
「うぐっ!? それはまあ……色々上手くやったんだよ」
「ふーん?」
素晴らしくうざったい笑顔で俺の顔を覗き込んできたティアから、俺は全力で顔を背ける。
ちなみに、一周目では突然現れたワッフルを魔獣と勘違いして切りかかるも秒でボコボコにされ、勇者候補だと名乗られた瞬間に土下座して同行を申し出たところ、哀れみの籠もった目で見つめられて同行……というか保護されたというのがここに至るまでの流れだ。
我ながら何とも情けない話だが、仕方が無いのだ。人間より身体能力の高いケモニアン、しかも勇者候補であるワッフルに一般雑傭兵である俺が勝てるはずもないし、そもそも初めてケモニアンを目にして、可愛いなんて叫びながら飛びつくティアの方がおかしいのであって、俺は普通……スタンダードなはずなのだ……若さ故の過ちなんて、一〇〇年経ったら時効でいいだろ?
「エドったら、何か格好悪いことを考えてるわね?」
「ぐおっ!? な、何故に?」
「ふふーん。エドの考えてることなんてみーんなお見通しなんだから! でもそういう格好悪いところも可愛いと思うわよ?」
「これっぽっちも嬉しくねぇ……まあいいや。とりあえず俺達も適当な安宿を確保したら、ティアがお望みの町中探訪と洒落込むか」
「わーい! って、安宿? 私、そこそこお金持ってるわよ?」
腰の鞄から銀色に輝く貨幣を取り出して見せるティアに対し、俺はその手をそっと握って押し返しつつゆっくり首を横に振る。
ちなみに、何故か言葉が通じるのと同じで、貨幣も大体の世界ではそのまま使える。一〇枚刻みの大銅貨みたいなのが挟まったり、貧しい場所では銅貨の下に鉄貨や石貨みたいなのが存在したりもするが、逆に言えばその程度だ。
「ワッフルに仲間と認められる前の段階では、あんまり目立ちたくない。俺達人間……毛無しはこの辺にはほとんど居ないはずだから、変に金を持ってると知られると襲われるぞ?」
「うぇ、そうなの? 見た感じでは平和そうで、治安も悪くない感じなのに」
「あー、それはまあ、町がどうこうって言うより人間とケモニアンの対立の問題だな。丁度いいし、町を歩きながらその辺も軽く説明してやるよ」
「うん、お願いね」
ちょこんと横に並んで俺の顔を覗き込んでくるティアに、俺は小さく咳払いをしてから話を始める。
「まず、そうだな……スゲーざっくり言っちゃうと、この世界の西の方に魔王の支配する領域があって、中央がこのケモニアンの国で、俺達みたいな人間は東の方に住んでる。するとどうなる?」
「へ? どうって……その並び方だと、魔王はケモニアンの国に攻めてきてる?」
「そう。ケモニアンの国にだけ攻めてきてるんだよ。人間の国は魔王が存在していることを知ってはいるけど、自分達には被害がないから基本的に無視を決め込んでる。一応軽い食糧支援的なものはしてるみたいだが、まあ表面上だけだな。
なんで、人間は魔王の脅威をまったく理解していないどころか、ケモニアン達を自分達を守る盾くらいにしか思ってない。
対してケモニアン達は自分達の国を守る為に必死に戦ってるが、自分達が血を流しているのに背後で暢気にしてる人間の国の存在が面白いわけがない。基本的な身体能力はケモニアン達の方が高いが、人間にだって強い奴は一杯いるからな。
ケモニアン側はそういう戦力を出せと要求してるようだが、自分達に火の粉が降りかかってるわけでもないのに人間側がそんな要求を呑むはずもなく、結果として両者は表向きは力を合わせて魔王と戦ってるけど、裏では互いに相手を見下し合ってるという微妙な関係に落ち着いているわけだ」
「うわぁ、それは……どうしていいかわかんないわね」
俺の説明に、ティアが何とも言えない表情を浮かべて眉根を寄せる。
「実際どうにもなんねーしな。もし魔王を倒したら、その後には人間とケモニアンの戦争が起きる可能性すらあるわけだが……それはこの世界の為政者が考えることで、一般人で異世界人の俺達がどうこうできるもんじゃないから、気にするな。
話を戻すけど、そうやって日々魔王と戦い続けてるケモニアン達だが、どうにも決め手のないこの状況を打破すべく、最強の『勇者』を決める試合が二ヶ月後にあってな。ワッフルはその出場者の一人……つまりは勇者候補ってわけだ」
「なるほどー。じゃあ私達は、ワッフルさんが勇者になれるように手助けすればいいわけね?」
「そうなるな。まあほっといても勝つはずだけど」
「えぇ……?」
俺の言葉に、ティアが戸惑いの声をあげる。その気持ちはわかるが、ワッフルが勝って勇者になるのはほぼ確定事項だ。
「いや、当たり前だろ? ワッフルが勝って勇者になるのがわかってるから仲間になろうとしてるんだし。一周目の俺がしたのはアレクシス仕込みの荷物持ちだけだから、よほど変なことをして足を引っ張ったりしなければ、順当に勝つはずだ」
「そうなんだ。じゃあ私達は何をすればいいわけ?」
「うーん。強いて言うなら、応援か?」
「……そんな緩い感じでいいの?」
「いいも何も、それ以上にすることなんてないからな。ワッフルが気持ちよく勇者になれるように応援して、ほどよいところでパーティから追放してもらう。それがこの世界で俺達がやるべきことだ」
「何か、思ってたのと違う……」
異世界での大冒険を期待していたであろうティアが、長い耳をへにょっとさせてあからさまにガッカリする。その気持ちはわからなくもないが、俺は苦笑しながらティアの頭をポンポンと叩く。
「そうしょげるなよ。頑張ってる奴を応援するってのも、十分にやり甲斐のあることじゃないか? 今の俺達だからこそできる応援の仕方ってのもあるしな」
「私達ならではの応援? それって……?」
「フッフッフ、そいつはまあ、後のお楽しみってことで」
ティア達さえ救えればそれでいい、後は流すだけなんて惰性に身をまかせる気は更々無い。せっかくやり直してるんだから、そこは欲張っていかねーとな。
(見てろよ……ってか、見てるんだろ? 悪いけど好き放題やらせてもらうぜ?)
抜けるような青い空に向かって、俺は挑戦的な視線と合わせてニヤリと笑顔を投げつけてやった。




