都合のいい解釈をしたところで、現実がそう変わるわけではない
その後俺達が通されたのは、店の最奥にある個室だった。中央には立派なテーブルがあり、その三方を革張りのソファが囲んでいる。テーブルの上には金属製の桶のようなものが置いてあり、氷で満たされたその中にはワインの瓶が三本ほど入れられていた。
「好きなところに掛けてくれたまえ。今グラスを用意しよう」
そう言って魔王……黒騎士が近くの棚から透明なグラスを三つ取り出しテーブルの上に並べる。それから左手側のソファに座ったので、俺とティアはその正面である右側のソファに並んで腰を下ろした。
「お店に入ってすぐは猥雑な感じだったのに、この部屋は何だか高級そうな感じなのね?」
「ふふ、ここは我が輩が手ずから監修した部屋だからな。いかなるモノもここから出ることは敵わず、外から入ってくることもできんぞ」
「へー、密談にゃちょうどいい部屋ってわけだ」
「……フンッ」
緊張した様子の無い俺とティアに、黒騎士がつまらなそうに鼻を鳴らす。助けも来ず逃げることもできない場所だと言われたところで、そんなことここまで付いてきた時点でわかりきってたことだしな。油断はしないし警戒は続けるが、焦って騒ぐほどのことでもない。
「では、話し合いとやらの前に、まずは乾杯でもしようじゃないか。我らの数奇な出会いに」
桶から取りだしたワインをグラスに注ぎ終えると、黒騎士がそう言ってグラスを手に持つ。
「なら、俺は話が通じそうな魔王に出会えた僥倖に」
「え!? えーっと……えぇ? そんなすぐに思いつかないわよ!?」
「ははは、そこは適当でいいだろ……なら取り乱すティアの可愛らしさに」
「「乾杯!」」
「かんぱーい! って、何よそれ!? もーっ、エドの意地悪!」
カチンと小気味よい音を立ててグラスが合わさり、頬を膨らませたティアが俺の脇腹を肘で小突いてくる。それを笑顔で無視してグラスを傾けると……おお、これは美味いな。
「うわ、美味しい! エド、これ凄く美味しいわよ!」
「だな。クロムと一緒に飲んだのと同じくらい美味い」
「ほぅ? これと同等のワインを飲んだことがあるとは、流石は本体。なかなかいい趣味をしてるじゃないか」
「まあな……プハッ!?」
お褒めの言葉をいただいた黒騎士の方を見て、俺は思わず吹き出してしまった。そこにはワインを飲むために兜を脱いだ黒騎士の顔があったわけだが……
「ちょっとエド、何してるのよ!? 黒騎士さんに失礼……クプッ!?」
「……何なのだ貴様等。人の顔を見て笑うなど失礼にも程があるぞ?」
「いや、だって……」
「ご、ごめんなさい。わかってるけど、でもそれは……それは卑怯よ……っ!」
憮然とした表情を浮かべる黒騎士に対し、俺もティアも顔をそらして必死に笑いをかみ殺す。黒騎士の顔は当然俺とそっくりだったわけだが、どういうわけかその口元に、クルンと丸まるちょび髭を生やしていたのだ。
「何だよその髭!? どう考えても似合わねーだろ!」
「これは我が輩なりの個性だ。貴様に非難される謂れは無い」
「そうだけどよ……」
これが四〇歳くらいであれば、それも貫禄と思えたかも知れない。だが二〇歳そこそこの若造がこんな髭生やしてもなぁ……しかも俺の顔だし。
「髭……ちょび髭……エドがクルンッて……っ! エドってば、ああいうのが好きなの?」
「俺じゃねーし! 俺は生やさねーし!」
「…………そこまで笑うことはないんじゃないか? いくら我が輩が寛大でも、流石に不愉快だぞ?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。エドの顔じゃなかったらこんな失礼なことしないのに……でもエドの顔でちょび髭は……」
「落ち着けティア。悪かった、正式に謝罪する。まあ確かに個性ってのは人それぞれだよな」
「ふぅ…………そうね。改めてもう一度、ごめんなさい」
相手が魔王であろうと、無礼は無礼。俺はしっかり頭を下げて謝罪し、呼吸が落ち着いたティアもそれに続く。相手が怒って席を立っても当然の失態だったが、幸いにして黒騎士はこちらの謝罪を受け入れるように頷いて見せた。
「わかればいい。で、話し合いがしたいということだが、一体貴様は我が輩と何を話したいと言うのだ?」
「まずは状況……いや、常識の確認だな。あの『羽付き』ってのは何だ? どうしてお前が人間を守って戦ってる?」
「ふむ、それか……」
俺の問いに、黒騎士は忌々しげに顔をしかめてワイングラスをテーブルに置く。
「事の発端は、五年前だ。七年に一度行われる、ブラウ聖国の大礼拝の儀。その最中に、突如空から光が舞い降りた。それは翼持つ巨人となり、その身の放つ神々しい輝きに、神官共は『神の使徒が舞い降りた』と大興奮だったそうだ」
「そりゃまた、随分と派手な登場だな。そいつが『羽付き』か?」
「そうだ。まあ当時は使徒とか天使とか言われていたがな。で、その羽付きは儀式の行われていた大聖堂からまっすぐに飛び立つと、あろうことか我が輩の城にやってきたのだ! わかるか? 魔王としてコツコツ堅実に人類を追い詰めていた我が輩の城に、突然あの槍をぶち込んできやがったのだ!」
「おぉぅ。そりゃまた……随分と派手な挨拶だな」
憤慨する黒騎士が空のグラスをテーブルに置いたので、俺はそこにワインを注いでやる。すると黒騎士はそれを一息に飲み干してから、声を荒らげて更に愚痴を重ねていく。
「冗談では無い! あの槍の力を見ただろう!? あれのせいで我が城は一瞬で台無しにされてしまったのだ! その後も我が輩が苦心して育て上げた魔王軍を狙い撃つかのように槍を投げつけられまくって、軍を支える生産拠点があっという間に壊滅させられてしまった! ……人類との継戦もままならぬほどに追い詰められるまで、半年もかからなかったぞ」
「なるほどなぁ。そいつは災難……と言うべきなの、か?」
「こう言ったら悪いけど、神様が魔王を退治したってだけなら、人間にとっては普通にいい話だものね」
俺は魔王ではあるが、立ち位置としては人間側の方になる。なので今の話だけを聞くなら、黒騎士に同情する余地はない。が、黒騎士はニヤリと笑うと先の丸まった髭をピンとしごきあげてから話を続けてくる。
「違うぞ、それは大いに違う。というか、人間共も最初はそう勘違いしていたようだが、羽付きが狙っていたのは我が輩や魔王軍ではなく、単に魔力の濃い土地を優先していただけなのだ。故に羽付きは我が輩の支配していた主要な土地を荒らし終えると、今度は人間共の地に現れた。
愚かな人間共は、魔王の脅威を駆逐した神の使徒を歓喜と歓声を以て出迎えたらしいが、そんな人間共に対して羽付きがやったのは……貴様達も見たであろう?」
「『神の定めし秩序のために、この世界の全てを捧げよ』か……」
まったく無慈悲に、無感情に。ただ作業的に同じ言葉を繰り返す羽付きの所業は、その当時から一貫して変わっていないんだろう。苦い顔をする俺に黒騎士は満足げに頷くと、二本目のワインの栓を抜いて自らグラスに満たしていった。
「そうだ。そこでようやく、人間共は『羽付き』が自分たちの考えるようなものではないと理解したのだ。次々と土地を駄目にしていく羽付きに、人間共も抵抗を見せた。だがアレに対してただの人間が抗うことなどできるはずもない。もしそんなことができる者がいるとすれば……」
「……勇者、か。そういや、勇者はどうしたんだ?」
この世界にも、当然勇者は存在している。今までの周回であれば、今この時もバリバリに魔王軍と交戦しまくっていたはずだが……
「勇者は……いない」
「いない? そんなはずは――」
「いないのだ」
俺の問いに、黒騎士は大きく首を横に振る。そうしてからグラスをテーブルに置き、数秒ほど沈黙して……その口がゆっくりと続きを語る。
「勇者は……あの男はもういないのだ。『羽付き』に殺されてしまったからな」
「なっ!?」
何処か寂しげにも感じられる黒騎士の言葉に、俺はただ絶句することしかできなかった。




