たとえ結果が同じでも、自分で選ぶのと押しつけられるのは違う
「さて、それでは次は、貴様の隠していることを教えてもらうぞ? さしあたっては先ほど口ごもった、勇者を知っている理由からだ」
「わかったわかった。ちゃんと説明するって」
ニヤリと笑うちょび髭魔王に応える形で、その後も俺達は話し合いという名の雑談を続けた。他にも羽付きに対する考察を言い合ったり、いい感じに酔ってきた黒騎士に武勇伝を語られ、人間側である俺としてはどんな顔をすればいいか微妙に困ったりしつつも夜は更け、結局宿に空きなど無いことからこの部屋で雑魚寝することになって……明けて翌日。
「お疲れ様です、黒騎士様! 今日も頑張ってください!」
「うむ。貴様も下等な人間なりに頑張るがいい」
「はい! お供のお二人も、どうぞご無事で!」
「お供……まあ、うん」
「あはは……ありがとう」
門番の男の熱烈な声援を受け、俺達は特に何事も無く町を出ることができた。そのまま町に入れない人々が形成した露店などの間を歩きつつ、俺はふと浮かんだ疑問を口にする。
「なあ黒騎士。そう言えばお前が魔王だってこと、普通の人達は知ってるのか?」
「うむ? そうだな。あの男が死んでからは魔王と名乗った覚えはないが、特に隠しているわけでもないからな。直接交戦したことのある者や、大きな国の上層部などであれば知っていると思うが」
「思いっきり『下等な人間共』とか言ってるものね。でもその割には対応が柔らかいというか……うーん?」
思い切り首を傾げるティアに、黒騎士がさして興味もなさげに言葉を続ける。
「我が輩がやっていたのは戦争だからな。なし崩しとは言え事実上の休戦状態となったのであれば、いちいち敵の王に突っかかってきたりはしないのだろう。そもそも現状で『羽付き』を倒せるのが我が輩だけであるから、事を荒立てたくないと考える者もいるだろうしな」
「えぇ、そういうものなの?」
「あくまで推測だ。本当のところなど知らんし、我が輩にとってはどうでもいいことだ。人間共が我が輩にどんな反応を示そうと、我が輩は我が輩のやりたいようにやるだけだからな」
「うわぁ、凄く魔王っぽい発言ね」
「ぽいのではない! 我が輩は魔王なのだ!」
「ははは。ま、その辺の事はこの世界の人達が考えることだろ」
黒騎士に対して怒ったり許したりできるのは、実際に被害に遭ったこの世界の人間だけだ。部外者の俺達が勝手にどうこうなんてのは、単に烏滸がましいだけだろう。
「疑問というなら、貴様等こそ町を出てしまってよかったのか? 我が輩と一緒でなければ、再び入るのは難しいぞ?」
「ああ、それこそ問題ねーよ。俺達は別に町でのんびりしたいわけじゃねーしな。やらなきゃいけないこともあるし」
「やるべきこと……勇者探し、か」
俺の言葉に、黒騎士がやや重みのある声で呟く。今はもう兜を被っているので表情はわからないが、色々思うところはあるのだろう。
「まったく、世界が循環しているだの勇者の仲間になってから追放されねばならないだの、どうして貴様はそんな面倒なことに巻き込まれているのだ?」
「それは神に言ってくれよ。てかお前だって人ごとじゃねーだろうが」
「フンッ! 少なくとも貴様に取り込まれるまでは人ごとだ。そして我が輩を統合しようと言うのであれば、全力で抗わせてもらおう。我が輩には我が輩の野望があるからな!」
「好きにすりゃいいさ。それができるかは別の話だけどな?」
挑発するような黒騎士の言葉に、俺は不敵な笑みを浮かべて答える。正直なところ、今現在この魔王をどうすべきかは、俺の中で定まっていない。いずれは答えを出さなければならないだろうが……まあしばらくは様子見が安定だな。それに――
「現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』。捜し物はこの世界の勇者だ」
既に人混みは抜けて無人の野に出ていたので、俺は誰はばかることなく追放スキルを使用する。だが手の上に現れた金属枠のなかでは、絶対の精度を誇る羅針が頼りなさげにクルクルと回り続けている。
「……やっぱり駄目か」
「エドのそれでわからないのって、初めてよね?」
「ああ」
クルクル回る羅針を不思議そうに見つめるティアに、俺は渋い顔で頷く。通常ならば対象の現在の姿を表示してから羅針が方向を指し示すし、対象が存在しなければ羅針そのものが出現しない。
が、今回は羅針だけがクルクルと回るという不思議な反応を示しており、俺にとっても初めての現象に、これが何を示しているのかがわからない。
「我が輩は知らぬが、勇者というのは死ぬとすぐに次の勇者が生まれるものなのか?」
「基本的にはな。そりゃ数日とか数週間くらいまでなら誤差の範囲に含まれるだろうけど、ジードが死んだのは二年前なんだろ? いくら何でも二年も次の勇者が生まれないってのは……」
「それもやっぱり、羽付きのせいなのかしら?」
呟くようなティアの言葉が、事の深刻さを浮き彫りにする。勇者が世界の援助を受けて誕生するのであれば、羽付きにより世界が弱った結果、次の勇者が誕生しないという可能性は確かにあり得る。
そしてそれは、俺達にとって致命的な問題だ。何せ勇者がいなければ、誰も俺達を追放できない……この世界から出ることができないのだから。
「この世界のためにってのもあるけど、こうなると俺達自身のためにも、羽付きをどうにかするのは確定だな。くそっ、また面倒なちょっかいを入れやがって……?」
ふと、そこで俺の中に妙な違和感が走る。今までの神のやり方は、人の中に入り込むことでその思考に影響を与え、間接的に嫌がらせというか、俺の心を折るような方向に持っていくというものだった。
だが今回は直接世界に影響を与えており、それによって俺はこの世界からの追放手段を失った。要は閉じ込められたわけであり、その解決策は見つかっていないが……
(それにどんな意味がある? 単に閉じ込めたかっただけなら、あの「白い世界」で次の扉を出現させなきゃいいだけだ。そうすりゃ俺は、あそこで永遠にティアと二人で……いや、違う?)
あの「白い世界」では、俺もティアも年を取らない。閉じ込めるというのならあの場所より相応しい場所はないが、逆に言えば「閉じ込めた」という時点から永遠に変化しないということでもある。
対してこの世界ならどうだ? ここでなら普通に年を取るし、怪我をしたり病気になることだってあるだろう。つまりここに閉じ込めるならば、どれだけ長く見積もっても一〇〇年もあれば俺は確実に死ぬのだ。
そしてその場合どうなる? 勿論死んだら最初からやり直しだ。三周目のあの時と同じく、力も記憶も失って、俺一人で…………っ!?
「まさか、それが狙いか!?」
「エド!?」
思わず叫んでしまった俺に、ティアが驚いて声をかけてくる。その翡翠の瞳にまっすぐに見つめられ……俺の中に激しい怒りが巻き起こる。
そうか、そうか。神よ、お前はそれを選ぶんだな? 俺とティアの冒険をここで終わらせることを……俺からティアを奪う未来を選ぶんだな?
「どうしたのエド? 凄く怖い顔してるわよ?」
「……いや、何でもない」
魂の奥底で暗く煮え立つ何かを、俺は静かに押さえ込む。
ああ、そうだろう。お前からすれば、ここで人の寿命を普通に全うするなら、この前みたいに無茶をしてティアを取り戻そうとしたりしないと考えたんだろう。
確かにそうだ。普通に考えれば、寿命で死に別れた相手をどうにかしようなんて考えない。というか、ティアはエルフなんだから先に死ぬのはまず間違いなく俺だ。であればティアを取り戻すという考えそのものが浮かばないまま、ティアに看取られて穏やかに死ぬ未来が見える。
それは別にいい。俺だって永遠にティアと一緒に居られるなんて思ってるわけじゃない。俺自身が納得する終わり方ができるのであれば、たった一度だけの奇跡の時を精一杯に楽しんだと納得できるだろう。
だが、せっかくの終わり方を押しつけてくるというのなら話は別だ。俺は終焉の魔王エンドロール。俺の終わり方を決められるのは、いつだって俺だけだ。
「フッ、フッフッフ…………」
俺の口から、知らずに笑い声が漏れる。
俺の邪魔をしないなら、その思惑に乗ってやってもいいと思っていた。手のひらでクルクル踊り狂うくらいでこの楽しい旅が続けられるなら、安い代償だと考えていた。
だが、その「楽しい旅」そのものを邪魔するって言うなら――
「会えたら一発殴ってやるくらいのつもりだったが……これは積極的にぶん殴りにいかねーとだな……?」
「エドが……エドが凄く悪い顔をしてるわ……!?」
「ぬぅ、我が輩よりも邪悪な笑みを浮かべるとは。流石は本体と言うべきか」
ドン引きする二人をそのままに、俺は内心で固い決意と共に拳を握るのだった。
【悲報】神、意図してない状況変化の結果、主人公にガチ切れされてしまう。




