解決策が見えないならば、コツコツ足場を積み重ねていこう
「はぁ、何とか上手くいったな」
「お疲れ様エド。はい、どーぞ」
沸き立つ人々から離れ、大木になった枝切れの下で気を抜く俺に、ティアがニッコリ笑いながら両手にカップを持って近づいてきた。そのうち差し出された片方を受け取り中身を口にすると、冷えた果実水が疲れた体に染み渡っていく。
「おう、サンキュー……ああ、美味ぇ! わざわざ冷やしてくれたのか?」
「フフッ、大活躍だったんだから、そのくらいはサービスするわよ?」
「大活躍なぁ…………」
自身もカップの中身を飲みながら言うティアに、俺は何とも言えない表情になる。確かに自分の能力を使ったという意味では活躍したんだろうが、俺がやったことは棒立ちで魔法を受け続けて、最後に枝を刺しただけだ。活躍と言うのなら限界まで魔法を使い続けた術者達の方がよほど頑張ったと言える。
と、そんなことを考えていた俺の額を、ティアの指がコツンと突く。
「ほーら、余計なこと考えないの! いいのよ、ここにいるみんなが大活躍したってことで」
「そっか、そりゃそうだな」
ここに集まった六〇〇と三人のなかに、活躍していない者など一人もいない。今回の儀式に参加しなかった人達だって、出番があるのはこれからだ。実際俺達の目の前では、儀式の成功に伴ってドワーフ達が張り切って怒鳴り声をあげている。
「オウお前等! これだけの奇跡を見せつけられたんだ、半端な仕事なんかしたら頭がへこむまで拳骨をくれてやるからな!」
「ヘッ、馬鹿言ってんじゃねぇ! 聖地に作る最初の拠点の設営だぞ!? 頼まれたってサボってなんかやらねーよ!」
「だな! 今の俺達を止められるのは、かーちゃんと美味い酒だけだぜ!」
「気合い入ってんなぁ」
「そりゃそうよ。小さな髭もじゃさん達は、仕事と名誉とお酒と奥さんが何より大事で大好きなんだから」
「大事なもん多いなぁ……楽しそうでいいけど」
大地の再生が成った場合、ここには本格的に拠点が設置されることになっていた。羽付きが来るのか来ないのかを調べるために最低一ヶ月は滞在する予定だし、その後もここは人の手で最初に蘇った地……聖地として重要な意味を持つ場所となる。
「とりあえず第一段階は成功したな」
「おう黒騎士。もういいのか?」
果実水を手にそんな光景を眺めていると、人の囲いから抜け出た黒騎士もこっちにやってきた。俺のカップを差し出してみたが、黒騎士は軽く手を払ってそれを拒否してくる。
「いらん。どうせこの場で兜は脱げんしな」
「他の魔王に顔を変えてる奴とかいたけど、黒騎士はできねーのか?」
「不可能とは言わんが、今すぐには無理だな……そんなことより、これからのことを確認するぞ」
「へいへい。ここから第二段階ってことでいいんだよな?」
「そうだ。大地を蘇らせたことで、ここを正式に拠点とすることになる。家屋の建設は連れてきたドワーフ共が勝手にやるだろうし、定期的な物資のやりとりをするための商隊は既に送った。こちらからの成功の報を受けとれば、各国から援助物資が定期的に運ばれてくる予定だ」
「援助か……本当によく決まったよな」
黒騎士の言葉に、俺はやや遠い目をする。羽付きの攻撃により世界は順調に荒廃しており、今や何処の国にもそれほど余裕はない。ならば援助物資を出し渋られたかと言えば、逆だ。何処の国も援助を出したがり、特にブラウ聖国に関しては明らかに無理をしてる量の援助を申し出てきたのだ。
「帝国が滅んだことで、ここは今どの国にも属さない空白地帯だ。物資援助だけで国土が手に入るうえに、そこは初めて人類が羽付きに勝利したという曰く付きの聖地……これほどの好条件、為政者なら喉から手が出るほど欲しいのは当然だろう?」
「でも、そうやって欲を出しすぎたせいで、結局は全部の国からの援助って形になったんでしょ? 偉い人達はそれでよかったの?」
「いいのだよ、小娘。我が輩のような偉大な存在でもなければ、勝負というのは勝ちすぎても負けすぎても駄目なのだ。ほとんどの者にとって、これは最初から想定されていた落とし所だろう……まあ聖国の必死さは流石の我が輩でもちょっと哀れに思ったがな」
「あー。まあ聖国はなぁ……」
本質的には完全に無関係だと思うんだが、神を崇める宗教国家の大聖堂に世界で最初に羽付きが現れたというのは、あまりにも出来過ぎだ。ならばこそ羽付きが暴れる度に風評被害を被るブラウ聖国は必死に立場を挽回すべく立ち回っているのだが、その頑張りは勢いがありすぎて若干空回り気味というか、素人目にも無理をしているのがわかる。
とはいえ何もしないわけにもいかないだろうという事情や心情も理解できるのがまた複雑なところだが……まあ国家運営に関しては完全に俺みたいなのとは無関係なので、遠いところから頑張れとほんのり応援だけしておくことにしよう。
「話が逸れたな。とにかくこれより第二段階……ここを羽付きが襲うのかどうかの検証に入る。とりあえずは一ヶ月の滞在だ」
「一ヶ月の間に襲われなかったら、どうするの?」
はーいと手を挙げて問うティアに、黒騎士が答える。
「どうもしない。その場合は一旦キスキルまで撤退だ。そしてその後は別の場所で同じように大地を蘇らせることになる。もしそこでも襲われなかったとしたら……それはそれで大成功だ」
「え、何で?」
「『一度羽付きに襲われた地は二度と襲われない』という可能性が極めて高くなるからだ。更に検証を重ねてそれが確定となれば、人類の拠点はこちら側に移ることになるだろう。
まあその拠点は我が輩が支配する魔王の領土となるわけだがな! クックック、愚かな人間共は、遂に見つけた安住の地が我が輩の支配下にあるなど夢にも思うまい」
「……その台詞だけ聞くと討伐しなきゃって思うけど、実際の行動を見てると別にいいかなって思えるのが、何だか微妙ね」
「あはは……」
眉間に皺を寄せたティアの言葉に、俺は乾いた笑いを返す。実際今回の作戦にしても黒騎士の力がなければ実現しなかっただろうから、この場所を統治するのが黒騎士であると主張されれば反対するのは難しい。
いやこいつ、本当にどうすりゃいいんだろうな? 羽付きという共通の敵が存在している間は味方と考えても大丈夫だとは思うんだが、その前は普通に戦争してたわけだしなぁ……
「まあそれは追々考えるとして。なあティア、この草地ってか世界の復活した部分って、ずっとこのままの広さなのか?」
目の前の問題からガッツリ目を逸らして先送りしつつ、俺はティアにそう問いかける。するとティアは難しい顔をして大木の方に顔を向ける。
「うーん、微妙なところね。一応あの木は精霊樹になったから、今のままなら少しずつ健常な大地が広がっていくと思うわ。けどここに溜まった魔力はすぐに消費してしまうでしょうから、その後どうなるかはその時の周囲の環境次第ね。
あとは……そうね。同じような場所を一定間隔で何カ所も作れれば、相乗効果で世界の復興が早まるはずよ」
「なるほど。ならどっちにしろ他の場所でも同じ事をしないといけないわけか」
「そういうことだ。羽付きが襲ってこないなら単純に再生拠点を増やし、襲ってくるならば守り抜く。今までと違って確定で襲われることがわかっていれば、防衛もしやすいだろうからな。
そしてその過程で羽付きを完璧に倒す手段が見つかれば……」
「この世界は救われる……とまではいかねーけど、とりあえずこれ以上悪くはならなくなるってことか。ハッ、上出来だ」
外的要因で世界を荒らす存在がいなくなれば、後のことはこの世界の住人の問題だ。そこまでは俺が関与することじゃないし、その頃には俺達も……って、そうだよ!
「あー、勇者……どうすっかな…………」
「そう言えば、そっちの問題もあったわよね……」
改めて「失せ物狂いの羅針盤」を使ってみても、やはり勇者の存在を示す羅針はクルクルと回り続けるのみ。これもどうにかしなければならない問題だが、羽付き以上にどうしていいのかわからない。
「……ハァ、これも先送りだな。今は目の前のことを一つ一つ片づけていこうぜ」
「そうね。のんびりやっていきましょ」
俺の前にはティアがいる。その事実だけ揺るがないなら、多少の回り道は問題ない。焦って大事なものを取りこぼすのはもうお腹いっぱいなので、ここは堅実に立ち回っていくとしよう。




