できるかどうかを調べるなら、最初に最大を突っ込むべし
やるべき事の目星はついたが、だからといってすぐに動けるわけじゃない。その日から俺達は、それぞれが様々な準備に追われることとなった。
と言っても、俺がやったのは行く先々で物資を調達することだけだ。幸いにして万が一の備えにキャナルの世界で馬鹿みたいに買い込んだ保存食がまだ大量に残っていたため、仕入れたのはもっぱら雑貨品など。
特に清潔な布なんかはいくらあっても邪魔にならないうえに買い置きして悪くなるものでもないので、市場の負担にならない程度に買い込ませてもらった。多くの人が状況はまだ切迫していない……いや、切迫していると自覚していないだけに問題なく購入できたが、もし今回の作戦が失敗したなら、こうして金で買物ができるのは長く見積もっても向こう一年くらいになるだろう。
それと同時に、ティアがエルフの里を回って協力者を募ったりもした。その時にわかったのだが、この世界のエルフ達の状況はかなり悪い。というのも彼らがよりどころとする精霊樹は、精霊の力の固まり……つまり世界の力がとても濃くなる場所なのだ。
それは羽付き達の格好の的となり、辛うじて力の隠蔽に成功した数本を除くと、もうこの世界に精霊樹は残っていないらしい。まあ精霊樹はそういう種類の木なんじゃなく、単に沢山の精霊が集まった木なのだということを知っているから、羽付きがいなくなればまた精霊樹が生まれるのがわかっているのは救いだが……それでも心のよりどころを奪われたエルフ達は、人間よりもずっと不安な日々を送っていた。
そしてだからこそ、エルフ達は協力に積極的だった。近くの里を五つほど回っただけだったのに、黒騎士と約束した場所に戻った時、俺達が引き連れているエルフ達は何と一〇〇人の大台に乗っていたくらいだ。俺の中では精々二、三〇人くらい集まればいいと思っていただけに、これはちょっと集まりすぎじゃないかと危惧していたんだが……
「おお、来たな!」
「……いやいやいやいや」
待ち合わせの場所に着いた俺達を、黒騎士が出迎えてくれる。それはいいのだが、問題はその背後に控えている人達だ。
「ちょっと待て、何だその人数? お前まさかこれ全部連れて行く気じゃねーだろうな!?」
「ん? 連れて行くが?」
「馬鹿じゃねーの!? 何人いるんだよ!?」
思わず叫んでしまう俺の前には、数えるのも馬鹿らしいほどの大量の人々がいる。それを指摘した俺に、しかし黒騎士は平然とした様子を崩さない。
「五〇〇人ほどだな。これでも絞った方なのだぞ?」
「多いわ! てかこんな人数引き連れて何するつもりだよ!?」
「それは既に話し合ったであろう? 無論、荒廃地区の一角を復活させる実験だ。そしてそのためにこそ、この人数が必要なのだ」
「…………話を聞こう」
俺自身も背後に一〇〇人のエルフを引き連れているわけだが、追加で五〇〇人は流石に多すぎる。頭を抱える俺に、黒騎士が説明してくる。
「まず最初に、今回行う実験。それは成功でも失敗でも非常に価値のあるものだが……最初の一度に全力を投入したいのだ。
荒廃地区の奥に行くのはそれだけでも難しい。なのにそんな場所に少人数だけ連れていき、駄目だったら次はもっと人数を増やして……などという悠長なことはやっていられまい?
だからこそ、最初から全力だ。今回我が輩が集めたのは、下等な人間にしてはなかなかの力を持つ者達ばかりとなっている。これで駄目なら、おそらくは人の手で世界を蘇らせることは永劫できまい。その判断を……『できない』という結論を出すには、この規模の人員が必要だったのだ」
「……なるほど?」
要は怪我と死亡の違いみたいなものか。羽付きの攻撃が世界を怪我させる程度で、人にそれを癒やす力があるのであれば取れる手段に幅が生まれるが、死んで二度と蘇らないとなれば今ある部分を必死に守らなければならない。
確かにその切り分けは極めて有用だ。成功の確約がない以上、失敗の下限値を調べるという方法も理に敵っていると思われる。
「他にも実際に大地の復活が成った後のことなどで色々と考えているが……まあそれは追々説明してやろう。まずは移動だ。人数が多いと時間がかかるからな。
ああ、追加の水や食料はこちらで用意したから、収納してくれ」
「ハァ、わかった。でもお前が連れてきたんだから、お前が集団の面倒を見ろよ? 俺に投げられても無理だからな?」
「当然だ。安心しろ、我が輩はこれとは比較にならぬほど大量の魔王軍を指揮していたのだからな」
「あー、言われてみりゃそうなのか」
俺には大軍を指揮する能力も経験もないが、黒騎士は魔王として何万だか何十万だかの魔王軍を支配していたのだから、そう考えれば五〇〇人程度の管理は楽勝なのかも知れん。そういうことならひとまず安心して任せてもいいだろう。
ということで人間の管理は黒騎士に、エルフの方はティアに任せて、俺は人々の背後に山と積まれた木箱や樽を「彷徨い人の宝物庫」に収納していく。その様子を見た人が驚きの声をあげていたが、今回もまた能力を隠す気はこれっぽっちも無いので何の問題もない。
そうして準備を整えると、俺達は遂に大移動を始めた。基本的に旅というのは人が増えれば増えるほど困難が増すため、六〇〇人などという大所帯ではどれほど苦労するのかと思ったのだが、これだけの集団にも拘わらず移動はかなりスムーズだった。
というのも、ここにいる人達は皆羽付きにより町を追われ、長距離を集団で移動することに慣れていたからだ。水も食料もしっかりあり、荒廃地区に入ってしまえば魔獣すらほとんど居ないので襲われることもない。おまけに魔王がここにいるのだから、人類にとって脅威であった魔王軍に奇襲されることも絶対にない。
ならば大変なのは歩き続けることだけだが、世界を壊す羽付きに一矢報いることができるかも、荒れた大地を取り戻せるかもと考える彼らの意気は極めて高い。
故に大したトラブルもなく、おおよそ一ヶ月ほどの時間をかけて、俺達はいい具合に荒廃地区の深い場所まで無事に辿り着くことができた。
「ふむ、この辺までくればいいだろう。ではこの地を実験の場所とする。各自所定の位置についてくれ」
「はい!」
黒騎士の指示に従い、人々が動き出す。まずは一〇〇人の魔法師達が、半径二〇〇メートルほどの巨大な円を描くように並ぶ。そしてその中央に立つのは……俺だ。哀れな生け贄である俺は、今からここでフルボッコにされる運命にある。
勿論、いじめや嫌がらせではない。これこそが適材適所な俺の立ち位置なのだ。
「あの、黒騎士様? 本当に大丈夫なんですか?」
「構わん。この程度で死ぬならそれまでということだ」
(聞こえてるぞコノヤロウ)
遠い円の片隅で黒騎士と魔法師の男の交わす会話を、俺の追放スキル「壁越しの理解者」が捉える。その軽口に黒騎士の方を睨んでやるが、黒騎士はこちらを一顧だにもしない。チッ、絶対気づいてるくせに……後で髭を引っ張ってやろう。
「準備はいいか! それでは皆、詠唱を始めよ!」
「「「オオーッ!」」」
再びの黒騎士の指示に、一〇〇人の魔法師達が詠唱を始める。それを確認した俺もまた、しっかりと足を踏ん張って準備を整える。遠くにティアの姿が見えたが、真剣な表情でこっちを見つめている。大丈夫だと返事をしてやりたいが……今からじゃちょっと無理だな。
「機は熟した! これより『羽付き殲滅作戦』の第一段階を開始する! 総員、放てーっ!」
腰の剣を引き抜き天に掲げた黒騎士が、その剣を勢いよく振り下ろす。その瞬間俺の周囲を囲む全ての魔法師から攻撃魔法が放たれ、その全てが俺に着弾した。




