話が通じる相手というのは、ただそれだけで警戒に値する
「魔王!? 何で魔王が人間から連絡を受けて助けに来るの!?」
「いや、それは俺にもわかんねーけど……」
驚き問い詰めてくるティアに、俺は何とも曖昧な言葉を返す。心当たりなどまったくないというか、むしろ俺だって理由を知りたいくらいなのだ。
「まあでも、とりあえずは様子を見るしかねーんじゃねーか?」
「そう、ね。確かに今はどうしようもないわよね」
これが人間の危機に乗じて魔王が襲いかかってきたというのであれば、俺達も全力で立ち向かっただろう。だが救援に来たというのであれば話は別だ。無論ヤバそうなら援護をするつもりはあるが、基本的には俺と現地魔王は敵対することになっているので、不用意に近づくと却って場を乱すことになりかねない。
ならばこそ、俺とティアは警戒を維持しつつも戦場を見つめる。そしてそこでは件の魔王が、何とも勇ましい演説を続けていた。
「まったく! 貴様のせいで我が輩の領地は壊滅的な被害を受けたのだ! これ以上我が輩が支配すべき世界を駄目にさせはせんぞ!」
「捧げよ」
「断る! 『魔王力付与:Fly』!」
その言葉と同時に、魔王の外套がふわりとはためきその体が宙を舞う。そうして急上昇した魔王が腰の剣を抜き放つと、羽付きの顔面目がけて思い切り剣を振り下ろした。
「相変わらず妙な手応えだな! だが……『魔王力付与:Fissure』!」
「うおっ、マジか!?」
魔王の詠唱に合わせて羽付きの顔に食い込んでいた剣から暗い光が迸り、羽付きの顔に黒い亀裂が入っていく。まさか俺にも斬れなかった羽付きにあっさりヒビを入れられるとは……とはいえ羽付きはそれすら気にせず手にした槍を大きく掲げる。
「捧げよ」
「やらせるか! 人間共、力を貸せ! 『魔王力付与:Fort』!」
「「「オオーッ!!!」」」
魔王の言葉に従い、一〇人ほどの人間が羽付きの足下に集まり、金属製の盾を頭上に掲げる。するとその盾に暗い光が宿り、撃ち出された羽付きの槍をギリギリのところで受け止めることに成功した。
「おまけだ! 『魔王力付与:Fragile』!」
外套をはためかせ急降下してきた魔王が、詠唱と共にその剣で槍を打ち付ける。すると槍はガラス細工であったかのようにバリンと音を立てて砕け散った。
「うわー、凄い凄い! ねえエド、あの人凄く強いわよ!」
「だな。大したもんだ」
そんな魔王と人間の共闘に、ティアは興奮して俺の腕を引っ張り、俺もまた感嘆の声を漏らす。どうやら俺が思っていた以上にあの魔王は強いらしい。
実際、あれは俺には真似できない。確かに今の俺には力の欠片が一〇個ほど集まっているが、神の作った人の器は魔王の力に耐えられるようにはできていないため、事実上それを使うことができないのだ。
だが、あの魔王は違う。たとえ欠片一個分であろうと、欠片そのものが具現化した存在であればこそ、その力を十全に振るうことができる。湖の如く大量の水を湛えていても染み出る水しか使えない俺より、桶一杯分しかなくても一度に中身をぶちまけられる魔王の方が強いというのは当然だろう。
といっても、無論それは「魔王の力を使う」という一面だけに限った話だ。戦いはそれだけで決するものじゃないし、あの羽付きに対してだって対抗手段が何も無いというわけじゃないんだが……っと、どうやらそんな事を考えている間に、そろそろ決着がつきそうだ。
「勝手な理屈をほざくだけで会話もままならぬ破壊者よ! 我が輩の力の前に今度こそひれ伏すがいい! 『魔王力付与:Finish』!」
魔王が高々と掲げた剣に、ひときわ強い輝く暗黒が宿った。それを突き出し魔王が羽付きに向かって一直線に突っ込んでいき、その切っ先が羽付きの胸に突き刺さる。すると刺さった部分から黒い亀裂が羽付きの全身に広がっていき、程なくしてその体が陶器のようにガラガラと崩れ落ちていった。
「ささ、げよ…………」
「ハッ! 他愛も無い!」
「ウォォォォー! 黒騎士様の勝利だー!」
得意満面の笑みで呟く魔王に、周囲の人間はひたすらに歓声と熱狂を捧げ続ける。だが魔王はそれを完全に無視して地面に降り立つと、徐に俺達の方へと歩み寄ってきた。
「よう、大活躍みてーだな」
「不本意ながらな。で、どうするのだ? ここで我が輩と一戦交えるつもりか?」
「そういう選択をする周回もあるのかも知れねーけど、生憎俺は平和主義者でね。とりあえずは酒でも飲みながら話し合うってのはどうだ?」
この世界の魔王は、普通に人類を苦しめる敵であったことを俺は覚えている。だが少なくとも今この周回では、こいつは人を助けて回っているらしい。ならば話し合いの余地くらいあって当然だと思うし、何より事情を知っている相手ならば細かいことを気にせずに情報収集ができるというのがいい。
「うむ、賢明だな。流石は我が輩の本体だ。では我が輩が行きつけの店を紹介してやろう!」
「行きつけとかあるのかよ……」
その台詞に微妙に苦笑しつつ、俺達は魔王に引き連れられて町の中へと入っていった。普通ならかなり面倒な手続きがあるらしいが、英雄である魔王が一緒であることと、俺とティアが羽付きに率先して立ち向かったことをあの時の兵士の男が口添えしてくれたようで、ほとんど素通りみたいな感じでの入町である。
そうして町中に入ってみてわかったことは、どうやらあの酔っぱらい達の言っていたことはあながち間違いでもなかったということだ。
「凄い人の数ね」
「こりゃ確かに、入れるだけ入ってますって感じだな」
「さっきまでは羽付きの出現で皆家に籠もっていただろうからな。それが一気に出てきたというのもあるが……まあ雑多だな。所詮は下等な人間の町だ」
俺とティアの呟きに、魔王がしたり顔で言葉を続ける。大通りは人が溢れて歩くだけでも肩がぶつかりそうな勢いだが、それほどの人がいるというのに今ひとつ活気が無いというのが不思議な感じだ。
「確かにこれなら、外の方が気楽ってのは言えてるな。なあ、あー……」
「我が輩のことは黒騎士と呼んでくれればいい。人間共もそう呼んでいるようだしな」
「そうか。なら黒騎士。その店ってのはまだ遠いのか?」
「ああ、もう少しだ。黙って付いてこい」
そう言って、黒騎士は大通りから路地に入り、暗い方へと歩いて行く。本来ならば人気がなくなるであろうそんな場所にすら座り込んだ人間が何人も居ることに軽い驚きを覚えつつも歩き進むと、突き当たりにあったのは小さなランタンのかかった、頑丈そうな木製の扉。
「ここだ、入ってくれ」
黒騎士が自ら扉を開き、俺達もそれに続いて店の中に入っていく。薄暗い室内にはいかにも曰くありげな人物が静かに酒を飲んでおり、その視線が瞬時に俺達に集まる。だが黒騎士はそれを一顧だにせずズンズンと店の奥に入っていってしまったため、俺達も慌ててその後を追いかける。
「おいおい、何も言わずに入っていいのか?」
「構わん。ここは我が輩の出資してる店だからな」
「え、お前そんなことまでやってるの!? 何で!?」
「やむを得ずだ。さっきも言ったが、不本意ながら人間と拘わることが多くなってしまってな。力で押し通すよりも、金で解決した方が楽なことが多いのだ」
「それは確かに……」
拳で殴れば事件だが、金貨で殴るのは合法だ。それをちゃんと理解して使い分けているなら、この魔王は力だけでなく随分と頭もいいことになる。今は敵ではないが、決して油断はしないようにしよう。




