大きく出すのは簡単だが、小さく絞るのは難しい
その後、俺達は当初の予定通りに別れて活動することにした。羽付きを倒せる黒騎士と、羽付きをおそらく倒せる俺が二人一緒に活動するのはどう考えても効率が悪いからだ。
そう、あくまでも現段階では倒せる「かも知れない」だが……ふふふ、何だろうな。今ならこれっぽっちも負ける気がしねーぜ。
「ね、ねえエド? さっきからエドの表情が変わりすぎてて、どう接していいのかわからないんだけど……」
「えぇ? いや、普通にしてくれりゃいいけど……そんな変な顔してるか?」
「すっごく怖い顔になったと思ったらすっごく悪い顔になって、今は悪い顔を残したままニヤニヤ笑ってるわ」
「……あー、うん。気をつけるよ」
客観的に見て、今の俺はかなりの不審人物だったらしい。ま、まあ他に誰もいなかったからいいってことにしておこう。うむ。
「さ、さーて! そんなことより……現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』」
若干の現実逃避を混ぜつつ、俺は追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」を起動する。と言っても探すのは勇者ではなく、一番近い羽付きの居場所だ。迷うこと無くビシッと固定された羅針の方角に進めば、そこには人気の無い森のなかで破壊活動に勤しむ羽付きの姿があった。
「おうおう、派手にやってんな」
「相変わらず酷い光景ね……」
青々と茂った木々のなかに羽付きが槍を投擲すると、着弾地点とその周辺が枯れ木と荒野に様変わりする。その光景にティアが怒りとも悲しみともつかぬ声を漏らし、俺は徐に「夜明けの剣」を「彷徨い人の宝物庫」から取りだして構える。
「そんな顔すんなティア。すぐに辞めさせてやるさ」
「いけるの? この前は大分苦戦してたけど」
「ふふふ、あの時とは心構えが違うからな。まあ見てろって」
そう言うなり、俺は「追い風の足」を起動して大地を駆ける。するとすぐに地面に刺さった槍のところまで辿り着いたので、俺は勢いのままに剣を振り、思い切り槍を切りつけた。
当然、槍は切れない。だが問題ない。今必要だったのは槍の破壊ではなく、切りつけたことによって生じる衝撃そのものだ。
「よっ!」
集めたばかりの衝撃を「円環反響」で足に集め、俺は思いきり高く飛ぶ。その際に羽付きの顔の前を通過したが、羽付きは俺に何の反応も示さない。ふふふ、ならばその無反応、存分に利用させてもらおう。
「捧げよ」
「うわ、マジかよ。これでも無視するのか」
黒騎士の話などから一応予想はしていたが、まさか本当に肩に飛び乗っても無反応とは思わなかった。ここまでくると「世界を攻撃する」以外の事は何もしないしできないんじゃないかとすら思えてくる。
「まあ、俺にとっては都合がいいけどな。ならその傲慢の代償、しっかりと払ってもらうぜ?」
ニヤリと笑いながらも、俺はしっかりと足を踏ん張りバランスを整え、手にした剣に意識を集中していく。
「……………………っ」
途端に、俺の背筋に氷のような感触が走った。全身に鳥肌がたち、顔には冷や汗が吹き出してくる。それは警告。人の身に余る力を人の身で使おうとするが故に、体が拒絶反応を示しているのだ。
「……………………」
だがそれを、俺は意思の力でねじ伏せる。脆弱な人の器の反応より魔王である俺の意思の方が強いので、押さえ込むのは簡単だが……問題はその加減だ。
「ぐっ…………」
手にした剣に、黒い幕のようなものが薄く広がっていく。しかしそれは俺の腕の方にも広がっていき、焼けるような痛みが腕を襲う。
(駄目だ。もっと弱く……もっと薄く…………)
巨大な湖から水を一滴絞り出すように、広大な砂漠から砂を一粒拾い上げるように。何よりも繊細に、何よりも詳細に。それはまるで――
「…………そうか」
その気づきに、俺の中で一気に力の制御が楽になる。そうだ、これは「薄命の剣」を作るときと同じだ。何よりも薄く、だが全てを切り裂く刃。あれと同じ薄さで剣を覆ってやればいいのだ。
世界の全てを構成する、もっとも小さな存在。それ一つ分の厚みを纏わせた俺の剣が、今この瞬間……敵を斬る!
「フッ!」
大仰な技名も、派手な効果音もない。ただまっすぐに振り下ろした剣が羽付きの頭に食い込み、そこから羽付きの全身に黒い筋が走っていく。それがヒビのように隅々まで行き渡ったところで、パキンと音を立てて羽付きの体が無数の破片となって崩れていった。
「うおっと! ふぅ……どうやら上手くいったみてーだな」
肩から飛び降りた俺の目の前で、羽付きの破片が光の粒子に変わって空に溶けていく。それを見つめる俺の側に、ティアが慌てて駆け寄ってきた。
「エドー!」
「おう、ティア。どうだ……って、おい!?」
「手! いいから手を見せなさい!」
「お、おぅ?」
割と強引に引っ張られ、俺はやむなくティアに手を差し出した。するとティアの表情が途端に険しくなり、その口が怒ったように尖る。
「やっぱり怪我してる! 今回復薬を使うわね」
「あ、いや、それは……」
ティアが腰の鞄から回復薬を取りだして、黒く変色した俺の手にドバドバと振りかけてくる。が、その傷は一向に治る気配を見せず、ティアの目つきが厳しくなる。
「むぅ、治らない……エド、これはどういうことかしら?」
「ハッハッハ、何のことだかさっぱり――」
「エードー?」
「……ご、ごめんなさい」
ジト目で睨まれ、俺は反射的に謝罪する。いやしかし、これはやむを得ない犠牲というやつなのだ。アメリアの世界で暴れたときみたいに勇者の力があれば魔王の力と相殺していい感じに扱えるんだろうが、勇者の力なんてどこから引っ張ってくればいいのか見当も付かねーし。
「てか、何でわかったんだ? 割と離れてたのに」
「うーん。自分でもよくわからないんだけど、何かこう……ゾワゾワする感じがしたのよ。で、あーこれはエドがまた何か危ないことをしてるなって思ったの。そしたら案の定よ! まったく!」
「ははは……ティアに隠し事はできねーなぁ」
「で、これは治るの? 治るわよね? また『肩から切り落としてくれ』とかお願いされるのは、もう嫌よ?」
「だ、大丈夫だ……多分」
もし痛みが無くなるくらいまで浸食が進んでいたら、俺の「包帯いらずの無免許医」でも治せなかっただろう。その場合はティアの言う通り浸食部分を切り落として、そこから再生されるのを待つことになっていたはずだ。
だが、今回はちゃんと痛みがあるので、そこまでではない。これならば時間経過で治る……はずだ。治したことがないので断言はできないが、きっといける……うん、いけるって。
「ハァ…………ねえエド。これが必要なことだったのはわかるわよ? だから無茶したことを責めたりしないし、やるなとも言わないわ。でも……」
「でも……?」
ゴクリと唾を飲む俺の前で、ティアがそっと黒くなった俺の手を胸に抱きしめる。
「心配するわ。凄く凄く。本当に心の底から……エドの事を心配する。ふふっ、場合によっては泣いちゃうかも知れないわね?」
「ぐっ!? それは流石に卑怯じゃねーか?」
小さく笑うティアに、俺は顔をしかめて言う。怒るとかならともかく、心配すると言われては全力で配慮せざるを得ない。いや、勿論最初から無駄に心配させるつもりなんてないわけだが、ちょっとヤバい橋を渡る度にティアの泣き顔が思い浮かぶとか、俺的には神の封印なんかよりよっぽど強固な制約だ。
「ならこういう無茶をする時は、せめて最初に説明すること! いい?」
「わかった。善処するよ」
「善処じゃ駄目よ! ちゃんと約束!」
「あーはいはい。可能な限り約束できるように努力する所存であります」
「むーっ!」
適当に流す俺に、ティアがむくれてポコポコと背中を叩いてくる。だがここは譲れない。
俺はティアとの約束を破らない。だがこれから先神を相手にするのなら、きっと無茶が必要な場面はまだまだ出てくる。
だからそんな約束はできない。約束をしないという誠実さを貫くことしかできない。ただそれでも――
「もう置いてったりはしねーさ。それは約束しただろ?」
「もーっ! まあいいわ。でもその約束は……絶対に守ってね?」
「ああ、約束する……約束を約束するってのも変か?」
「そんな細かいこと、どうでもいいわよ」
「はは、そっか」
益体もない会話をして、俺とティアは顔を見合わせ笑い合う。さて、技の練度はまだまだだが、それでも最初の滑り出しは上々。ならばここから先は――
「よし。なあティア、今日はまだ時間も早いし、もう一体羽付きを狩りにいかねーか? 力の使い方にも慣れたいしな」
「いいわよ。それじゃ沢山羽付きを倒して、少しでも世界を救って回りましょ?」
「おう!」
世界を救う勇者の手伝いではなく、俺自身が世界を救う……何とも因果な巡り合わせに内心で苦笑しつつ、俺はティアの手を引いて次の羽付きを目指し移動を開始した。




