斬新な発想は、いつも外側からやってくる
「神の定めし秩序のために、この世界の全てを――」
「全てってんなら、まずはテメー自身を捧げやがれ!」
相変わらずの戯言を抜かす羽付きに、魔王の力を纏わせた「夜明けの剣」を一閃する。するとその巨体があっけないほどにあっさりと両断され、砕けた体はすぐに光の粒子となって消えてしまった。
「ふぅ。ま、こんなもんか」
「お疲れ様エド。手はどう?」
「大丈夫だ。流石に無傷とはいかねーけどな」
声をかけてくるティアに、俺はヒラヒラと手を振ってみせる。手のひらがいくらか黒く焼けているが、これ以上弱い力では効果が出ないのだから仕方がない。分を過ぎたる力を使うのに、完全に代償無しとはいかないのだろう。
「敵を倒す度に怪我をするっていうのは、やっぱりちょっと不安ね」
「言いたいことはわかるけど、こればっかりはなぁ」
最初に羽付きを倒した日から、おおよそ二ヶ月。これまでに色々試してみたが、魔王の力無しでは俺達の渾身……それこそミゲルの世界で使った月を斬るような一撃ですら、羽付きを倒すことはできなかった。
ここまでくると、もう通常の攻撃は一切通らないと考えるしかない。つまり俺や俺の力の欠片である魔王が動かなければ、羽付きが現れた世界は滅亡が確定するということだ。
「『相性の問題』か……厄介だな」
「それに、数も問題よね。本当にどこから来るのかしら?」
「むぅ……」
事実上俺以外に倒せない……魔王も俺だしな……というのも問題だが、更に問題なのは倒しても倒しても羽付きの数が減らないということだ。巣とか拠点のようなものがあるのかとも思ったが、俺の「失せ物狂いの羅針盤」には存在しないという反応が返ってきている。
そうなると考えられるのは増殖、あるいは復活しているのだろうということだが……
「やっぱり全部一度に倒さないと駄目なのかしら?」
「かもなー。でもそれ、どう考えても無理なんだよなぁ」
ティアの言葉に、俺はうんざりした表情を浮かべる。羽付きは一体でも生き残っていれば次の日には増えて復活するという説は、割と初期から考えられていたことだ。だが、それを検証する手段が存在しない。
これが普通の生き物なら、攻撃して誘導するとかもできただろう。が、羽付きは世界の破壊にしか興味がなく、それこそ攻撃されてすら反撃はしてこない。なので一カ所に誘導するということができないのだ。
となると世界中の羽付きをそれぞれの場所で同時に倒す必要があるわけだが、羽付きを倒せるのは黒騎士と俺だけ。羽付き同士はそれなりの距離を開けてしか活動しないため、移動時間を考えると一人で倒せるのは精々三体くらいだろう。対して羽付きは十数体……うん、全く足りない。
「あー、俺が沢山いればなぁ」
俺の中には、回収した魔王の力の欠片が一〇個ある。これを全部独立した魔王として活動させられるなら手は十分だが……
「ふざけたことを言うな」
と、その時俺の頭上から、そんな声が聞こえてくる。背後に降り立つ気配に振り向けば、そこには全身真っ黒な鎧と外套をはためかせる黒騎士の姿があった。
「この世界の支配者は我が輩だけで十分だ。同等の存在を増やされるなどたまったものではないぞ」
「おう、黒騎士。久しぶりだな」
わざわざ兜を脱いだ黒騎士に、俺は軽い感じで挨拶をする。俺の顔にクルンと先の丸まった髭が生えているのは未だに微妙な違和感を感じるが、流石にもう笑ったりはしない。
「こんにちは、黒騎士さん。今日も素敵なお髭ね?」
「ふふふ、当然だ。これは我が輩の個性だからな」
勿論ティアも慣れたもので、その言葉に黒騎士が嬉しそうに笑いながら髭をしごきあげる……ひょっとしてティアに褒められたかったからわざわざ兜を脱いだんだろうか? まあ深くは言及すまい。
「で、どうだ? 羽付きのことは何かわかったか?」
「いや、さっぱりだ。思いつくことでできることは大体やり尽くしたと思うんだが……」
「そうか。となるとやはり……」
「全部同時に倒す、が臭いな」
互いに顔を見合わせ、小さくため息をつく。一人でできることは勿論、二人ならできること……例えば二体の羽付きを同時に倒すとか……も既にやり尽くしているので、本当にもうこれくらいしか思いつかないのだ。
「てか、分裂する系の魔獣なら、全部同時に倒すってのは定番の条件だしな。お前だって試せるなら真っ先に試すだろ?」
「まあ、そうだな。だが試すことはできん。人や物を目当てにするならともかく、世界などというものしか攻撃対象にしない相手など、どうやって誘導すればいいのか皆目見当も付かん」
「だよなぁ…………」
さっき考えたばかりの問題に直面し、俺は再び言葉を失う。唯一羽付きに狙われた個人である勇者ジードが生きていれば、あるいは羽付きを誘導できた可能性もあるが……フッ、あの人は頼りになる勇者だったけど、死んだ後まで頼るなんて、情けない真似はできねーよなぁ。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「ん? 何だティア?」
「あのね、ずっと考えてたんだけど……羽付きが攻撃する『世界』って、どういうものなのかしら?」
「……ん?」
不意に投げかけられたティアの質問に、俺は思わず首を傾げる。
「どうって……世界は世界だろ?」
「そうだけど! でもほら、羽付きが攻撃した後は大地が荒廃するってことは、つまり狙われるのは正常な土地だけってことでしょ?」
「そうだな。我が輩の知る限りでは、一度荒廃させた場所に羽付きが再び現れたことはないはずだ。それがどうかしたのか?」
「エドには話したけど、羽付きが攻撃した後の場所って、精霊の力が凄く弱くなってるの。それに黒騎士さんの魔王城が真っ先に襲われたのは、そこがこの世界で一番魔力が濃い場所だったからなんでしょ?
なら意図的に魔力や精霊の力を集めた場所を作れば、そこに羽付きを誘導できるんじゃない?」
「なんだ、そんなことか」
ティアの提案に、しかし黒騎士がつまらなそうに言う。
「それなら既に試したことがある。確かに力を集めればそこに羽付きは出現するが、あくまでも一体だけだ。作った場の数だけ羽付きが寄ってくるなら話は別だが、そんなこともないしな」
「えぇ、もうやってたんだ……」
「当然だ。貴様達が思いつく程度のことを、我が輩が試していないとでも――」
「既に荒廃してる場所に力を集めて、そこにやってくる羽付きを倒しまくれば何か違う反応があるかと思ったんだけど……」
「…………何?」
しょんぼりするティアの言葉に、しかし黒騎士がピクリと眉を動かす。シュルンと髭をなでつけると、その表情が真剣なものに変わってティアに問いかける。
「おい小娘、今のはどういういことだ?」
「どうって、言った通りよ。羽付きは一度荒廃させた場所にはもう興味を示さないんでしょ? ならあえてそういう場所に……崩壊地区だっけ? そこの一部に精霊力や魔力を集めれば、荒れ果てた土地の真ん中に急に生きてる世界が蘇るわけじゃない? そういう例外を作ってやれば、羽付きの反応も変わるかと思ったの。
あとはそこでエドなり黒騎士さんなりが羽付きを倒し続けてその場所を守り続けたら、敵もムキになって襲ってきたりしないかなーって……」
「「……………………」」
そんなティアの言葉に、俺と黒騎士はアホのようにポカンと口を開け……すぐに我に返ると、顔を近づけまっすぐに見つめ合う。
「…………おい黒騎士、今のどう思う?」
「極めて斬新な発想だ。やってみる価値はあるだろう。我が輩が護衛すれば人間達が長距離移動の間に襲われることもないだろうし……」
「俺の『彷徨い人の宝物庫』があれば、長期滞在に必要な物資を運ぶこともできる。スゲーなティア! やっぱりティアは最高だ!」
「きゃっ!? ちょっ、エド!?」
突然抱きついた俺に、ティアが戸惑いの声をあげる。だがそんなことは一切気にせず、俺はそのままティアの体をムギュムギュと抱きしめ続ける。
上手くいく保証なんてない。最悪羽付きが何の反応もしめさず、大量の時間と物資と人員を消費するだけの徒労に終わる可能性だって高い。だがそれでも現状を変えるかも知れない発想は黄金よりも価値があり、進むべき道を指し示す道しるべとなる。
「よし、早速実行だ。おい黒騎士、各国の要人に話をつけて、人員の手配をしてくれ。物資の方は俺が何とかする」
「いいだろう。ならば早速動き出すとしよう」
「えーっと、私は?」
「小娘は……そうだな。人間共の派閥に加わっていないエルフ共の説得に回るのはどうだ? 精霊の力も集めるなら、エルフの協力があった方がいいだろう」
「わかったわ! 任せて!」
「じゃ、物資調達のついでにエルフのところも回るか。一緒に行こうぜ、ティア」
「勿論!」
やるべき事が見えたことで、俺達のなかに活力が溢れてくる。さあ、これがジリ貧の流れを覆す逆転の一手となるか……まずはやるだけやってみるさ。




