「耐性」くらいはどうにでもなるが、「無効」や「特攻」はどうしようもない
「どういうことだ!? 勇者が……ジードが死んだだと!? 何でそんなことになってんだ!?」
出会うはずだった勇者が死んでいる。その事実に俺はバンッとテーブルを叩いて立ち上がり、黒騎士に向かって身を乗り出してしまう。だがそんな俺の腕を、ティアがそっと引っ張った。
「落ち着いてエド。気持ちはわかる……なんて言えないけど、今は続きを聞きましょ?」
「……ああ、そうだな。悪い」
労るようなティアの声に、俺はすぐに冷静さを取り戻して深くソファに腰を落とした。そのままティアには感謝を、黒騎士には謝罪を込めてそう口にしたが、しかし黒騎士は何故か不審そうな目を俺に向けてくる。
「どういうことだ? 羽付きのことすら知らなかった貴様が、何故勇者のことを知っている? あいつが死んだのは、もう二年も前のことだぞ?」
「へ!? あ、いや、それは…………」
その指摘に、俺は思わず口ごもる。そりゃそうだ、最近感覚が麻痺してきてたが、世界がループしてるってのは本来誰も知り得ない事実であり、俺とティアだけが例外なのだ。なのに誰もが知ってる羽付きのことを知らなかった俺が、勇者のことだけを知っているというのは辻褄が合わない。
「そう、だな……一言で説明もできるが、多分混乱すると思う。かといってちゃんと説明すると長くなる。知りたいなら後で教えるから、今は勇者の話を先にしてもらってもいいか?」
であれば、ここは先送りだ。別に話したら駄目なわけじゃねーけど、いきなり「世界は周回している」なんて言われてもそれこそ混乱するだけだ。隠すでもなく誤魔化すでもなく、正直に告げた俺の言葉に黒騎士は微妙に顔をしかめつつも頷いて話を続けてくれた。
「ふむ……まあいいだろう。だが後できっちり聞かせてもらうぞ? で、勇者だが……あまりにも相性が悪すぎたとしか言い様がないな」
「相性? どういうことだ?」
「貴様が知っているかは知らんが、勇者というのは無断で入り込んできた異物に対する世界の防御機構だ。貴様や我が輩のように直接入り込んだものや、あるいは他世界からの影響、干渉により異常な力を付けた存在を排除するためにその世界で生まれたモノに力を与え、世界を在るべき姿に戻すために動かす。それが勇者なわけだが――」
「あれ? ちょっといいかしら?」
「ん? 何だ?」
ひょいと手を挙げたティアの声に、黒騎士が反応する。
「勇者って、外の影響を受けた存在に対してしか発生しないの? 普通にその世界のなかで魔王や勇者が生まれることもあるんじゃない?」
「それは『自称』だな。世界の内側で生まれたものが、その世界を越える力を身に付けることはない。突然変異のような形で強くなったものが勝手に『魔王』を名乗り、追い詰められた種族が生存本能などの働きで生み出した強い個体を『勇者』と持て囃すだけだ。
だが、我が輩やそこの男のように外から来たものであれば、世界とは無関係なのだから世界を越える力を持つモノも存在する。だからこそ世界側も必死になって、自分の胎の中という圧倒的に優位な場所で、自分から生み出された存在に自分の力を直接与えて『勇者』を創り出すのだ……このくらいでいいか?」
「ええ、十分よ。話を遮ってごめんなさい」
「いや、構わんよ……で、続きだが、羽付きが人の領域を侵し始めると、当然勇者もそれに対抗すべく立ち上がった。我が輩の魔王軍がガタガタになって侵略どころではなくなったこともあって、より脅威度の高い羽付きをどうにかしようと考えたわけだな。
だが、さっきも言った通り、相性があまりにも悪かった。勇者の力の源は世界そのものだが、羽付きはその世界を壊すための存在だ。故に勇者の力は羽付きに対して一方的に負けた。我が輩の魔王軍を前に一騎当千を為していたあの男が、羽付きには手も足も出なかったのだ」
そこで一旦言葉を切ると、黒騎士は手にしたワイングラスを軽く揺すって中身を回す。ジッとそれを見つめる目は、しかしここではない何処か遠くを見ているように思える。
「最悪だったのは、『世界の助力を得る』という勇者の在り方そのものだ。羽付きは世界を攻撃するが、そこに生きる存在には興味を示さない。足下に人がいようと構わず攻撃するが、かといってそこから逃げ出した者を追いかけたりもしない。
なので通常ならば、不利を悟った勇者が逃げればそれだけで仕切り直しができるはずだった。だが勇者は……その身に『世界の力』を宿した勇者は、羽付きにとって壊すべき『世界』の一部と認定されてしまった。
ああ、今でもはっきりと覚えている。部下の目を借りたその先で、あの男が羽付きの槍で貫かれる様を。我が輩の攻撃を弾いた鎧がガラスのように砕け散り、我が輩を前に不敵に笑う顔が驚愕で固まり、死体すら残らず砕けて消えてしまったあの時の事を…………」
「……………………」
静かに語る黒騎士を前に、俺は何の言葉も発せられない。黒騎士と勇者は、間違いなく敵だった。俺が知る限りでも幾度も激しくぶつかり合っており、その本質は殺し合いであったとしても、互いに思うところはあったのだろう。
「なら貴方は……黒騎士さんは、殺されてしまった勇者の意思を引き継いで、人を守って羽付きと戦ってるの?」
「ハッ! 馬鹿を言うな小娘が! 何故我が輩がそんなことをしなければならないのだ!」
「え? でもじゃあ、何で?」
「いずれ我が輩の領土となる世界を、これ以上荒らされてはたまらないというだけのことだ。下等な人間共を守っているわけではない。まあ見所のありそうな者がいれば、大分減ってしまった魔王軍に勧誘してもいいがな」
「……そう」
つまらなそうに言う黒騎士に、ティアは短くそう言って小さく微笑んだ。黒騎士の真意など俺達には知る由もないが……まあこの分なら、しばらくは様子を見ても問題ないだろう。
「って、そうだ。一応確認なんだが、さっきお前、羽付きを倒してただろ? あれで終わりって事は……」
「あるわけなかろう」
「だよなぁ」
黒騎士の言葉に、俺は苦笑で応える。あれで終わっていたのなら、こんなところで暢気に話をしているはずもない。ならばここで一緒に酒を飲んでいる時点でその答えは明白だ。
「我が輩が羽付きを倒せるようになったのは、ここ半年ほどのことだ。それまでは忌々しくも我が輩の攻撃が全く通じなかったのだが、何というかこう、コツを掴んだのでな。
その結果既に何十体と倒しているが……正直それがどの程度効果があったのかがわからん」
「そうなのか? てか何十って、あんなのが大量にいるのか?」
俺の攻撃がほぼ通じないような相手が大量にいるというのは、できれば勘弁して欲しい感じだ。うーん、もうちょっと意識的に魔王の力を使えるようになるべきか? でもなぁ、そっちに慣れすぎるとそれはそれで駄目な気もするんだよなぁ。
「大量とまでは言わんがな。羽付きは全てが同じ姿形をしており、その数は一番多い時で一三体くらいだったか? 実際には我が輩や人間共が知らぬところで活動しているものもいる可能性があるから、もう少し多いかも知れん。
そしてその数は、我が輩がどれだけ倒しても減らんのだ。流石にその場で復活するわけではないが、次の日には平然と他の場所を襲っているからな」
「ほほぅ? 一度に出現できる数に制限があるのはほぼ確定としても、非活動個体が大量にいるのか、あるいは倒されても短期間で復活するのか……もう少し情報が欲しいな」
「同感だ。だが羽付きを倒せるのが我が輩だけでは、これ以上どうしようもなかった。羽付き同士は一定以上の距離に近づかぬから、一日に何体も倒すというのも無理だったしな。
ああ、当然だが人間共では羽付きは倒せんぞ? 我が輩が全力で援護しても、足止め……というか、槍を受け止めさせて作業を遅延させるのが精一杯だ」
「そうか……なら、次は情報収集目的で戦ってみるか」
人間では戦えなくても、俺とティアなら戦える。仮に倒せなくてもわかることはあるだろうし、黒騎士に倒せるのだから俺が倒せる可能性も十分にある。
それに、羽付きの目的も気になる。どうも今回のこれは、俺に対する嫌がらせとは違う目的で動いているように感じるのだ。
「では、本体よ。貴様はとりあえず我が輩の協力者ということでいいのか?」
「ああ、いいぜ。魔王同士でひと暴れといこうじゃねーか」
「私も忘れちゃ嫌よ?」
黒騎士のあげたグラスに、俺とティアがそれぞれのグラスをカチンと打ち合わせる。こうして俺達は、勇者の死んだ世界で勇者もどきの活動をする魔王と手を組むことになったのだった。




